第2話 王女様との出会い
目の前に広がるのは、見惚れてしまうほど綺麗に咲き誇る花々。
聞こえてくるのは、期待に胸を踊らせる少年少女の声。
身に纏うのは、相棒やリーダー達が褒めてくれた真新しい制服。
そんな光景の中で――――<フィーリングス>の1人、悲哀のラナ=セレストは大いに戸惑っていた。
その、原因は。
「ごめんなさい……怪我、してない?」
眼前で心配そうに此方を見遣る、シエロヒンメル王国第三王女にして護衛対象、『精霊に愛される者』である、ビアンカ=エルム=シエロヒンメル王女殿下その人だった。
どうしてこうなったのだろう、と少し前までの自分を振り返る――――
-----------------------------------------------
期待さんの地獄のようなスパルタ教育により、ろくに学校に行ったことのない私でも、どうにか王国屈指の最難関校・フィオレンツィア学院に入学することが出来た。
合格通知の手紙を持ってメンバー1人1人に突撃しちゃったくらいには嬉しかったなぁ。一部には迷惑がられたけど……。
そんなこともありつつ入学式当日、憂鬱と不安を抱えながら校門を潜り抜けると、何やら人だかりが出来ていた。
「なんだろ?」
そちらに意識を向けると、人混みの隙間から白銀の髪と薄桃色の瞳が覗き見えた。
伝承によれば、『精霊に愛される者』は白に近い銀の髪に、薄い桃色の瞳を持って生まれるらしいとリーダーが言っていたのを思い出す。
両親のどちらとも違うその色合いを持つ王女の誕生に、王様や王妃様をはじめとした、たくさんの人達が喜びに沸いたのだとか。
ってことはあの大量の人は王女様に群がってるのか。すごいな。
まあこの距離なら見えなくても状況はある程度は分かるし、近付かなくても守れるから、傍に寄らなくてもいいよね。
…………って思ったのに。
「精霊さん、待っ――――!!」
王女様から強い魔力反応、恐らく周りの人だかりに向かいかけたそれを制御しようとして、制御しきれず強い風となって――――って、えぇっ!? こっちに来た!?
突然の風の勢いに負け、身体が宙に浮く感覚。
ふわっなんて可愛らしいものではなく、ぶわっ!という勢いで持ち上げられたことに驚きながらも、空中で一回転、無事着地。
周囲から驚きと僅かな尊敬の目線。ちょっと嬉しい。
「よ、っと……あーびっくりしたぁ……」
「――あのっ」
「……へ?」
鈴を転がすような声に顔をあげると、王女様が人をかき分け、こちらへ来ていた。
「ごめんなさい……怪我、してない?」
そして冒頭に、というわけだ。なにこれ本当どうしよう。
「私が上手く制御できてないから……」
まずい、王女様がどんどん不安げに……!
「だ、大丈夫です! 怪我とかしてませんから!」
「本当に……?」
「ほんとに!」
手を大きく使って元気アピール。
前に戦った飛竜が飛ぶときに起こした風に比べたら大したことないし。
というか、こんなんで驚いて体勢崩したとか恐怖さん辺りに知られたら絶対笑われる!
「全然! 全くもって! 問題ないので! ご心配なさらず!」
周囲の視線が痛い……。
どうにかして「王女様に謝られている」というこの状況を抜け出さないと……。
「えーっと、あっ、あぁそうだ! 入学式! 入学式に遅れちゃいますよ、王女様! 早く行きましょう! さぁ!」
咄嗟に思い出した入学式のことで意識を逸らそうとする。が、しかし。
「え……? いえ、でも、」
未だ気にする王女様に、出来るだけ早くこの話を終わらせなければと焦った私は、慌てて王女様の手を取り、そのまま走り出す。
「え、あ、あの……!」
「私のことは一切、まったく、ぜんっぜん、気にしなくていいので! 王女様、急ぎましょう! 初日から遅刻とか洒落にならないですよ!」
その少し後に、私は自身の行動を大いに後悔するのだが、このときはまだ、まったく気が付いていなかった。
なにはともあれ、私、ラナ=セレストの学院生活は今日このときから始まりを告げたのだ。