〜第七章〜 非道の悪脳 天才故の苦悩と非情の過去 【後編】
―舞の家―
一人と一匹は才加知恵を呼び出していた。
だが、予定時刻になっても才加知恵は現れなかった。
(舞)「……フローラさん……ちゃんと果し状出した?」
(白い猫)
「果し状ではありませんよただの手紙です」
「ちゃんと真実さんにお願いしたから大丈夫だと思いますけど」
(舞)「じゃー遅れているだけなのかな〜」
その直後、舞と白い猫は何かの気配を察知した。
(舞)
「……どうやら嵌められたみたいね……」
「一人……二人……ざっと十人か……それも中々の手練だね」
(白い猫)「……どうやらそうみたいですね……」
舞と白い猫は、その家を十人の屈強な男達が取り込んでいる気配を、察知していた。
(舞)
「さてと……どうしよっか?」
「今の私なら多分何人かは倒せる思うけど」
「まーいざとなったらこの前の魔法で私のこと強化してね」
「じゃー援護よろしく!」
舞は外に出ようとしていた。
だが次の瞬間、白い猫が眼を光らせた。
舞はその場から動けなくなってしまった。
(舞)「もー……何すんのよ〜!」
(白い猫)
「まったく貴方という方は」
「どうしてこうも人間を傷つけようとするのでしょうか」
「いいですか!」
「何度も言いますけど人間に危害を加えることは私が認めないケース以外では原則無しです!」
「それを忘れないで下さい!」
(舞)「そんな事言ってもさー……じゃ〜この状況どうすんの?」
(白い猫)「はぁ〜……仕方ありませんね……じゃ〜飛びましょうか……」
(舞)「飛ぶって?」
舞がそう言うのとほぼ同じぐらいのタイミングで、白い猫は全身から光を放ち出した。
そしてその光に包まれた瞬間、舞と白い猫はその場から消えた。
「そこまでだ! もう逃げられ……無い……ぞ……?」
屈強な男達は、その声と共に家の中に一斉に雪崩れ込んだ。
だがそこには誰もいなくなっていた……。
ー学園の屋上ー
(知恵)
「どこの誰だか知らないけど馬鹿な奴が世の中にいるのね」
「こんな手紙で呼び出せれて素直に行く奴はただの馬鹿よ」
「行く必要なんか無い、連れてくればいいだけ、それだけの力が私にはあるから」
知恵の手には、フローラが出したと思われる手紙が握りしめられていた。
その手紙にはこう書いていた。
【貴方の過去を知っている。バラされたくなければここまで来て下さい】
そして舞の家の住所が書いていた。
(知恵)
「しかしどこの誰なのかしら」
「この私を脅すなんて身の程知らずは」
知恵はフローラの手紙をビリビリに破いて、屋上から風に乗せて飛ばした。
(知恵)
「何にしても絶対後悔させてあげる」
「この私を脅したことを」
知恵は風が吹く中、屋上で一人長い髪をなびかせていた。
そんな知恵の目の前に、急に激しい光と共に一人と一匹の白い猫が現れた。
(知恵)
「……えっ? ……アンタ……いつの間に? ……えっ? ……えっ? ……」
知恵は急に目の前に女の子と白い猫が現れたことで、激しく動揺した。
だがすぐに冷静さを取り戻し、その女の子に冷酷な眼差しを向けた。
(舞)
「も〜……フローラさん無茶苦茶過ぎるよ」
「それで……アナタが悪脳の知恵で間違いないよね?」
(知恵)「アンタ何者? まさかアンタが私を脅した人物なの?」
(舞)「ちょっと違うけど……まーそうかな」
(知恵)「……まさか虎次郎の件もアンタの仕業なの?」
その知恵の言葉を聞いて、一緒にいた白い猫は驚愕した。
(白い猫)「なぜ……貴方は虎次郎さんのことを覚えているんですか?」
(知恵)「ん? ん? 今の声どこから? 他に誰かいるの?」
白い猫は虎次郎のことを知恵が覚えていたことに驚き、つい喋ってしまった。
知恵はその目の前の女の子の声では無い別の誰かの声に、強く反応した。
(舞)
「ちょっとフローラさん、猫のまま喋らないでよ」
「色々ややこしくなるでしょ」
(知恵)
「フローラさん? 何言ってるの?」
「ここにはアンタと白い猫しか……!?」
(白い猫)「どうもこの世界はやりづらいですね……」
白い猫は急に光り出した。
そしてその光の中から羽根の生えた女性が姿を現した。
(知恵)
「えっ……!?」
「ど、どういうこと……!?」
知恵は目の前で起こった出来事が信じれなくて、激しく動揺した。
(フローラ)
「私がフローラです……初めまして」
「私の能力で一部の方の記憶を操作させてしまいました……申し訳ありません」
(知恵)「ちょっと待って! 記憶の操作ってどういうこと!?」
(フローラ)
「そのままの言葉の意味です」
「しかし貴方の虎次郎さんへの想いは本物なんですね」
(知恵)「……どういう意味よ!」
(フローラ)「そのままの意味です……」
(知恵)
「別に幼馴染ってだけよ!」
「それで私に何の用よ!」
(舞)「強気な女性だな! 気に入ったぞ!」
(知恵)「えっ? アンタ口調変わってない!?」
(フローラ)
「……そうですね……」
「それではちょっとしたクイズでも出しましょうか」
(舞)「おい! フローラ! どう言うつもりだ!」
(知恵)「そうよ! クイズって何さ!」
舞と知恵の反発をよそに、フローラはクイズを始めた。
(フローラ)
「それでは第一問」
「嬉しい恋が積もれば、恋をせぬ昔がかえって恋しかろ」
「この言葉を残したのは?」
(知恵)「そんなの簡単過ぎるわよ! 夏目漱石でしょ!」
(フローラ)
「それでは第二問」
「愛は見るものではなく、心で見るもの」
「この言葉を残したのは?」
(知恵)「ウィリアム・シェークスピア」
(フローラ)
「それでは第三問」
「愛とは人生で最もすばらしい生きる力である」
「この言葉を残したのは?」
(知恵)「パブロ・ピカソ」
(フローラ)
「それでは第四問」
「人を愛するときは完全に信じることよ」
「この言葉を残したのは?」
(知恵)
「マリリン・モンローでしょ!」
「一体何なのこのクイズ!」
知恵はクイズの趣旨がわからなくて、イライラしていた。
(フローラ)
「……これらは全て恋愛の名言としてネットに載っているものです」
「勉強で覚えるものではありません」
「では冷酷無情な貴方はどこでこの知識を学んだのですか?」
(知恵)「そんなこと……別に勉強して何かで出たのを覚えてるだけよ!」
(フローラ)
「恋する人間の女性はそれが叶わない時に名言に思いを馳せると言うそうです」
「恐らく昔の偉人達もそうだったのでしょう」
「そして……貴方もそうなのではありませんか?」
(知恵)
「私が恋をしているですって?」
「馬鹿にしてるの?」
「私は悪脳の知恵よ!」
「冷酷無情の女性よ!」
(フローラ)
「恐らく貴方はその恋を封印したんでしょう」
「その理由はわかりませんが」
「その証拠に今の貴方はいつもの冷酷無情な姿を忘れて私に激昂しています」
「恐らく芯を突かれて動揺しているのではないですか?」
(知恵)「違う! そんな訳ない! 私は冷酷無情! 悪脳の知恵……」
(舞)
「成程な……」
「フローラがしたいことはわかった気がするぜ!」
(フローラ)「……はい……どうなるかはわかりませんがやってみましょう……」
(舞)「わかったぜ! 行くぞ!」
(フローラ)「はい!」
二人は手を繋ぎ出した。
(二人)「マインドオペレーション!」
その直後、辺り一面を眩しい光が覆った。
その眩しい光に、知恵は目を瞑ってしまった。
知恵が次に眼を開けた時、知恵の目の前には幼い頃の知恵が立っていた。
(知恵)「あれはまさか……小さい頃の私!?」
(フローラ)
「その通りです……」
「ここは貴方の精神の中」
「そして貴方が封印した思い出の中です」
(知恵)
「……そうね……確かに思い出したくもない記憶に間違いないわ!」
「あの頃の私は自分で言うのも何だけどクズ以下だったわね」
「何も出来ない気も弱い」
「本当吐き気のするぐらいのダメな女の子」
知恵のその言葉の通り、知恵の目の前では幼い知恵が色んな子にイジメられる姿が見えた。
(知恵)
「そんな私を幼馴染の虎次郎はよく守ってくれたわ」
「本当腕力だけはある奴だったからね」
「こんな無価値な人間守る理由なんて私にはよくわかんないけどね」
「でもそのお陰で一時期は私をイジメる子はいなくなった」
そして場面は、中学校時代に切り変わった。
(知恵)
「この日のことは私もよく覚えてる」
「虎次郎がいなくなった日だから」
「あの馬鹿人殺したって」
「本当腕力だけの馬鹿だったからね」
「それでクズなこの無価値がどんな目に合ったか見てみなよ」
目の前では目も疑う様な凄惨なイジメが行われていた。
恐らく今までの報復もあったのだろう。
男からは毎日殴られ、女からは無視をされたり嫌がらせをされたりと、人間扱いされていない場面が次々に流れた。
(知恵)
「無価値のクズは守ってくれる人がいなくなった瞬間こうなるんだって思い知らされたわ」
「毎日毎日続くイジメの数々」
「いっそ死のうかと何度も思ったぐらいね」
知恵はまるでその目の前の自分が自分では無いかの様に、淡々と話していた。
そして少しノイズが入った後で、また場面が切り替わった。
その後、中学生の知恵と中学生の麗子が、向かい合っている姿へと場面が変わった。
(知恵)
「麗子は中学生の頃にとある事情で転校してきた女の子だった」
「そしてあっという間にこのクラスのボスにまでなったのよ」
「でもイジメに加わることも無ければイジメを助けることもなかったわ……」
(中学生の麗子)
「虎次郎からさ、私のボディーガードを引き受ける代わりにアンタを守ってくれって言われたんだけどさ」
「その代わりにアンタは私に何をしてくれるの?」
(中学生の知恵)
「何でもします! 何でもしますから助けて下さい!」
その言葉を聞いた麗子は、知恵に向かって高笑いを始めた。
(中学生の麗子)
「アンタさー……馬鹿なの?」
「何でこの私が守る価値の無い者を助ける必要があるのよ」
(知恵)
「麗子のこの言葉は本当に今でも覚えてるわ」
「この瞬間気付いたんだよこのクズは」
「今までずっと虎次郎に甘えていた事にね」
「本当どうしようもないクズだねコイツ」
知恵は中学生の知恵に向かってそう言い切った。
(中学生の知恵)
「私は、今は守る価値は無いかもしれません」
「でもその価値を必ず作るので守って下さい」
(中学生の麗子)
「ふーん……まー虎次郎とも約束しちゃったしなー」
「じゃーさー今日一日だけ私の傍にいさせてあげるよ」
「守るんじゃなくて傍にね」
「それで自分で気付いたらいんじゃない?」
「何で自分がそこまでイジメられるか、イジメられない為にはどうしたらいいか」
「とりあえず見た目から少し変えてみるか」
「元は悪くなさそうだし……このままの姿じゃちょっと傍にも置きたくもないからね」
(知恵)
「こうして私は麗子に連れられて麗子の家に行くことになったのよ」
「そしてそこでまず見た目を変えられたわ」
(中学生の知恵)「麗子さん、私こんなの似合いません」
(中学生の麗子)「何? 私に口答えする気?」
(中学生の知恵)「い……いえ……」
(中学生の麗子)「これでよし! っと。中々似合うじゃない。まー私程では無いけどね」
(中学生の知恵)「これが……私……!?」
(知恵)
「私はそこで麗子によってそれまでの自分とは全く別の見た目に変えられたわ」
「でもそれは嫌じゃなかった」
「むしろ嬉しかった」
「自分がこんなにも実は可愛くなれるんだって、その時生まれて初めて気付いたからね」
(中学生の麗子)「じゃー行くわよ」
(中学生の知恵)「行くってどこへ?」
(中学生の麗子)「いいから黙って付いてきなさい!」
(知恵)
「こうしてまるでお嬢様の様な見た目にされた私は、麗子に連れられるまま麗子のパパの主催するパーティー会場に連れられたわ」
(中学生の知恵)「は、恥ずかしいです……」
(中学生の麗子)「堂々としてなさいよ! ったくもう!」
(知恵)
「麗子は慣れた様子で私を引き連れたまま、パーティーに来ていた人達に挨拶をして回っていったわ」
「私もそんな麗子を真似して、何とか挨拶を見様見真似でこなしていったわ」
「そんな時、一人の男が絡んできたのよ」
(男)「麗子ちゃん大きくなったね〜……すっかり女性の見た目になって……」
(知恵)「後で知ったんだけど、この男は麗子のパパの取引先の社長だったのよ」
(中学生の麗子)「そんな事ないですよ。まだまだ未熟な女の子です」
(知恵)
「麗子はそう言ってその場を卒なくこなして、次の人のところに行こうとしたのよ」
「でもその社長は、そんな麗子の腕を掴んだのよ」
(男)
「本当可愛くなって、オジサンと一緒に飲もうよ。おっこっちの子も何気に可愛いね。さあ二人共おじさんと一緒に飲もうよ」
(知恵)「そう言って無理矢理私も連れて行こうとしたのよ。すると麗子は」
(中学生の麗子)「やめろやオッサン! 嫌だって言ってんだろが! セクハラで訴えるぞ!」
(知恵)
「その声に辺りは騒然としたわ」
「そしてその言葉を言われたその社長もあまりにも驚いて一目散にその場から逃げ出したわ」
「私は素直にその時の麗子を格好良いって思ったわ」
「そしてそんな事があったのに、麗子は何事もなかったかの様にまた挨拶周りを続けたわ」
「その挨拶周りも終わって私達は自分の部屋に戻ってきたの」
「そして私はその部屋で麗子に尋ねたのよ」
(中学生の知恵)「何で麗子さんはそんなに強いの? 私には……真似出来そうにないよ……」
(中学生の麗子)
「別に真似しろとは言ってないわよ」
「それに私は強いんじゃなくて、ただ自分を嫌いになりたくないだけよ」
「だから自分が嫌なことは嫌ってはっきり言う」
「ただそれだけのことよ」
(中学生の知恵)
「そうなんだ……」
「麗子さんにとってはそれだけのことなのに……私にはそれが出来ない」
「だから私は私のことが嫌いなの!」
「今までずっと……一度も自分のことなんか好きになれたことなんか無い!」
(中学生の麗子)
「ふーん……じゃーアンタに足らないのはそこってわけね」
「じゃーもし、アンタが私以上の自己主張が出来る女性になったら」
「……いや、それだと私と被るから……」
「そう! 私よりも冷酷で無情になれて、そんで学力も誰にも負けないぐらいになったなら、それは私にとって価値ある存在になるわね」
「もし、アンタがそうなれたなら私の僕、いや右腕として一生傍に置いてあげる」
「そしたらもう誰もアンタに危害を加えることなんて出来ない」
「どう? 出来そう?」
(中学生の知恵)
⦅こんな私が冷酷で無情に……!?⦆
⦅そんなこと私出来ないよ……⦆
⦅……でもそれしか道が無いなら……⦆
「私……頑張ってみます!」
(中学生の麗子)
「じゃー決まりね! それじゃー明日そのテストするから。じゃーおやすみ」
(知恵)
「麗子は最後にそんな謎の言葉を残して、私達はその日別れたの」
「でもその言葉の意味は翌日になってわかったわ」
「翌日、その日も同じ様に何も変わらない日だった……放課後になるまでは……」
「放課後、麗子は私を呼び出したの」
「そしてその私の目の前には、私をイジメていた人達が傷だらけで正座させられて並べられていた」
「男女問わずね」
「そして何人か泣いていた」
「麗子はその正座していたいじめっ子の目の前に立っていた」
「そしてその麗子の周りには屈強な大人の男達が何人も立っていたの」
(中学生の知恵)「麗子さん……これは……一体……!?」
(中学生の麗子)「じゃーテスト始めよっか」
(中学生の知恵)「どういうことですか?」
(中学生の麗子)「アンタが決めるのよ! ここまでお膳立てしたんだからこの私が!」
(知恵)「麗子はそう言うとそのイジメていた人達に向かって言い放ったわ」
(中学生の麗子)
「アンタ達が今までこの子にしてたことはこういうことなの」
「でもそれってもっと大きな力の前では全くの無意味なのよ」
「そして今からこの子に私が今だけその力を与える事にしたから」
「そんでアンタ達を裁いてもらうから」
「もしこの子が許してくれたなら、ここから帰ることが出来る」
「でももしこの子がアンタ達を許さなかったとしたら……その時はこれ以上のことが待っているわ」
(知恵)「そして麗子は振り向いて私に言ったわ」
(中学生の麗子)
「アンタが何も変わる気がないなら、もしくはコイツらを許せると言うなら、アンタは私には必要ない」
「でもその選択をしても、この後おそらくアンタはコイツらから今まで以上のイジメを受ける事になる」
「人間なんて所詮皆そんなもんなのよ」
「この瞬間だけはアンタに許しを乞うことをしたとしても、本心ではそんなこと一ミリも思ってない」
「今この時さえ逃れればそれでいい」
「後でまた報復すればいいだけだから」
「でももし、アンタがコイツらから恐れられる存在になったなら、その関係性は壊れてアンタは誰からもイジメられなくなる」
「さてアンタはどっちを選ぶ?」
「今まで通りのイジメられるだけの存在か、それとも恐怖の存在か」
「決めるのはアンタだよ」
(知恵)
「麗子はそれだけ言うと私をそいつらの前に連れて行った」
「あの時のことは今でも覚えてるわ」
「今まで私をイジメていた連中が、泣きながら私に土下座をしたり許しを懇願してきたりしてきて、私は頭がおかしくなりそうだった」
「こんなにも人って卑屈になれるんだって」
「麗子が言っている言葉が真実なんだって、その時気付いたわ」
「だから私は、そいつらの目の前で今まで出したことも無いぐらいの大声で言ってやったわ」
(中学生の知恵)
「……クズ達が……クズ野郎共が!」
「今更私に許しを乞おうとしてんじゃないよ!」
「今までアンタ達が私に何をしたかわかってんのかよ!」
「オマエらのことなんか知るかよ!」
「もっとボコボコになってしまえよ!」
「何なら死ねよ!」
「私の前から消え失せろ!」
(知恵)
「私はその時、自分が自分じゃ無いような感覚だった」
「その時だけは麗子が自分に乗り移った様な気がした」
「そしてそれと同時に、確実に私の中で何かが壊れた感覚もあったわ」
「私のその言葉を聞いた麗子は、その屈強な男達に命令をしたわ」
「そして全員本当に私の言葉の通りにボコボコにされていたわ」
「私は今まで自分をイジメていた人達がボコボコになっていく姿を瞬きもせずに眺めていたわ」
「そしたら麗子が話しかけて来たのよ」
(中学生の麗子)
「どう? 今まで自分をイジメていた連中が目の前でやられている姿を見るのは」
「これが出来るのが本当の力なのよ」
「アンタは本当にこれが欲しいの?」
(中学生の知恵)
「クックック……アーッハッハッハッハッハ! アッハッハッハ!」
「……凄いですねこの力! 欲しいです! 私もこの力!」
(中学生の麗子)
「アッハッハ……今のアンタ最高だよ!」
「オッケー! テストは合格だ!」
「アンタを私の右腕にしてあげる」
「これからはアンタはより冷酷になりな!」
「そうしたら私達は誰からも恐れられる存在となるわよ!」
「そして二人でこの学校の支配者になるわよ!」
(中学生の知恵)「はい! 麗子さん!」
(中学生の麗子)
「私のことはもう麗子で良いわよ」
「これからはなんてったってパートナーになる存在なんだからさ」
(知恵)
「私はその言葉がとても嬉しかったわ」
「だから麗子のパートナーに相応しい自分になることを決意したのよ」
「その日から私は笑顔を封印して、元々は嫌いだった鋭い目を更に鋭くする為に、常に他人を見下す気持ちを持つことにして、その見た目だけで誰も近づけなくさせた」
「麗子はそんな私を益々気に入ったわ」
「そして私をイジメていた連中はそんな私を恐れる様になって、気付いたら学校には来なくなっていた」
「本当に気持ちが良かったわ」
「そして私は麗子に言われた通りに必死で勉強も頑張って、学年一位の地位まで上り詰めた」
「そしてもうその頃には私達二人に逆らう者は誰もいなくなっていた」
「そうして手にした私の名前が悪脳の知恵よ」
知恵は淡々と自分のことを話した。
そこに一切の気持ちの乱れは見られなかった。
その様子に舞とフローラは驚いていた。
今までは皆んな、自分の辛い過去を振り返ったら全員漏れなく取り乱していたが、そこにはその過去に一切の取り乱しを見せない凛とした強い人間がいたからだ。
(知恵)
「それで……これでもうおしまいなの?」
「もうネタ切れなら、今から元の場所に戻った途端に麗子に連絡するだけだけど」
「それでアンタ達はもうおしまいだからね!」
知恵がその言葉を言った途端、精神世界が閉じ始めた。
フローラは始めて起こったその状況に、動揺していた。
だが、舞はその状況に何も同じる事なく、知恵に言い放った。
(舞)
「……クックック……貴様本当に強いな」
「だがな! 俺様の眼にはまだ貴様は本心を見せていない様に見えるぜ!」
(知恵)
「ハァ? アンタ今までの私を見てそんなことまだ言うの?」
「だったら証拠を見せてよ! 証拠を!」
「これがラストチャンスだからね!」
「それで何もなければ今度こそアンタ達の負けだからね!」
(フローラ)「ちょ……ちょっと……舞さんどうするつもりですか?」
(舞)「貴様は黙って見てな!」
舞はそう言うと呪文を唱え始めた。
すると知恵の精神世界が逆流し始めた。
(知恵)
「成程ね……もう一回クズだった頃の私を見せて動揺を誘おうってわけね」
「でもそう上手く行くかしら?」
知恵は変わらず強気だった。
そして場面は一番最初に麗子と出会った場面に巻き戻された。
麗子から虎次郎の言葉を告げられるその場面に。
(舞)
「同じものなんか誰が見せると言った?」
「ここからは貴様が本当にしたかったことを俺様がやるだけだ」
その言葉にフローラは困惑していた。
知恵は一切の動揺を見せていなかった。
舞はその二人を無視して、また別の呪文を唱え出した。
(舞)「まーそこで見てな! 行くぜ!」
舞はそれだけ言うと、精神世界の中の中学生の知恵の身体の中に飛び込んだ。
その直後、精神世界の中学生の知恵が光り出して勝手な動きを始め出した。
(フローラ)
「な……何ですかその呪文は!?」
「精神世界の人物に入れる呪文なんて聞いたことないですよ!」
(舞)「さて……じゃー始めるぞ!」
舞はそう言うと中学生の知恵のまま、突然目の前にいた中学生の麗子を殴り出した。
(中学生の麗子)「な……いきなり何するのよ! 何が気に入らないのよ!」
(中学生の知恵)「うるさいわね! 私の虎次郎を返してよ!」
フローラは舞が取った行動が全く理解出来なかった。
だが、知恵は今まで冷静だったのが嘘の様に、急に頭を抱え出して大声で叫び出した。
(知恵)「……めて……や……やめて! やめてーーーー!」
その様子にフローラはただ驚くことしか出来なかった。
(舞)「これがアンタが本当はあの日言いたかった本音だったんだろ?」
(知恵)「な……何でアンタにそんなことわかんのよ!」
(舞)
「この呪文はな……自由に精神世界の身体に乗っ取って動く呪文じゃなくてな……その精神世界の身体に干渉できる呪文なんだよ!」
「だから俺はお前の身体の中でただ念じただけだ!」
「『お前の本音を見せろ!』ってな!」
(フローラ)「……じゃー……まさか……」
(舞)
「ああ……俺の意思じゃない!」
「麗子を殴ったのはコイツの意志だ!」
「貴様が本当に欲しかったのは力なんかじゃない!」
「本当に欲しかったのは虎次郎本人なんだろ?」
「だからそれを奪ったコイツが一番憎かったんじゃ無いのか?」
「だけど貴様はその気持ちに蓋をした」
「その理由は俺様には全くわからない」
「だが貴様のその理由は精神世界ですら歪める程のものだったんだな」
「だから貴様は一切取り乱さなかった」
「何故ならここは貴様の偽りの気持ちが生んだ偽りの精神世界だからだ!」
(フローラ)「……どういうことですか!?」
(舞)
「どうもこうもおかしいと思ったんだよ」
「精神魔法は対象者の精神自体に攻撃するもの」
「つまりその人物にとって一番弱いところを攻撃するものだ」
「本来はその攻撃で精神自体を乗っ取るものだからな」
「だが貴様は自分の精神世界で一切取り乱さなかった!」
「そんなことは有り得ないんだよ!」
「もし可能性があるとしたらそいつは俺様よりも強大な魔力の持ち主か」
「そうじゃなければここは貴様が真実ごとすり替えた偽りの世界しかあり得ないんだよ!」
その舞の言葉に、知恵は激しく動揺した。
(知恵)「ち……違う……これは全て真実……嘘なんか一つもない……」
(舞)
「もう嘘付くのはよしな! この世界はもう終わりだ!」
「さあ見せてみな! アンタの本当の本心を!」
舞がそう言い放つと、知恵の精神世界は激しく歪み出した。
(知恵)「や……やめて! やめてーーーー!」
そう叫ぶ知恵の目の前にその殴られる前の麗子の場面が現れた。
そしてその場面は、先刻見た同じ場面の様に見えたが、実はノイズで見れなかった場面だった。
(中学生の麗子)
「虎次郎からさ私のボディーガードを引き受ける代わりにアンタを守ってくれって言われたんだけどさ」
「そもそもアンタって虎次郎とどういう関係なの?」
(中学生の知恵)「お、幼馴染です……ただの……」
(中学生の麗子)「ふーん……ねえ! アンタさ実は虎次郎のことが好きなんじゃないの?」
(中学生の知恵)「えっ……そ……そんな……こと……ありません……」
(中学生の麗子)
「ふーん……どっちでもいいけどね」
「でもこれだけははっきり言っておくよ」
「もうアンタは虎次郎には二度と会えない」
「アイツはもう地下闘技場の選手になったからね」
(中学生の知恵)「えっ!? それって……どういう意味ですか……!?」
(中学生の麗子)
「どうもこうもアイツ人殺しだよ? 何でまた会えると思ってんの? バカなの?」
「だから今までアイツに守ってもらってたかもしれないけど、それはもう無理だからね」
「アンタはもう一人っきりなんだよ!」
「だから一人で何とかしないといけないの!」
「まずはその自覚を持ってよね!」
「……そんでそんな虎次郎からの最後のお願いが、アンタを守ってやってくれなのよ!」
「……しかし笑えるよね! こんな何の役にも立たないのをずっと守ってたなんて!」
「何の罰ゲーム? 虎次郎がかわいそ過ぎるわ!」
(中学生の知恵)
⦅……かわいそう? ……虎次郎が……かわいそう……?⦆
⦅……私……考えもしなかった……私……虎次郎にずっと……⦆
この瞬間、中学生の知恵の心の中で何かが壊れた。
(中学生の麗子)「それで……アンタは私に何をしてくれるの?」
これが実際のあの日起こった出来事だった。
知恵はこの心が壊れた部分を、精神の更に奥深くに沈めていたのだった。
自分の本当の気持ちと一緒に。
(知恵)
「……そうよ……そうよそうよそうよそうよ!」
「私はずーっとずーっとずーっと虎次郎のことが好きだった!」
「小さい時からずっとね!」
「どんなに誰かにイジメられても、そんな好きな人に毎日守られて私は幸せだったのよ!」
「私はこの大好きな虎次郎に守られる毎日が永久に続くと信じていたのよ!」
「そんな毎日をいきなり奪われた気持ちなんか誰にもわかるわけないんだよ!」
「それをあの女はかわいそうと言いやがった!」
「とても怒りたかった! ぶん殴りたかった!」
「……でも反論は何も出来なかった」
「……だって……本当にそんな気がしたから」
「こんな私なんかを守ってた虎次郎の人生は、本当は可哀想だったんじゃないかって」
「だから私は虎次郎への気持ちを全て捨てて、あの女に懇願したのよ! 何でもします! ってね!」
「この女なら私を変えてくれる!」
「そんな確信があったからね」
「そしてもう誰からも可哀想だと思われない自分になるって決心したのよ!」
「そんな気持ちの時にあのテストがあったのよ!」
「私は素直にその時チャンスだと思った」
「だから本心に嘘付いて、思ってもいないことを大声で叫んだわ!」
「心の中では『ゴメン! そんなことしたかったわけじゃない! 報復したかったわけじゃない! ただもうイジメないで欲しかっただけ』って思いながらね」
「そして私の思惑通り、私はあの女に気に入られた」
「もうそこからはヤケクソだったわ!」
「とにかくあの女に気に入られよう気に入られようと」
「でもそう頑張れば頑張る程、心は崩壊していく」
「そしていつか心が壊れてしまった」
「もう何も感じない」
「嬉しさも悲しさも怒りも喜びも」
「そしていつしか冷血非情な悪脳は完成されていったわ」
「そんな時よ! この学園で虎次郎と会ったのよ!」
「とても嬉しかった!」
「……でももうその時には既に悪脳は完成されていた」
「そしてその姿を一番見られたくないのが虎次郎だった」
「虎次郎も色々あって見た目や性格は変わっていた」
「でも私への接し方は昔の虎次郎そのものだった」
「私はそんな虎次郎にだけは自分を見て欲しくなかった!」
「だからあの日……虎次郎に呼び出されたあの日……私は……」
(回想の虎次郎)「一体今まで何があったんだ? 何がお前をそこまで変えたんだ?」
(回想の知恵)「もう私は以前の私じゃない! 今後は気安く私に話しかけないで!」
(知恵)
「あの時心に決めたの!」
「もう虎次郎に対する気持ちとは訣別するって」
「でもそんな日々は更に私を苦しめた」
「大好きな人と一緒にいれるのに、その気持ちに偽り続ける毎日」
「麗子との関係がある以上、もう今更何も出来ないこのもどかしい気持ち」
「そして私はその気持ちを少しでも楽にしたいが為に、考えを変えたのよ!」
「今私をここまで苦しめている全ての要因は自分を今までイジメていたクズ共のせいだってね!」
「だから私はクズ共を排除する為に麗子に提案したのよ!」
「この学園を支配する組織を作りたいってね!」
「そして傍にいれる口実として虎次郎にもその協力を要請したのよ!」
「これが七鬼衆の元となった三鬼衆始まりの真実よ!」
知恵が全てを打ち明けた直後、辺り一面を眩しい光が覆った。
そして知恵は、元いた場所に戻って来た。
精神世界から戻って来た知恵は、まるで何かから解放されたかの様に舞とフローラには見えた。
そして今まで見たこともない様な素顔を、知恵は二人に見せていた。
まるでその姿は、悪脳の知恵から一人の才加知恵になっていた様に二人には見えた。
(知恵)
「……私の負けね」
「もう全部話しちゃったし」
「もう多分悪脳には戻れない」
「私はこれからどうすればいいのかな?」
「……もう……わかんないや……」
(フローラ)「……貴方はどうしたいのですか?」
そのフローラの言葉を聞いて、知恵は目を見開いてフローラの方を見た。
(知恵)
「……ねえ……あなた……いえ……神様……貴方様が七鬼衆から虎次郎の記憶だけ消したのですか?」
(フローラ)「……神様ではないですが……はい……私の能力です……」
そう言ったフローラに向かって、知恵は急に正座をして泣きながら頭を地面に付けた。
(知恵)
「お願いします神様!」
「私の存在も七鬼衆から消して下さい!」
「私……もう悪脳に戻りたくない!」
「これからは普通の女の子として、一人の才加知恵として生きていきたい!」
(フローラ)「……わかりました……頭を上げて下さい……」
(知恵)「ありがとうございます! 神様!」
(フローラ)
「……ただ虎次郎さんにも話しましたが」
「私のこの能力はその人の思いが弱くないと効果を発揮しません」
(知恵)「……それはどう言う意味ですか?」
(フローラ)
「もし……その人物が貴方との思い出を大切だと感じている場合」
「その人の貴方への記憶を消すことは出来ません」
「……だからもし鬼頭麗子が貴方のことを……」
(知恵)「大丈夫! 麗子は私のことなんか大事に思ってるはずがないから」
(フローラ)「……そうですか……それでは……」
フローラは詠唱に入った。
そして全ての詠唱が終わった後で知恵に告げた。
(フローラ)「……これで貴方の存在を特定の人物から消し去りました」
(知恵)
「本当にこれで?」
「……わかったわ……ちょっと試して来る!」
知恵はそう言うと一人屋上から出て行った。
そして知恵は、廊下を歩いていた麗子に声を掛けた。
(知恵)「麗子さん!」
(麗子)「……あなた誰? 私に何か用かしら?」
(知恵)
「……いえ何でもありません」
「私みたいなのが麗子さんに用事があるわけがありません!」
「気分を害されたなら謝ります!」
「申し訳ありませんでした!」
(麗子)「ふーん……まーどうでもいいけど……」
麗子は颯爽とその場から去っていった。
知恵はそんな麗子に対して、頭を下げながら満面の笑みで見送った。
ただその眼からは、少しだけの涙が流れていた。
⦅さようなら……私を変えてくれた親友……今までありがとう……⦆
そして知恵はその場を去った後、虎次郎が収容されている刑務所を訪れていた。
⦅……虎次郎も私のこと忘れていたらどうしよう……⦆
知恵は言い様の無い不安で、心が押し潰されそうになっていた。
そんな知恵の前に収容中の虎次郎が現れた。
(虎次郎)「知恵! どうしてここに!?」
虎次郎のその言葉を聞いた知恵は、急に泣き出した。
(虎次郎)「知恵? どうしたんだ? 何かあったのか?」
(知恵)「……ううん何でもない……今までごめんね……」
そして二人は、面会所のアクリル板一枚を隔てて、他愛も無い話しをずっとしていた。
まるで昔の頃に戻ったかの様に……。
ー学園の屋上ー
(舞)
「……結局悪脳って何だったんだろうね」
「認められたいって理由で努力して勉強することが、そんなに悪いこととは思えないんだけどな」
(白い猫)
「努力することは悪いことではありません」
「むしろ喜ぶべき行為だと思います」
「しかしもっと大事なのはその努力をする意味です」
「その意味に対して自分が本当に納得していないのであれば、その努力はただの虚しいものなのかもしれません」
「やらされている、そんな気持ちがある限り、その努力が実ってもその人間は実らないのかもしれませんね」
(舞)
「ふーん、やっぱり人間ってよくわかんないね」
「今回もイジメが原因だったみたいだし」
「何でこんなにイジメばっかり人間はするんだろね?」
「弱い者を集団でイジメて何が楽しいんだろ?」
「私にはわかんないや」
(白い猫)
「おそらく人間という生き物は、強者に逆らうことを極端に恐れる生き物なのでしょう」
「でも何か心のどこかで自分もそんな存在になりたいという憧れから、弱者を無意識に生み出そうとしているのかもしれません」
「イジメはそんな人間が自分が弱者だと認めたくない時に取る、一種の本能的な行動なのかもしれませんね」
(舞)「ふーん……弱者ゆえの苦悩ってことなのね」
(白い猫)
「まあそういうことなのでしょうね」
「ところで……さっきのあれは何ですか?」
(舞)「……さっきのあれって?」
(白い猫)
「とぼけないで下さい」
「さっき貴方が見せた精神への干渉の攻撃ですよ」
「あんな能力いつ出来る様になったんですか?」
(舞)
「……ああ……あれね……あれは……その……」
「元々出来たけど今まで使う機会が無かったから使わなかっただけよ……そうよ……そうなのよ!」
(白い猫)「……何か怪しいですね……私に何か隠し事してませんか?」
(舞)「……何も隠し事なんか……してないわよ!」
(白い猫)「……まあいいです……今回はその能力のおかげで何とかなりましたから」
(舞)「そうよそうよ! 結果オーライなんだからいいでしょ! さあ帰りましょ!」
舞は強引に話を終えて、屋上から降りようとしていた。
だが次の瞬間、急に舞は鋭い眼差しで上空を見た。
だがそこには何もいなかった。
(白い猫)「どうしたんですか?」
(舞)「……いや……何でも無い……」
一人の少女と一匹の猫は、屋上から下に降りて行った。
その屋上の上空に、何者かは確かにいた。
(???)
「クックック……こんな世界でこんな面白いものが見れるとは」
「しかしこれもまた運命なのかもな」
「この世界でまさかあの時の借りを返せるチャンスに巡り合うとはな」
「……なあ……魔王デスターニャさんよ」
「楽しみに待ってな」
「この世界がアンタの墓場となるからよ」
その直後、その何者かは姿を消したのだった……
(ナレーション)
なんと上空に現れたその人物は、舞の正体を知っている人物だった。
はたして彼は何者なのか?
そしてあの時の借りとはどういう意味なのか?
〜第八章〜 魔界の秩序と人間世界の法律【前編】
へ続く