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16

 ミーアが魔物の気配を感じ取ったのは、昇降機を使って目的地に降りている最中の事だった。

 異常な事態に少々驚きながらもレニを探す事に意識を集中させていると、程なくして彼女の魔力が見つかる。

 と、同時に、その近くに異様な存在がいる事実も把握する事となった。

 人間でも魔物でもない、強力な力を持ったなにか。

 剣呑な感じだ。今にも戦いが起きそうな、そんな予感がする。

(だとしたら、私がするべきは――)

 少なくとも、無策で彼女の元に向かう事ではないだろう。

 今の自分が行ったところで、なんの役にも立てはしないのだ。それどころか足手纏いにすらなりかねない。そのような無様を晒すために、此処に来たわけではないのである。

(……それに、ナアレ・アカイアネもこの階層に居る)

 そこまで離れた距離でもない。なら、彼女を使うのが妥当だろう。

 救出という面倒が残ってはいるが、こちらはまだ自分でもどうにか出来そうだし、それにさすがにこの状況だ。今回はナアレも協力的に動いてくれるだろうから、一つでも活路を与える事が出来れば――と、考えを巡らせたところで、ミーアはこちらに近づいてきている気配を捉えた。

 これは、グゥーエ・ドールマンのものだ。

 普段と異なり、なんとも捉えにくい魔力の感触。まるでジャミングがかけられているような感じからして、魔法を使って誰かに感知される事を嫌っていたんだろう。

 その彼が、十秒ほど経過したところで姿を見せ、

「よぉ、急で悪いんだけど、この腕治してくれないか?」

 と、へし折れていた右腕をこちらに差し出してきた。

 他に外傷はない。今しがた出現した魔物相手にやられたというわけではなさそうだが、一体なにがあったのだろうか? そもそも、何故彼がこの階層にいるのか……。

「馴染みのヤバい奴とやり合う事になってな。一応見逃してもらえたんだが、ただとはいかなかったってところだ。で、この状態じゃさすがに戦力外なんで、医者を探してふらついてたんだけど……もしかして、治せないくらいに不味い傷だったりするのか?」

「……いえ、すぐに治療します」

 いくつかの疑問を呑みこんで、負傷箇所に手を伸ばしつつ、ミーアは治癒魔法を施していく。

 事情は不明だが、きっとレニたちの為に彼はここにいるのだろう。助力は期待できそうだし、彼がいるならナアレ救出も容易くなった。

 これは実に幸運だ。手放す理由はどこにもない……と、アネモーとの関係を、割り切ったものとしてしか捉えていなかった少し前の自分なら、深く考える事もなくそう結論付けていただろう。

 でも、今はそうもいかない。

 魔物は最下層だけではなくて、かなり広い範囲で出現している。

 此処からでは感知できないが、アネモーが居る階層にもその脅威は現れているかもしれないのだ。

 それは、この男も判っているだろうに……

「しかし、レニの奴、かなりヤバいのと揉めてるみたいだな。レフレリとは別のなにか、か。……これは、厳しい戦いになりそうだ。腕が治った程度でやれるかどうか」

 と、アネモーの事よりもそちらの方が気がかりで仕方がないと言った感じだった。

 今、彼女がどこにいるのかだって判っていない筈なのに、別のものを優先する。それが、なんだか、酷く腹立たしくて――

「――違うでしょう」

 気付けば、ミーアはそんな言葉を吐き出していた。

「貴方が今優先しなければならないのは、アネモーさんやコーエンさんの安全なのではないんですか?」

「……あぁ、そうだな」

 微かに苦味を帯びた笑みをもって、グゥーエが頷く。

 判った上でここにいるのだと、その目は語っていた。それで、アネモーとグゥーエの喧嘩の理由が、レニの置かれた状況にあった事にミーアは気付く。

 助けるか助けないかで二人は揉めて、アネモーは助けると決めてミーアたちを探していたのだ。そしてグゥーエもまた、その一件を受けてここにいる。

 なら、自分が口出しするような事ではないのかもしれない。……それでも、やはり彼は戻るべきだという考えが、ミーアの中では固まっていた。

 人は簡単に死ぬ。このような異常事態においては尚更だ。レニの事は心配だけど、アネモーの方が正直死にやすい状況にあるわけで、彼女への配慮をここで欠くと、一生後悔しそうな気がする。

 だから、ミーアは自分の選択に躊躇いを覚えながらも、その気持ちを口にした。

「貴方は戻るべきです。たとえ彼女が望んでいなくても、死んでしまったら取り返しはつかないのですから。今はその可能性を潰す事に尽力してください」

「……けど、あんたはどうするんだ? 言っちゃ悪いが、あんた一人じゃ厳しいだろう?」

「レニさまと対峙している相手に関してはそうでしょうね。ですが、ナアレ・アカイアネを捕えている者たちについては別です。それに、私一人というわけでもなさそうですし」

「あの人が近くにいるのか? それに一人じゃないって……」

 感知能力はそこまで高くない事を物語るように(あるいは自身の施したジャミングの所為で鈍っているのか)、グゥーエが戸惑いをみせる。

「ユミル・ミミトミア」

 話をしている最中でも張り巡らせていたアンテナが、ナアレの元に向かっているユミルの気配を捉えていた。どうやらレニの傍にいたようだ。強力な魔力同士の鍔迫り合いに隠れていて気付くにの遅れた形である。

 まあ、正直、居ても居なくても大差のない戦力ではあるが、上手く向こうの動きに合わせれば、デコイとして使う事くらいは出来るだろう。

 それに、魔物への対処のためか、ナアレの傍にいる敵の多くも外に出始めていた。これならグゥーエの助力は本当に必要ない。

 そのあたりの事も説明し、今彼女がいるであろう階層を告げると、彼は難しい顔をしながらも、

「わかった。そうしよう。……ありがとうな。俺たちの事気遣ってくれてさ」

 と言って、駆けだしていった。

 こちらに向かってきた時よりも、ずいぶんと軽やかだ。なんだかんだ言って、心配で仕方がなかったという事なんだろう。

(……だったら、これでいい。これが最適)

 自分に再度言い聞かせるように胸の内で呟いて、ミーアもまた駆けだす。

 と、そこでナアレの元に向かっていたユミルの動きが急に止まった。

 敵にでも遭遇したのかと思ったが、そういう感じでもない。

(近くに誰かいる。味方と合流した?)

 そういえば、リッセがレニに対して仲間を寄越す的な事を言っていたような気がする。

 その仲間だろうか? だとしたら優秀には違いないだろう。ユミル一人なら捨て駒にするだけで良かったが、まともな人材がいるのなら接触して連携を取った方がいいのかもしれない。

(……そうね)

 そうしようと決断し、ミーアは進路を変更してユミルの元へと向かう事にした。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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