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 この奇襲の本命は、最後の一撃にあった。

 振り下ろした大剣を途中で投げつけるように手放して、それがネムレシアに届くより早く、右手に新たに武器を用意し、脇腹から心臓に駆け上がっていくように切り上げる。

 背後の攻撃を翼が対処するのなら、ハルバードだけでは防ぐのが難しい同時攻撃だ。しかも、これまで見せてきた中で最速の一撃でもある。

 威力重視の遅い攻撃をしつこく見せてきた分、それは更にネムレシアの眼には速く映る事だろう。まあ、彼女の眼が人間に近いものならという前提付きではあるので、こちらに確信があったわけではないのだけど、それでも念には念を入れて用意した切り札だ。

 必ず届く。そう信じて振りぬいた。

 その結果は、こちらの想定から大きく外れるものとなった。

 ただし、悪い意味でではない。そこまでする必要すらなかったのである。

 ガッドナイドさんが放った槍は迎撃行動を取った黒い片翼を歯牙にもかけず、圧倒的な速度と威力を持ってネムレシアの右肩を根こそぎ、腕もろとも吹き飛ばしていた。

 そこに振り下ろしていた大剣が左肩に直撃して、ネムレシアは両腕を失う。

 さらに最後の一撃が腹を裂いた。斬撃の狙いがズレて心臓を外したのは、大剣の力で叩き落としたハルバードにぶつかった所為だ。

「ひっ、あ、あ、あ、う――」

 喉を引き攣らせるような音を皮切りに、絶叫が響き渡る。

 ネムレシアは両膝を地面に付き、身体をくの時に曲げて、額から地面に倒れた。

 同時に魔物を招いていた空間の孔が消え始める。……それなら、もうこれ以上の攻撃は必要ない筈。

 その考えを甘いと言わんばかりに、ガッドナイドさんは槍を投げるや否や、こちらの魔法の反動で壊れた身体の右半分の痛みに顔を歪めながら、左手に握りしめた剣をネムレシアの心臓目掛けて投擲していて――それが弾かれる甲高い音が、儀式場に響き渡った。


「この程度の力しかない人間が、御使いの防衛機構を砕くか。想像以上だな」


 ……一体、何が起きたのか。

 瞬き一つの間に、ネムレシアの傍らに一人の男が立っていた。ラウと同じくらいの背丈の、ラウよりずっと分厚い肉体をもった、まるで叡智を授かった獣のような男。

 そいつが現れた途端、周囲にいた冒険者たちと、一部の魔物が石になっていた。

「魔法の強制力は変わらず。効果の限定もしっかりとされているか。それ故に半壊程度で済んだ。この辺りは想定通りの結果だな」

 獣のような男は、一人納得したように頷く。

 そしてその場にしゃがみ込んで、ネムレシアの喉を掴んで悲鳴を無理矢理止めさせた。

「よくやったぞ、ネムレシア。お前さんは正しく役割を果たしてくれた。おかげで私は、この場面に力を注ぐだけで済んだ。無駄な消耗を極力抑える事が出来たわけだ。こんな風に、手軽にな」

 その掌から、淡い光が広がっていく。

 一見すると、それは治癒魔法に見えた。事実、彼女の両腕は凄い速度で復元していっている。だが、それ自体が絶えがたい異常かのように、ネムレシアは大きく目を見開き、涙を止めどなく溢れさせながら痙攣し始めた。

 ……魔力が強すぎる所為だ。脆弱な側が、あまりの格差に拒絶反応を起こしているのである。

「死ぬなよ? 新たに人格を構築するのにも特別な力が必要なんだ。それに、お前さんは見ていて退屈しない。やはり愚か者ほど愛でたくなるという事なんだろうな。だからこそあの娘も……いや、あれはその先の変化を夢見ていたのだったか。人間は飽き易く、変わりやすいからな。なんとも羨ましい限りだが」

 獣じみた男の手が、ネムレシアから離れる。

 ネムレシアは糸の切れた人形のように、その場に崩れ落ちた。一応、胸が微かに上下しているのは確認できたので、死んではいないようだが……。

「……貴様、一体なにをした?」

 震える声が、訪れようとしていた不気味な静寂を拒否するように響く。

 発したのはガッドナイドさんだ。見ると、彼の顔色は傍目からもはっきりと判るくらいに青ざめていた。

「感じ取れているのなら、言うまでもないだろう? 貴様の核を一つ喰らっただけだ」

 そう言って、獣じみた男は顎まで簡単に届く長い舌を出す。

 そこにはとてもきれいな灰色の石のようなものがあって――それは、彼の舌の上でさらさらと砂のように崩れて消えて言った。

 今の話が事実なら、この男はガッドナイドさんの心臓からそれを抜き取ったという事になる。

 突然現れた事といい、そういう魔法を所有しているのか?

 なんにしても、得体が知れなさすぎる。まさに最悪の増援だ。

 そういう類が訪れる前に帰る事が唯一の勝算だった身としては、絶望的な光景でしかなかったが……なんでだろう、不思議とショックを覚える事はなかった。

「所詮は悪あがきだという自覚が、どこかにあったからだ。お前さんは成功を本気で夢見てはいなかった。こちらがどの程度、お前さんを重要視しているのか、そのあたりを計れたらいいくらいだったんじゃないか? だから、お前さんは平静で居られている」

 まるで心を見透かしたように、俺の方を見て男は言った。

「そんな事は――」

「これはただの推測だ。人ではない身に人の事など判らんさ。もしかしたら、周りが見えなくなるくらいに焦がれていた結果なのかもしれない。或いは、罪悪感に突き動かされた故の義務感でしかなかったからなのかもしれない。機会を得てしまったのなら、そうしないわけにはいかないものな。大事な母を怪物にしてしまった事を悔いているお前さんは――」

「――止めろ!」

 それ以上喋るな、と剣を振り払う。

 満身創痍であろうともレニ・ソルクラウの一撃だ。防御なり回避なりはするだろうと思っていた。

 だが、剣は男の皮膚を切り裂くことすら叶わなくて、攻撃を仕掛けたこちらの手首を痛めるだけの結果を寄越してくる。

「こらこら、無理はしてくれるなよ? 代わりをすぐに用意できるわけではないんだ。オリジナルの方に反映する前に死なれたら、こちらの苦労が水の泡になってしまう。せっかく上手く育っているんだ。出来ればお前さん一人で済ませたい」

 口元に手をあてて妙に上品に笑い、それから獣じみた男は微かに目を細めて、愉しげに言った。

「……というのが、私の意見ではあるんだがな。我が主は寛容だ。お前さんに機会をやってもいいと言っている。後悔を、選ぶ機会をな」


次回は四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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