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 二対一になっても戦いの構図に変化はない。

 こちらが追いかけて、向こうが距離を取る。常に決定打の手前までは迫れるのだけど、寸前のところで逃げられて、また仕切り直しの繰り返し。

 駆け引きでは勝っているのだ。こちらの仕掛けは悉くネムレシアに突き刺さっている。なのに、性能差によって理不尽にも凌がれてしまう。

 まったくもって不思議な感触。物凄く嫌な気分ではあるんだけど、同時に可笑しさのようなものも込み上げてきていて……それで「あぁ、そうか」と、ある事実に気付いた。

 これは、俺がこれまでに苦戦してきた人達(ドールマンさんであったり、オーウェさんであったり)との戦いとは真逆のものだったのだ。

 今までレニ・ソルクラウのスペック頼りでやってきた俺が、その性能で優位を取れない相手に、真っ当な方法で勝とうとしている。

 力でも速度でも魔力でも負けている初めての敵を前に、こんなにも自信をもって挑めている。

 この程度の能力差がなんだというのかと。彼等はそれを簡単に覆して、レニ・ソルクラウを打ちのめしてきたのだと。そして俺は、それを身をもって知っているのだと。経験が後押ししてくれている。

 だからだろうか、けしていい状況ではないというのに、自分でも驚くほどに冷静だった。

 もしかすると、ドールマンさんたちもこんな心境で俺と戦っていたのかもしれない。だとするなら、たとえ最後までやり合う機会があったとしても、自分が勝てる未来はなかった事だろう。

 それほどまでに両者には差があったのだ。彼等に近い立場に立って、それがよく判った。

 結局のところ、ネムレシアには怖さがないのである。どれだけ優れた能力を持っていても、それはカタログスペックでしかなくて、彼女の行動の幅は狭く、また実戦値も低い。

 なにをしてくるのかが、手に取るように判るのだ。あげく、感情にかなり振り回されていて、こちらからその行動を誘発するのも容易かった。

「そろそろ届きそうだね。死ぬ準備は出来た?」

「――っ、認めない。こんなの、あり得ない!」

 恐怖を追い払うように叫び、ネムレシアは魔法の槍を撃ち出す。

 本当に判りやすい行動だ。

 その攻撃に合わせて踏み込み、もう何度目かも忘れた接近を成功させる。

「なんで――!?」

 自分の攻撃がこうも簡単に躱されるのかと、ネムレシアは顔を歪ませるながらハルバードを構えるけれど、それももう殆ど機能していない防御法だった。

 フェイント一つで釣って、隙間を縫うように得物を突きだす。

 ただ、やはり致命傷には届かない。最後の砦が残っている。

 片翼の黒い翼。それがこちらの本命を完璧と言っていい精度で潰しているのだ。

 間違いなく自律した存在として、それはネムレシアを守っていた。そして、その崩し方がまだ確立出来ていない。それ故の繰り返し。

 とはいえ、まったく収穫なしというわけでもない。いくつか判った事はあった。

 その中でも特に重要な発見は、黒い翼が深手になりそうな行動にしか反応しないという点だろうか。だからネムレシアの身体には今無数のかすり傷がある。もっとも、それは彼女の自己治癒能力によって十秒もしないうちに完治してしまうので、続ければいつかという事にはなりそうにないが……まあ、それはさておき、この特性が多分一番の狙い目だろう。防ぐ対象を吟味しているという事はつまり、対処できる攻撃の数に限りがある可能性が高い。

 翼が一度で迎撃できない方向からの同時攻撃なら、或いは突破できるかもしれない。

 ……というか、そろそろなんとかしないと、さすがにジリ貧だ。ネムレシアが手傷を負っているように、こちらも翼の迎撃の際に何度か攻撃を貰っているのである。動きに支障が出る箇所はまだ大丈夫だけど、最初に貰った胸部と肩の傷は思いのほか深く、出血も一向に止まっていなかった。

 血の損失は魔力の減退に直結する。まして相手は人外。先にバテる事を期待するわけにもいかない。長期戦が不味いのはこちらなのだ。

 そういう意味では、ネムレシアは現状を維持するだけでも勝てるわけだけど、彼女にそんな認識はないだろう。向こうは向こうで、なんとかしないと、とずっと空回りをしてくれている。

 その大きな要因は、最初の攻撃以降何もしていないガッドナイドさんの存在にあった。

 彼はただその場に立って悠然と周囲を眺めているばかりで、時折ネムレシアに向かって魔力の気配をちらつかせる程度の事くらいしかしていないのだが、それが見事なくらいに効果的だったのだ。

 どうせ決定打を貰う事なんてないのだから無視すればいいものを、ネムレシアはその度にそちらに意識を引っ張られて、莫迦みたいに隙を晒してくれる。最初の奇襲が尾を引いているのだ。きっと絶妙なダメージだったんだろう。もう少しで翼が機能するくらいの。

 その所為で、無視できない。

 彼は何もしない事によって、相手に実際の戦力を掴ませない事に成功し、正しく二対一という数的優位を維持してくれているというわけである。その点は正直かなり助かっていた。けど、やっぱり彼にもう少し火力があればと思わずにはいられないのも実情だ。

 それさえあれば確実に、別方向からの同時攻撃を狙えたからである。

 ……いや、もう一つの魔法を使えば、それも可能なのかもしれないけれど、あれは自壊とセットだ。

 人間に直接行使するというのは、さすがに躊躇ってしまう。

 だから、これは最後の手段だ。本当に他に手がないと判断した時、今有る信頼を利用して彼に接触し、魔法を行使する。

 出来れば、それまでにアカイアネさんがこの場にやって来てくれると色々と有難いんだけど、まったくといっていいほどそういった気配がないという事は、そっちはそっちで望み薄なんだろう。

 少なくとも、こちらが限界を迎える前に来てくれるという線は、もう捨てた方がいいのかもしれない。

「……悪くはない流れだが、決定打に欠けているな。もう少し力を貸した方がいいか?」

 同じようなタイミングで、アカイアネさんという宛てが外れそうだと判断したのか、面倒くさそうにガッドナイドさんが言った。

 それに反応して、ネムレシアの身体が委縮する。

 ここまで素直だと、少し罪悪感を覚えそうなものだけど、短絡的に無関係な人間まで皆殺しにする事を選んだような奴に対して、そういった気の迷いは長続きしない。

 瞬き一つの間に拭い去って、俺は得物を振り拭き敵の神経を圧迫していく。

「――うぅ、うぅう!」

 今にも理性の糸が切れそうな危うい形相。そろそろ無駄に高そうなプライドも折れて、この場から逃げだすという選択肢がちらつき始める頃合いだろうか。

 ネムレシアがそれを決断したところが、次の山場だ。こちらは今もかなり無理をして攻めているので、これ以上攻撃に意識を傾けると翼を凌ぐことが難しくなってくる。それでも逃げられるわけにはいかない。元凶はここで潰さなければ、儀式は行えないのだ。

 ……なら、やっぱり今勝負に出るのが最善なんじゃないだろうか?  

 彼もまた、どうせすぐに敵になる相手。戦争をもくろむような輩だ。代償を支払わせる事に一体何の不都合がある? 同じになるだけだ。あの男を殺した母と同じに――


『――蓮、貴方はこのままで居てね。私みたいになっちゃダメよ。止まれなくなってしまうから。きっと、私より酷くなるから。だから……お願いよ、蓮』


 不意に、昔言われた言葉が脳裏に過ぎった。泣きそうな笑顔でそう言った彼女の顔を思い出した。

 ……最悪のタイミングだ。どうして決断したあとに、こんなノイズが走るのか。

 それとも、他になにか良い手があるとでも言いたいんだろうか? 彼女の要望を応えた上で、勝利するような良い手が……

「――莫迦らしい」

 愉快な現実逃避に、思わず自虐的な笑みが漏れた。

 いや、一つだけあるにはあったのだ。自分にそれを使って、翼を破壊するという手が。

 これならネムレシアを殺さずに無力化する事も出来るかもしれないし、ガッドナイドさんを使い捨ての道具にする必要もなくなる。

 もちろん、成功率はほぼゼロだ。記憶の中のレニ――この身体を完璧に制御できる本人ですら、自身への行使には多大なリスクを背負っていたのである。通常の状態すら完璧でない俺が、そんなものを行使して、狙い通りの結果を得られるわけがない。

 それでもやってみるか? 自分なら可能だと信じて、根拠のない賭けに出る? …………無理だ。そんな無謀が出来るなら、俺はここに到るよりもずっと前に死んでいる。

 その事実が、余計な葛藤に終止符を打った。

 ネムレシアは殺す。ガッドナイドさんにはその為に自壊してもらう。願わくば命に別状がない程度に壊れてくれるのが理想だが、死んだら死んだという考えをもって実行する。これが最善だ。

「――っ、ぐぅ!」

「あ、ふ、ふふ、あはは、知っていたのよ! 無理してやっと互角を演じられてるだけだって!」

 ワザと一発喰らって、ガッドナイドさんのところまで下がったところで、ネムレシアが眼を剥いて吠えた。

 まあ、喜ぶのも無理はない。ハルバードはこちらの脇腹を綺麗に抉ってくれていた。

 殆ど無呼吸で動いていたツケですでに荒かった息をより荒く乱しながら、俺は片膝をつき身を守るために前方に壁を具現化する

 これで、比較的自然に、内緒話が出来る状況は用意出来た。やられた箇所はやや想定外だったけれど、少しの間くらいなら支障なく動かせる。その程度の損傷だ。大きな問題はない。

 俺は真っ直ぐにガッドナイトさんを見上げて、言った。

「貴方に切り札を使います。相手が背中を見せたところで、最大の一撃を放ってください。お願いできますか?」

「……いいだろう。だが、動きは止めてくれよ。悪いが殆ど捕捉出来ていないのでな」

 どういう効果なのかをあえて訊いてこないあたり、ここで時間を使って敵に不審を与える事を嫌ったんだろう。好都合だ。

 まず彼が投げた槍と同じサイズの槍を具現化し、それを手渡してから彼の手首を掴む。

 必要なのは膂力と精度だ。それが強化される事を意識しながら、具現化に用いるものとは違うとなんとなくの感覚で捉えているもう一つの魔力を流していく。

 それが済んだところで、拵えた防壁を貫いて魔力の槍が顔を出した。

「一斉射撃よ」

 こちらが会話に費やした時間で、ネムレシアは弾幕を用意したらしい。

 大体百くらいだろうか。たしかに、中距離戦は得意そうだ。

 被弾は避けられないだろう。おかげで、もう一度ワザと避ける手間が省ける。

 そのつまらない事実にため息をつきながら、俺は壁を消すと同時に左前方に向かって跳びだした。

 直後、槍の雨が追従してくる。

 適当に具現化した得物を投げつけるが、それらはハルバードによって簡単に防がれた。

 と、同時に太腿を射抜かれる。

 そうして動きが止まった俺に、残りの槍が殺到した。

 かろうじて致命傷は避けたが(というか、俺を殺したら不味いものだと思っていたんだけど、どうやらそれも忘れてしまっているらしい)、もう動けそうにない。

 すると案の定、勝ち誇ったネムレシアもまた足を止めて俺を見下ろした。

 ……本当、どこまでも読みやすい相手。これでお膳立ては完了だ。

 背後には控えたガッドナイドさんが投擲の構えを見せたところで、俺はこちらに意識を向けるように、具現化した長大な剣を両手に構え、全身全霊をもってそれをネムレシア目掛けて振り下ろした。

 どちらかの攻撃で、確実に彼女が死ぬという確信と共に。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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