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 どうにも妙な展開になってしまったが、三つ巴なんて厄介な状況にならなかったのは幸運だろう。

 もちろん、ゼラフ・ガッドナイドというよく知らない人物の発言を鵜呑みにするわけにもいかないので、そちらへの意識はどうしても残ってしまうが、それでも提案をするなり堂々とこちらに背を向けた姿勢にはある種の誠意が感じられて、多少の隙は見せてもいいのかなと思える程度のものにはなっていた。

 まあ、仮にそこを突かれるような事になったとしても、きっとミミトミアが防いでくれるだろう。その分、魔物相手にミスを犯しそうな意識配分ではあったけれど。

「それにしても、あの女もいないのにずいぶんと張り切っているものだな。腰巾着にしては珍しい」

 鋭い一突きで四足歩行の魔物の眼球を貫きながら、ガッドナイドさんが呟いた。

「そういうお前だって、年寄りのくせにずいぶんと張り切ってるじゃないか? 実質三番ジジイが」

 同じタイプの魔物の顔面に後ろ回し蹴りを叩き込み、その顔を燃やしながらミミトミアが暴言を返す。

 実質三番というのは冒険者組合においての影響力とかの事を指しているんだろう。当然、一番はアカイアネさんとして、二番が誰なのかは少し気になるところだった。

「……私は平常だ。必要な時に必要なだけの力を注いでいるというだけだからな」

 結構気にしている事なのか、ガッドナイドさんが憮然とした表情を見せる。

 それで優位なのは自分だと踏んだのか、ミミトミアは皮肉たっぷりな微笑を浮かべて、

「適材適所って言葉知ってる? お前、魔物と戦った事なんてないだろう? 街から出ないんだし」

「上位貴族というものは一通りの事を高い水準でこなせるものだ。誰かが居なければ何もできないような半端な存在とは違う。現に、専門家でもない私の方が多く狩れているだろう?」

「――む、あ、あたしは、お前への警戒を優先してるだけよ!」

 カウンターを喰らってたじろぐのは、もはやご愛嬌といったところだろう。

「無用な心配だな。貴様如きを叩くのに不意打ちなど必要ない。そんな事よりも、そちらで貢献できないのなら、今一番大事な客人の守護に専念しておけ。仮にも紫の冒険者が、レフレリの価値を落とすような不出来を余所の者に晒すな」

 セラさんを見た時から、俺たちが何をしに来たのかは判っていたという事なのか、ガッドナイドさんは横薙ぎ一線で跳びかかってきていた三匹を両断しつつ、彼女に視線を向けて真摯な口調で言った。

「伝達の不具合の所為で貴女には不快な思いをさせてしまったようだが、どうか今はこの街の為に力を貸していただきたい」

「……」

 セラさんは無言のまま頷き、儀式場の柱の前に立つ。

 そして、すぅ、と息を吸ってから全身に魔力を纏い、聲を放った。

 その瞬間の肌触りは、きっと忘れる事が出来ないほどに強烈だった。

 劇的なまでの空気の変化。やがて旋律となる聲はあまりに透明で、息をする事すら躊躇わせるほどに綺麗だった。

 ただし、それは心地良さとは正反対にある純然さだ。

 さながら個を全否定するような強制力をもった統一性。

 空気も、魔力も、色彩すらも、何一つ淀みの無いものへと変わっていく。否応なく、世界が塗りつぶされていく。

「……素晴らしい。此度の儀式において、この人選だけは、これ以上ないものだったな」

 微かに震える声で、ガッドナイドさんが呟いた。それを掻き消すように、魔物たちが怯えるような咆哮をあげる。

 セラさんは鎮めるなんて言葉を使っていたけれど、そんな生ぬるいものじゃない。

 これは、あのおぞましい聲と同列だ。……いや、むしろ、リフィルディールの聲こそが同列というべきか。

 遜色のない模倣。人に最も近い神。全てを殺す黒陽――

「――ぅ」

 突発的な痛みが脳内を駆け巡る。

 どうやらこの空気に中てられて、レニ・ソルクラウがもつ妙な記憶が入ってきたようだ。或いは、それはこの偽者の身体だけに刻まれた情報なのかもしれないが……まあ、なんにしたって、今気にするような事じゃない。それより、今は魔物を叩くことに意識を向けるべきだ。

 幸いというべきか、この空気の異常さにやられていて、彼等は相当に隙だらけだった。しかも狙い通りに、増援の数も減っている。

「悪くない流れだな。よし、まずはこの場を整理にする。処理速度を優先させろ! 今度は出遅れるなよ!」

 ガッドナイドさんの命令に従って、遅れてこの場にやってきていた複数の冒険者たちが動き出した。

 決して抜けて強いというほどではないけれど、連携の取れた動きで魔物を黙らせていく。

 結果、一分程度で儀式場に入る全ての魔物は一掃される事となった。

 あとはどうやって魔物の増加を防ぐかという問題さえ解決出来れば、どうとでもなりそうだけど……どうやら、そこまで上手くはいってくれないようだ。

 視界内に大きな歪みが現れた。

 空間が開いたのだ。そして、そこから大量の魔物が姿を見せる。

「ちょ、ちょっと、ヤバいんじゃないの!? 本当に上手く行ってるわけ!?」

 焦燥を露わにミミトミアが叫ぶ。

 数もそうだが、どの魔物も相当な力を有しているようだった。

 セラさんの魔法の効果は一時的なもので、むしろそれに対する反発によって状況を悪化させたということなのか? 

 こちらも不安を覚えて彼女を見るが、彼女の歌声に揺らぎはない。その毅然たる姿には明瞭とした確信があって――

「――その不快な魔法を、今すぐ止めなさい」

 苦々しげな言葉が、魔物の軍勢の中から響いた。

 聞き覚えのある声。……どうやら、俺の読みは当たりだったようだ。

 魔物に守られるように姿を見せたのは、背中から真っ黒な片翼を現し、両の手にハルバードを掲げた、神秘的な礼装を見に纏う、人外たるネムレシアだった。

 その身から溢れ出る凄まじい魔力が、あっという間に周囲に不協和音を響かせる。

「なんだ、あの娘は……!?」

 圧倒的な存在を前に、ガッドナイドさんが警戒を露わにした。

 ミミトミアも溢れ出す恐怖を押し殺すように、強く強く歯を噛んでいる。

 前回会った時とは全てが違うが、敵として戦うために来たというのなら、それも当然だろう。

「この魔物たちは、どういうつもりだ?」

 右手に持つ武器により一層の魔力を込めながら。俺は訪ねた。

「それ、わざわざ問いかけるほど難解な事? 貴女はまだ役目を終えていないのよ?」

 冷たい微笑と共に、ネムレシアは憎悪を滲ませる。

「……なるほど、そういう事か」

 刺すような痛みが胸に届いた。

 なにかしらの妨害がくる事くらいは考えていたけれど、ここまで大事にしてくるとは思っていなかった自分の浅はかさ……いや、不都合な可能性目を逸らしていた弱さに、ため息が出る。

 ……でも、それだけだ。

 今更、後悔が行動を止めることなんてない。

「わかったなら早く――」

 言葉を遮るように、俺はネムレシアに向かって左手の義手の上に顕した長大な剣を振りぬいた。

 反応が少し遅れた彼女は、髪を数本失い顔色を変える。……素直に言う事を聞くとでも思っていたのか、だとしたらお笑い草だ。

 そんな敵を前に、俺は多分この世界に来て初めて、人を殺すという前提をもって戦う事を決めた。

「そうだね、貴女を始末して、一刻も早く目的を達成させる事にするよ」




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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