幕間4/御使いは掻き乱す
ネムレシアは幼い。
事実として、誕生してからそれこそ数年と経っていない個体だ。
故に、それなりの知識とそれなりの知能を与えられていても、その使い方は未熟の一言で、単体で事を任せるには不安が残る。それは彼女を知る誰もが理解していた事だ。
だが、今回の件において彼女は独断が許された。
当然、何故なのかという疑問をネムレシア自身が抱く事はない。彼女は自らが優秀だと刷り込まれている。故に、そうあってしかるべきだとしか考えられない。
要は、その愚かさこそを求められていたのである。短絡的な発想こそが、此度の件では必要とされていた。
(今から思い知らせてやるわ。私を侮った事)
そんな御上の思惑など露ほども知らないネムレシアは、屈辱に焚き付けられるままに、決定的な一手に取り掛かろうとしていた。
ナアレやドゥーク達よりも先に、異世界転移の魔法を起動させようとしていたのだ。それも最大規模で。そうする事によって、廃都市と同じ惨状をレフレリに齎そうとしていた。
廃都市が滅んだ最大の原因は魔域の揺らぎにあったが、その状況を決定的に早めたのは異世界転移の儀式にある。それは今もこの世界が許していない禁忌だったからだ。
だからこそ、ルールに則って今回も管理者が処罰に動く。或いは、その代行として魔物共が人域を食い尽す。
おそらく今回は後者。さすがに、ただの魔物では少し強制力は落ちるだろう。が、それでも結末に変化はない。ナアレがどれだけ強かろうが、レニがたとえ本来の強さを発揮しようが、人は有限でしかなく魔物は無限なのだから、いずれはすり潰されて終わる。そしてその中に教授やナアレ、柊小夜香がいれば、こちらの目的も果たされるのだ。
(ナアレ・アカイアネが私になにをしたのかは知らないけれど、異世界転移を実行できる者がどこにいるか分らないのなら、みんな処分してしまえばいい)
それでレニが元の世界に戻るなどという望ましくない可能性は削除できる。あとは、彼女一人を安全な場所に移せば終わりだ。他の者達がどうなろうと知った事ではない。
そもそも儀式のリスクにまるで対処できていないような連中なのだ。ネムレシアの行為を非難する資格もないだろう。
……まあ、もしかしたら、こちらが把握できていないだけで、リスクを完璧に回避する方法を用意しているのかもしれないが……、
(莫迦らしい。それこそありえない。人間如きには無理な話)
その人間にコテンパンにされた事実から必死に目を逸らしつつそう決めつけ、ネムレシアは儀式場の前に転移した。
警備の者はいない。
実行できる人間が限られているという認識からなのだろうが、不用心極まりない話だ。もっとも、いたとしてもネムレシアを止める事など出来はしなかっただろうが。
「どうせ破滅するなら盛大にした方がいい。私はその手伝いをしてあげるだけ。……そう、これは慈悲」
自己を正当化する言葉を並べながら、彼女は頭の中で描いていた魔法陣を即座に展開し、それと同時にこの街の至る所に空間の孔を発生させて、ある地点と繋げた。
そこは魔物たちの跋扈する中域の一部で――
「さあ、壊れた星の細胞たち、仕事の時間よ。禁忌を犯そうとする者達に裁きを与えるといいわ。たまには役に立ちなさい」
その言葉と共に、レフレリの街に無数の魔物たちが出現した。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




