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02

「ラフシャイナさん、勝手な事をされては困ります」

 見張りをしていた冒険者の一人が、怒りと焦りを滲ませた声で言った。

 その視線はナアレをちらちらと窺っている。だから軽く手を振ってみたのだが、露骨に目を逸らされた。……少し寂しい。

「なんだ、ゼラフの指示はまだ届いていなかったか?」

 そんな些細な事で地味に傷付いたナアレを余所に、ドゥークは愉しげな微笑を浮かべ、

「これから、彼女を最下層に移送する。そのためにはまず彼女の許可を貰わなければならない。暴れられでもしたら大参事だからな。真摯な交渉が必要だ。だから、私がここに来た。……わかったら席を外してくれないか? そう刺々しい雰囲気を出されては、上手く行くものも上手く行かなくなる」

「その話、信じてもいいんですか?」

 もう一人いた監視役の男が、刺すような口調で言った。

「愚問だな。彼女をここに捕えたのは誰の手腕によるものだった?」

 微かに目を細めて、ドゥークが問い返す。

「……まあ、あんたですけどね」

 軽く左肩を竦めて、監視役は壁に背中を預けて目を閉じた。

 ここから離れるつもりはないが、それ以外の事に干渉する気はないというスタンスだ。

 もう一人の方はその楽観的な姿勢に懐疑的な反応を見せていたが、

「心配せずとも、移送はこの部屋の中から行う。この結界唯一の孔を使ってな」

 というドゥークの言葉に一応納得したのか、ため息を一つついて、同じように壁に身を預けて黙り込んだ。

 それに満足するように微かに目を細め結界の内側に足を踏み入れて、ドアを閉めた。

 これで外から誰かが開けない限り、彼もまた外に出る事は出来ない。意図された唯一の瑕疵である空間転移という方法を除いては。

「転移石を使うなんて豪勢ね。使える人を連れてきた方が安いと思うのだけど」

「それは今現在不可能なのでな。仕方がない。それよりも、僅かながら結界に変化が生じているようだが、もしかしてお友達の仕業かな?」

「ええ。貴方の感知しない、もう一人の方のね。ついさっきまでここに居たのよ。怒って帰ってしまったけれど」

 穏やかな笑顔を浮かべて、ナアレは言った。(ちなみに、その変化を監視役が認識出来ていないのもネムレシアの人ならざる力に拠るものなので、ドゥークが特別感知能力に優れているというわけではない)

「……貴女は、どんな立場になっても人気者だからな」

 思案するような間をとってから、ドゥークも笑みを返してくる。

 腹の探り合いになりそうな予感。まあ、暇潰しくらいにはなりそうだが……

「とりあえず、落ち着いて話がしたいわね」

 そう言って、ナアレはソファーに腰を下ろし、向かいの席に手を差し向けて「どうぞ?」とドゥークにも座る事を求めた。

 それに彼が応じたところで、

「それで、貴方の目的は一体なんなのかしら?」

 と、ナアレは今回の件で一番気になっていた事を訪ねる。

「……意外な問いだな。ナアレ・アカイアネともあろう人が、判らないのか?」

「だから訊いているのよ」

 異世界侵略は都市に取って大きな利益を齎す可能性が高いので、普通に考えれば当然の事なのかもしれないが、おそらく今回の件にはルーゼが強い干渉をしてきている。

 その所為だろう。この件に関する貴族たち(特に当主たち)の距離が彼を除いてやけに遠く感じるのだ。不自然なほどに直接介入しようとする意志が乏しい。

 そんな中で、彼だけが一番近い距離で関わっている。それは明らかにリスクとリターンがかみ合っていない行為だ。

 ドゥーク・ラフシャイナの血は三世代目であり、継承という呪いはまだそこまで強固なものではないのかもしれないが、それでも安全管理の方面に関しては十分機能している筈。なのにそれが壊れているというのは解せない。

 だとしたら、こちらには見えていないリターンがあるという事になるが……

「貴女が欲しいからだ」

「……え?」

 物凄く真っ直ぐにこちらを見て紡がれた言葉の意味が、ナアレにはすぐ理解する事が出来なかった。

 ……いや、この表現は適切ではないだろう。口説き文句である事くらいはすぐに判った。ただ、それが本気である事が上手く呑みこめなかったのである。

 その所為で、

「いや、だから、前にも言ったと思うのだけど、貴方には奥さんが――」

「それに対する答えも前に言ったと思うが、貴族の妻がどういうものか知らないわけではないだろう? あんなものは後継者を為すための道具でしかない。我々はより良き血を、母体となる女は豊かさを求めて手を結んだ。それだけだ。それ以上はない。そして、一応念のために言っておくが、私は貴女をラフシャイナの母体にしたいわけでもない。私個人が、貴女を求めているんだ」

「冗談でしょう? 私はお婆ちゃんよ?」

「老いのない人間が歳を語ってどうする? それに年齢など見てくれを決めるものでしかない。私はいつだって貴女を見て欲情しているし、常々何より美しいと思っている」

「そ、そういう美辞麗句は、軽やかに取り扱うものでしょう? 真面目に言うものでは――」

「今日は後継祭だ。多くの人が心を震わせながら、誰かを求める日。私もその催しに背中を押されて、今本心を、嘘偽りなく語っている」

「あ、あぁ、ええと……」

 といった具合に、動揺を立て直す暇すらなく、押されっぱなしの有様となっていた。

 賞賛されるのと同じくらいに口説かれるのにも慣れてはいるのだが、大抵は表面的なものであったり、どうせ無理という諦め前提のものだったりで、ここまで深く距離を詰めてきた相手は本当に久しぶりで、どう対応すればいいのかすっかり忘れていたのだ。

「ちょっと待って。今、私は少し動揺しているわ。温かいものが飲みたい気分ね。ええ、そうしましょう」

 自身の精神状態を言葉にしつつ、手近にあった飲み物を口にする。

 温かくはなかったが、これで少しは落ちついた。……まあ、なんだか嬉しそうな顔をしているドゥークの表情を見ると、また落ち着かない感じになりそうではあったが。

「……話を戻すけれど、そもそもこの件と貴方の目的との繋がりが読めないわ。私をこうして軟禁するために手を貸す必要があったのだとしても、別に貴方に私を押し倒す事が出来るわけではないし、正直その気になればいつでも出れるし、私と敵対しても貴方の求めるものが手には入るとはとても思えないのだけど? ……大体、恋愛というものは相手に好感を抱かせてこそ進展のあるものでしょう?」

 などと言ってはみるが、ナアレ自身恋愛というものにはほぼほぼ無関心だったこともあり、我が言葉ながらずいぶんと説得力に欠けているように感じられた。

「その一般論は、貴女にも適応されるものなのかな?」

 それを見透かしたように、ドゥークはつまらなげに訪ね返してくる。

 答えはもちろん「いいえ」だ。

「でも、嫌な事をされて喜ぶ趣味はないわ」

「だがこの状況は貴女にとって決して嫌悪するべきものではない。だからこそ、貴女は大人しく此処にいる。それは何故か……助けてもらいたいのだろう? 今の仲間に。そして少しでも自身に足りないものを、貴女は埋めたいんだ」

「面白い発想ね。でも、私に足りないものなんてないわ」

 苦笑気味に、ナアレはそう答えた。

 強がりでもなんでもない本心である。

「では、どうして仲間などという足枷をつけているのかな?」 

「先を見たいと思ったからよ、あの二人の」

「嘘だな。貴女は他人の成長になど期待していない。足手纏いは永遠に足手纏いであったほうが、貴女にとっては望ましいのだからな」

 強い口調で、ドゥークは言い切った。

 まったくもって可笑しな話だ。

「矛盾しているわよ。それでは私を助けに来られないわ」

「いいや、矛盾はしていない。貴女が助けて欲しいのは決してこの程度のちゃちな拘束からではないのだから」

「……まるで、私の事をよく判っているような物言いね。じゃあ、私はなにから助けて欲しいと願っているのかしら? 良ければ私にも教えてくれない?」

 ここで返ってきそうな答えは、退屈、だろうか。

 まあ、ある意味では大正解ではあるが――

「貴女が貴女である事から」

 どこまでも静かな声で、ドゥークは言った。

「私はずっと貴女を見てきた。全てを恙なく解決し、富みも名声も思いのままに、貴族よりも遙かに強い影響力を持ち続ける貴女を。いつまでも独りきりの貴女を」

「素敵な幻影ね。でも私は――」

「自殺できないのだろう? その身に起きている奇蹟の副作用かなにかで」

 ――その言葉は、ナアレの心臓を不自然に跳ねあがらせた。

 少なくとも、自分の手で自分を殺すという行為が出来ないのは事実だったからだ。そういったセーフティーが、こちらの望まないところでこの身体には仕込まれている。もちろん、それを誰かに告白した事もなかった。

「だから、貴女は自分一人の手では絶対に救われない」

「……私が、死を望んでいると?」

 自分でもぞくりとするほどに冷たい声で、ナアレは問うた。

「あぁ。かつてはそうだった。だが、今はそれも半ば諦めている。その代わりに、貴女は堕ちる事を望むようになった。決定的な敗北をし、なにかを失う事で、自身に劇的な変化が生じる事を期待するようになったんだ。それほどまでに変化のない人生に、漠然とした、けれど拭い去る事の出来ない恐れを貴女は抱いている……違うか?」

 非常に硬い口調での答えだった。

 そこにあるのは緊張だ。確信はあれど確証はない事を前にした時の、不安である。

 それ故に、思わず笑みが零れた。

「概ね正解。貴方って、私の事を本当によく見ていたのね。正直、表面的な言葉が返って来るだけだと思っていたわ。たしかに正しいけれど決して響かない、そんな言葉だけが返って来るものだと。……ええ、本当に驚いた。つまり、貴方は私を傷つけるためだけに敵になったのね」

「熱烈だろう?」

「そうね。成功しようが失敗しようが、貴族としての悉くを失うようなものだし。……でも、後悔はないのかしら?」

「無論だ。あれば行動など起こさない」

「即答か。歪んでいるわね。一体どうしてこうなってしまったのかしら?」

「はは、なにを言っている? 貴女が私を壊したんだぞ? 初めて貴方に会った時に味わった圧倒的な強さと、相反した温かさと柔らかさがな」

 どこか自虐的に、ドゥークは笑った。

 その反応が不思議で、なにかあったかな記憶を辿り、思い出す。

 彼の部下たちを半殺しにし説教をくれてやった後の事だ。さすがに少しやり過ぎたと思ったのかどうかはもはや定かではないが、ナアレはそんな少年を抱きしめて、背中をさすってやったのだ。そして泣き止むまであやした。

 あの当時のドゥーク少年にとってはトラウマそのもののような奴が、不必要な慈悲を発揮させたことによって、果たして彼の中にどのような変化を生じさせたことか……まあ、要は全て自業自得だったという話である。

(……私って、やっぱり少し鈍感なのかしら?)

 今更な不安に表情が曇る。

 それをどう受け取ったのか、

「嫌なら抵抗すればいい。今すぐでも構わないぞ?」

 と、ドゥークは堂々たる口調でそう言った。

 そうして自分を見つめる視線は怖いくらいで、

「……今は止めておくわ。貴方の意志には私の魔法も効きそうにないし」

「では、さっそく本番となる舞台に移動するとしようか」

 差し伸べられた手を少し躊躇いがちに掴みながら、ナアレは自分の願いについて少し考えて、胸の内でため息を零した。

(ねぇ、ユミル、私はどちらを期待して待てばいいのかしらね?)




次回は三~四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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