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 ……これは、必要のない戦いだ。

 そんな事をしなくても、目の前の貴族を無力化するのは可能だった。そもそも何一つ気付かせることなく、リッセ・ベルノーウは全てを終わらせる事が出来た筈だからだ。

 にも拘らずに、このような無駄を設けたのは、ひとえに彼女の悪趣味さによるものだろう。正直、ミーアにはまったく理解できない嗜好ではあるが、当人からすれば必要な手順らしい。

 まあ、掛かる時間には大差がないとの事だったので、こちらも渋々受け入れたわけだが……

(でも、まさか本当に誤差だなんて、酷い話)

 仮にも戦う事が許されたというのに、貴族の動きは最悪の一言だった。

 なにせ、開幕に一手で終わる選択を取ってしまったからだ。

 伏兵の存在を匂わされ、相手が何者であるのかも判っていたというのに、この男は踏み込んできたリッセを前に身構えたのである。要は目の前の相手だけに意識を割いた。

 おかげで真後ろにいたミーアは居心地が悪いくらいに自由で、あげくこちらは戦いに遊びを持ち込む気などさらさらない身なので、躊躇なくそのままナイフを振りぬくことが出来た。結果、貴族の両足の健を切り裂くことに成功し、続けて振った刃も躱されることもなく両手首を裂くことが出来た。

 さすがは貴族と言える程度には魔力の密度が高かったので、少し硬い手応えがあったが、他に語るべき感想もなく、それで戦いとも呼べない戦いは終わり。

 都合、一秒にも満たない余分だったわけだ。

 貴族は突然の攻撃に両膝をつき、

「――は? なっ!? うぅ」

 と、驚きを露わにしながら、遅れてやってきた激痛に顔を歪めた。

 さらに四肢を潰されたくらいで戦意まで失ったのか、展開していた魔力も途切れさせてしまう。

 その反応に、リッセは不機嫌そうに眉を顰めた。

「ちょっと、冗談でしょう? ここまで酷い大貴族見たことないぞ? っていうか、これはさすがにあれよね。放置はありえない。だとしたら無駄骨って事? ねぇ、そのあたりどうなの? ――おい、早く答えろよ?」

 凄味を効かせた低い怒声と共に、リッセの前蹴りが貴族の鼻をへし折る。

 ぽたぽたとそこから零れた血が、床に滴った。

「無駄骨とはどういう事ですか?」

 とてもじゃないが答えられそうにない貴族を一瞥しつつ、ナイフに付着した血を払いながらミーアが訪ねる。

 するとリッセは盛大にため息をついて、

「言葉通りでしょう? こいつを飼うことにあんまり利点はなさそうって話よ。具体的に言えば、大貴族の一員っていう立場すら既に無くしてるんじゃないかって事」

 面倒そうにそう答えてから得物を仕舞い、空いた手で貴族の髪の毛を掴んで、目線が合う位置まで持ち上げた。

「あんたさ、貴族としての役目を終えたあと、自分の情報はちゃんと確認した? 実はとっくに死んだ事にされてたりしない? 或いは、別人に偽装されてたりさ」

「……は? な、なにを言っている?」

 震えた声で、貴族はその可能性にまったく至っていなかった事を示した。

 それを心底侮蔑するように鼻で嗤いながら、リッセは言う。

「だからてめぇの無能が許されてるんじゃないかって言ってんのよ。完全に切り離しているから、何をしでかそうが問題ないって理由でさ」

「そんなわけが――」

「これは余所から手にした情報で、まだ裏取ったわけじゃないんだけど、今回の件に関わっている貴族筋はほぼ全てが老害だったらしいわ。当主や後継者の類は一人を除いて一切関わっていないの。都市にとって大きな利益が見込める話だっていうのにだ。これってつまり、ルーゼあたりの干渉を受けて下手に動けない案件って事だろう? けど、無関係を決め込むわけにもいかないから、あんたみたいな、今も自分たちが街を支配していると思い込んでいる腐りかけの肉共に、その事を伝えなかった。勝手に動いて勝手に破滅してもらうために。……どうした、急に昏い顔して? 思い当たる節でもあった? でも、おかしいわね。これって喜ばしい話でしょう? 素敵な親孝行じゃないか。成功すればあんたらは異世界に逃げられるわけだし、失敗しても都市の為の犠牲にはなれるんだ。野心家として貴族として、それはこれ以上ない報酬だろう? まあ、どっちに転んでもレフレリから排除される未来に変わりはないわけだけどさ」

 くすりと微笑み、リッセは貴族の髪を手離した。

「それにしても、レフレリの貴族には驚かされたわ。正直、冒険者の街って言われる程度の奴等しかいないと思ってたんだけど、少なくともあんたらを切るって決めた奴らは、この都市の貴族の在り方を変えようとしている。貴族は最期まで貴族らしくあるべきだってね。この分だと、近い将来継承の根本にも手が付けられる事になりそう。――あぁ、反吐が出る。まさにあたしが大嫌いな歯車そのものじゃないか。ズタズタに踏みにじってやりたいわね、それってさ」

 そう呟く彼女の目は爛々と輝いていて、

「ということで提案なんだけど、あんたはどっちがいい? 潔く破滅するのと、あたしの為に貴族を続けるのと」

 その場にしゃがみ込み上目遣いに貴族を見つめながら、リッセは悪戯っぽく微笑んだ。その背後に隠してあった、ミーアが始末した彼の私兵たちの屍を露わにさせながら。

「……なるほど、誰も来ないわけだな。そんな芸当が出来るのであれば、さぞ偽装の方も得意なのだろう。アレよりもずっと」

 大きく目を見開き、次に泣きそうな笑みを浮かべてから、貴族は言った。

 そして、何度か短い呼吸を繰り返してから、絞り出すような声で続ける。

「私はまだ、終わりたくない」

「あはは、貴族失格ね、お前」

 嬉しそうでいて苛立っているようでもある歪みを孕んだ表情で、リッセは貴族の首筋に手をかけて、

「――ぐっ」

 力一杯に人差し指と中指の爪を突き立て、首に二本の円を描いた。

 それは遠目から見れば、きっと真っ赤な首輪のようで――

「従属の証よ。自然に治るまでは消すな。わかった?」

「あ、あぁ。了解した」

「よろしい。それじゃあ、これからよろしくね、大貴族さま」

 すっと立ち上がり貴族の肩をぽんぽんと叩き、リッセはどこまでも甘い声でそう言って、事が完了したのを告げるように背を向けて、颯爽とした足取りで屋敷をあとにしたのだった。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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