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後継祭によって下層に多くの人が集中している今日であっても、レフレリの地上には冒険者や兵士の姿が多く見られた。
彼等はこの都市の生活を維持するため、或いは逼迫した状況に背中を押されて、休むことなく魔物を狩る者達だ。
そんな彼等は大抵早朝に外に赴き、昼頃に帰還する。
兵士たちは団体で。冒険者たちはまばらに。それは、この都市では飽きるほどに見慣れた光景だ。
(……祭りの日だってのに、なんも変わんねぇなぁ)
その普遍的な絶望を前に、死んだ目で帰って来た一人の新参冒険者は、天を仰ぎ盛大なため息をついた。
本日もまた、見事なまでの収穫なし。おかげで明日の家賃が払えない。食糧を買う金もない。冒険者を夢見て転移門を使ってレフレリにやってきた彼には、故郷に帰るという選択肢すら存在していなかった。
そして、どんな都市にも言える事だが、無能な余所者に手を差し伸べてくれる者などいはしない。
(あー、どっかに大金落ちてねぇかなぁ……)
現実逃避も甚だしい幸運を願うが、願っている本人だってそんなものを信じてはいなかった。
信じていなかった者が、その異変を最初に感知したのだ。
「――んぁ?」
空から何かが降ってきて、それは彼の真横に落ち、甲高い金属の音を響かせた。
音は立て続けに何度か不規則な位置で鳴って、周囲の人たちの意識も攫いだす。
それの正体に真っ先に気付いたのは、一団の中にいた一人の兵士だった。
「なんだこれ、乱暴な労いか?」
地面をタイヤのように転がっていたそれをつまんで、そんな事を呟いたのだ。
「飲み物くらいは買えそうだな――ってか、あれって一万クラウェじゃないか?」
他の兵士も新たに鳴った音源に視線を向けて、微かな驚きを見せる。
一万クラウェというのは、レフレリでは二番目に高い一般硬貨だ。一日の食費を埋めるには十分なもので、うらぶれた冒険者は弾かれるようにそちらに視線を向けたが、残念ながら反応の遅さの所為で、地面に落ちた衝撃で吹っ飛んで行ったその硬貨を目で追う事は出来なかった。
だから、からかわれたのかと思い、憮然とした表情を滲ませる事になったが――直後、脳天に結構な衝撃がはしり、
「づぁっ!?」
と、みっともない悲鳴をあげた彼の眼の前に、真っ青な色をした硬貨が回転しながら落ちてきた。
それを反射的にキャッチして、しばし硬直する。
初めて見るその存在を前に、軽いパニック状態に陥ってしまったのだ。
(こ、これって、ルッタだよな……?)
日常生活ではまず使われる事のない、貴族や豪商が商談なんかで主に用いる、特別な金属で生成された硬貨(古い時代に強い影響力をもっていたとされる、ルッタ・アインシアという大貴族の横顔が描かれている)。
これ一枚で、三年は人並みの生活ができるだろう。もちろん、今月の家賃だって余裕で支払える。
「お、おい、今度はそっちの方に降って来てるぞ」
誰かが言った。
そいつの言葉のままに、また金属の音が鳴り響く。
(……もしかして、お金が降ってきてるっていうのか? 気紛れな小雨みたいに?)
そんな莫迦なと思いつつも、再び空を見上げて冒険者は目を凝らした。
すると、レフレリを覆う仄暗い巨大な雲から、色とりどりの硬貨が散漫と落ちてくる様子を確認する事が出来た。
その中には、今自分の手元にあるのと同じ硬貨もあって――
「金だ! 金が降ってきてるんだ!」
(――っ、余計な事広めてんじゃねぇよ莫迦っ!)
どこかの誰かの叫びに舌打ちしつつ、冒険者は落下地点を必死に探りながら駆けだす。
他の利口な連中も今のが引き金になったのか、高価なブツを目指して動き始めたのが慌ただしい足音ですぐに判った。
大半が彼よりも身体能力に優れているので、初動のアドヴァンテージは一瞬で消えてしまったが、今日の自分はついているのだ。きっと、もう一枚くらいは宝にありつける筈。
今度は本気でそんな都合のいい事を願いつつ、彼は足が千切れるくらいの勢いで全力疾走をし、こけた。
顔面から地面にダイブして、一回転して再び顔面を地面に叩きつける事によってなんとか止まる。
魔力で上手く身体を保護する事が出来なかった所為で、鼻血がぼたぼたと溢れた。さすがに骨が折れるほどではないが、かなりの痛みに涙が滲む。
(あぁ、くそ、くそ……!)
こんなんだから自分はいつまでたってもダメなんだと、毎度抱かされる自己嫌悪についつい動きを止めてしまっていると、
「――お兄さん、大丈夫ぅ?」
という間延びした少女の声が、頭上から響いた。
みっともない顔を女性に見せたくないという強がりが発生した事もあり、冒険者は俯いたまま感情を堪えて答える。
「あ、ああ、大丈夫だ。問題にゃい」
「にゃい?」
「ない、だ! ない!」
「それならいいんだけど。お金が欲しいなら、動かない方がいいよ。今からここに、たくさん降って来るから」
「――?」
妙に確信めいた言葉に惹かれるように、ささやかな見栄を取っ払って顔をあげるが、そこには誰も居なくて……ただ、それが真実である事を告げるように、十秒後大量の硬貨が目の前で景気のいい音を立て始めた。
そこで、彼はある都市伝説を思い出す。
ルーゼ・ダルメリアという国の中でも、特に貴族の影響力が強い都市として有名なトルフィネでの噂話だ。
なんでも、トルフィネでは空からお金の雨が降る事が度々あるらしい。そして、その翌日には決まって貴族の誰かが――
(――って、そんな事思い出してる場合じゃねぇ!)
ふと我に返り、冒険者は落ちてきた金に飛びつき、邪魔が入るまでの間に回収できるだけの金を回収して、この奇跡のような出来事に感謝しつつ、その場を後にした。
この時点ではまだ、レフレリの貴族は誰も事の重要さを理解してはいなかった。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




