09
後継祭が始まり、街は浮ついた空気を滲ませていた。
多くの店が早々に開かれ、この日のための商品やサービスを売り出し、それを様々な面持ちの人達が購入していく。
既に連れ添いがいる者にとっては記念日である事が多く、これから伴侶を得ようとしている者にとっては一世一代の大勝負でもあるこの日は、しかし一方で『修羅場日』とも呼ばれているらしい。
まあ、誰もが成功するわけではなく、逆にこの日を区切りに関係を終わらせる人も多いらしいので、そういった別名があるのにも納得ではあったのだけど……いざ自分もそちら側なのだと思うと、皮肉めいたものを感じずには居られなかった。
(……私はまた、独りになってしまうのかな?)
為すがままにリッセに引っ張れながら、ミーアは自問する。
哀しい事に、どれだけそれを繰り返しても、その先の結論は揺るがない。
結局、別人かもしれないという疑いを拭う事は出来なかったのだ。裏切られたという気持ちが、全てを黒く塗りつぶしていた。
「ほんと、いつまで辛気臭い面でいる気なのかしらね?」
呆れたようにリッセが言うが、それに反応する気力もない。
そんなミーアを無理矢理椅子に座らせて、彼女は近場にいた店員に向かって声をかける。
そこで、今自分が飲食店(オープンカフェのように客席が外にある場所)にいる事を思い出すあたり、どれだけ余裕がないのかが判って、少し可笑しかった。今にも涙が出そうだった。
いっそ、そのまま泣いてしまえば楽になれるのかもとも思ったが、泣いた瞬間に、本当に全てを認めてしまうような気がして、それも出来そうにない。
……おかげで、昔ながらの宙ぶらりんだ。
全てを失いレニに出会う前、欺瞞だらけの家族と暮らしていた時代、いつも胸の奥には大きな空洞があった。見つめていると、何もかもを手放したくなるような孔。
ここ最近は、そんなものを意識する事もなかったのに。忘れてさえいたのに……。
「ねぇ、この霧って例年通りなの? 昨日より深いし、さすがに視界不良って感じなんだけど」
「そうですね、徐々に深くなっていくのは例年通りなのですが……確かに、これは少し深すぎるのかもしれませんね。店の灯りを強くしましょうか?」
「いや、それは別にいいわ。目に魔力を込めれば解決する問題ではあるし。でも、さすがに疲れるからね。昼までにはマシになってくれるといいんだけど。こういう事ってよくあるの?」
「いえ、少なくとも私が知る限りは初めてですね。ですが、おそらく苦情が行くと思いますので、その頃には治るかと」
「そう、それならいいんだけど。気を使わせて悪かったわね。……あぁ、ここからここまでをお願い。それと水をもう一杯貰える? あたし、ちょっと喉渇いちゃってさ」
リッセと水をもってきた店員のやり取りを聞き流しながら、ミーアはより深く自分の世界に沈んでいくように視線を落としていき――
「――っ」
突然、顔に冷たいものが掛かった。リッセがおもむろに手にしていたコップを、こちらに向かって軽く突き出してきたのだ。
ミーアは思わず目を瞬かせてから、込み上げてきた感情を堪えるように言う。
「……いきなり、何をするんですか?」
「さっき目障りだって言ったの、わからなかったか? それと時間もあまりない。聞いてたかどうか知らないけど、あたしは昼から面倒事があるの。その前に色々と準備をする必要もある。宙ぶらりんの奴にこれ以上は付き合っていられない。だから、いい加減示せ。あんたが、これからどうしたいのかを」
酷く冷めた眼差しを、リッセは向けてくる。
怒りすら忘れてしまうくらいに、鋭利な追及。
「わ、私は……」
「あ、貴女、その子に一体なにしてるの!」
続かない言葉を埋めるように、側面から誰かの声が響いた。
視線を向けると、そこには緑色の髪が印象的な少女が居て――
「アネモーさん?」
怯えたような表情。
その原因はリッセにあるのだろう。それもかなりの影響力のようで、足が棒のように強張っているのが一目でわかった。
それでも恐怖を押し殺すように歯を食いしばって、彼女はリッセを睨みつけていた。まるで、これ以上の暴挙は許さないと威嚇するように。覚悟をもって、ミーアを守るように。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




