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07

 すやすや、となんの危機感も不安も感じさせない寝息が、奥のベッドで繰り返されている。言うまでもなく、ナアレのものだ。

 それとは対照的に、ミーアは酷く思い詰めた様子でソファーの隅を陣取り置物と化していた。とてもじゃないが気軽に話しかけていい雰囲気ではないし、話しかけたら話しかけたで間違いなくつまらない事になりそうだ。

 なんとも両極端な二人である。おかげでリッセは話し相手もおらず、実に退屈だった。

(とはいえ、眠るわけにもいかないのよねぇ)

 此処が敵地だからというのもあるが、そろそろ報告が来そうというのが大きな理由だ。

 リッセが捕まってから結構な時間が経っているのだ。さすがに打開策くらい用意し終わっているだろうし、ここで腑抜けた態度をしていたら、下手をすると見捨てられてしまう。……というのは大袈裟だが、間違いなく今後の扱いがぞんざいになる事だろう。きっと物凄く気軽に、あれやこれや頼まれる事になるに違いない。そしてそれを拒むと「そんな事も出来ないのか?」と小馬鹿にされるのだ。想像するだけで気分が悪い。

 ヘキサフレアスの一員の多くは、失敗自体には寛容だが、それが起きた際のリカバリー能力であったり、心構えに対しては大変シビアなのである。特に肥満オヤジことダルマジェラなんかは、そこで人の価値を計るような類だったりした。

『――おい、生きているか? お姫様』

 そのダルマジュラの声が、突然耳元で響く。

 まあ、特に驚くような事でもない。ここの結界はあくまで中にいる対象を外に出さない事に特化しているものなので、音や光の侵入は簡単に許す事が把握出来ていたからだ。

「退屈で今にも死にそうよ。だから早く何とかしろ」

 手近にあった本をペラペラとめくりながら、リッセは自分にしか聞こえないような小さな声で言う。

『元気そうでなによりだが、一体なにがあった?』

「別に、強者の傲慢って奴に振り回されただけよ」

『ナアレ・アカイアネか。面白い女だったならいいが』

「あんたは嫌いかもね」

『つまり、利害は気にしない性質か。たしかに相性は悪そうだな。……それで、胸はデカかったのか?』

「――死ね」

 やけに真剣なトーンで届けられた質問を、リッセは脊髄反射で切り捨てる。

 するとダルマジェラは、ふむ、と思案するような頷きをみせてから、

『お前にはまだ、この大切さが判らないか。女の価値というものの九割は、そこに集約されているというのになぁ』

 と、嘆くような調子で呟いた。

 判りたくもない上に、いちいちムカつく物言いである。

「……なに? 言いつけて欲しいわけ?」

『あはは、よく判ったな? なぁ、あれはどういう反応をすると思う?』

 嗜虐心が窺える、嫌な問い掛け。

 とはいえ、悪趣味さにおいてはまだ、こちらの方に分がある。

「そうね、きっと離婚届を無表情で渡してくるとかじゃない? あたし、あんたが女遊びでガキ孕ませて堕胎させた上に、自殺するまで追いこんで証拠隠滅させたって、疑う余地なく伝わるようにするし」

 と、リッセは甘い声でそう答えた。

『……相変わらずエゲツない事を考えるものだな、お前さんは。さすがに少し引いたぞ?』

 言葉以上に、引き攣った声でダルマジェラが言う。

 とりあえずは狙い通りの反応だ。こいつがどこまで本気なのかは知らないが、結局妄想だけで終わらせるあたり、本当に奥さんの事は大事なんだろう。

 そんな、ヘキサフレアス内では今更も今更な事実を再確認しつつ、リッセはため息交じりに話しを進める事にした。

「てめぇの嗜好にあたしを利用するなって事だよ。それより、そっちはどうなの? 本気でそろそろ出たいんだけど」

『なら喜べリッセ、もうすぐ釈放だ』

「釈放? ……あぁ、イルの奴が負けたのか」

『……』

 確認を求める意味もあった呟きだったのだが、肝心の返答がこない。

 十秒待っても無言だったので、不審を覚えつつ少しだけ声のボリュームを上げて訪ねる。

「おい、黙ってないで正解かどうかくらい答えなさいよ?」

『あぁ、正解だ。ラウとの戦いで部下が死にかけたことを受けて、お前の置かれている状況を交渉に使う事にしたようだ。……しかし、よく分かったな? これは難問の類だと思っていたんだが』

「そう? 解りやすいでしょう?」

『そんなわけないだろう? イルの奴のは、いつでも退避出来る魔法なんだぞ? 負けが決まるところまでやる理由などなかった筈だ。早い段階から勝敗など視えていたようなものだし、途中で引くことが出来ないような流れでもなかった』

「だからこそだろう? おおかた、ちょっと優秀なだけの、まだまだ未熟な部下たちに教えたかったんじゃない? 化物の成長率は違うって事を。そして、凡人はどこまでも謙虚であるべきだって事をさ」

『化物か、たしかに二年前よりも明らかに強くなっているみたいだな。ラウ坊は。今なら、無法の王だって殺れるんじゃないか?』

「無理に決まってるでしょう? 勝ったのに相手に主導権握られて、交渉の席に座らされたような莫迦なのよ? 力があっても選択肢が足りない」 

『ずいぶんと嬉しそうだな。ヘマして捕まった奴の台詞とは到底思えないが』

 呆れるような、ダルマジェラの声が届く。

 そのタイミングで耳を澄ましてみたが、どうやら彼以外の音は向こう側にはないようだった。この音の魔法は間違いなく、ラウのものだと思うのだが……

「もしかして、あいつそこに居ないの? てっきり噛みついてくると思ってたんだけど」

『愛されている証だな』

「はあ? なにそれ? …………あぁ、そういう条件だったわけね」

 おそらくだが、イルがこの問題を片付けるまで必要最低限以外するなという話にでもなっているんだろう。

「っていうか、本気で向こうの思惑に踊らされてるとか、あんたなにしてたわけ? 状況見えてたんだろう?」

『もちろん観光だ。こちらは元々アレに珍しいものでも買ってやろうと思って来ただけだしな。だというのに、余計な仕事ばかりが増えようとしている。下手をすると痩せてしまうほどだ。この腹は儂の富の象徴だと言うのに。まったくこれは一体どういう冗談なのか、是非とも説明を求めたいところだな』

「……あー、それはごめん。あたしの落ち度だわ」

 反論できるところがなかったので、他に言葉が出てこなかった。

 すると、ダルマジェラは可笑しそうに笑って、

『そういうところで素直なのはいい事だ。そこはお前さんの最たる美徳だな。……それで、我らが女王はこれからどうするんだ? まさか、やられたまま終わるなんて事はないんだろう?』

「当然でしょう? ちゃんとお詫びも用意してやるわよ。……そうね、この件を一番高みで見物してる奴の椅子とかってどうかしら? あんたには似合うんじゃない?」

『ふむ、それはなかなかに座り心地の良さそうなものになりそうだな。あぁ、楽しみにしておこう。これからの手腕込みでな』

「――おい、一体なんの話をしている?」

 ドア越しに、警戒に満ちた声が響いた。

 長話をし過ぎたせいで、さすがに外からの接触に気付いた奴がいたようだ。

 もっとも、自分の事で精一杯なミーアは、そんな事も把握出来ていなくて、驚きに身体を震わせていたが。

(こっちの方は、どうしたもんかしらね……?)

 正直、この女には特に関心もないのだが、遺憾な事にレニの友人だ。

 友人の友人を見捨てるっていうのは趣味じゃない。かといって、好きでもない奴を無条件で助けたいと思えるほど、リッセはお人好しでもなかった。

 ついでに言うと、こういうくだらない事に意識を割くのも主義ではないのだ。

(いっそ、どこかの冒険者みたいに、コインの裏表で決めようかしら?)

 そんな事を考え出したところで、下の階が騒がしくなりだした。

 誰かが屋敷に駆け込んできたのだ。それから一分ほどして、一階に続くドアの前に一人分の気配が追加される。

「本当に、開けるんですか?」

「問題ない。彼女は出て行かない。そして、我々が固持しなければならないのは、彼女の確保だけだ」

 まるで、自分に言い聞かせるような台詞。

(使われるだけの人間は大変だな。いつだって上司の気紛れに振り回される)

 半ば本気で同情しつつ、リッセはソファーから立ち上がりこの部屋の主を一瞥する。

 この騒動には興味もないのか、ナアレは眠りこけたままだ。つまり、今はまだその機会ではないという事なんだろう。そして、それを把握している誰かの口添えもあって、こうして恙なく解放という流れになったといったところか。

「……出ろ」

 一部結界の解除と共にドアが開き、左側に居た男が苦々しげな表情で言う。

 反面、右側にいる強そうな方の表情は、どこか安堵の色をみせていた。リッセやミーアといった不安要素を中に入れておくよりはマシだという考えがあるためだろう。

「なかなか快適で素敵な時間だったわ。ありがとう」

 リッセは二人に花のように可憐な微笑を贈ってから、事態がまだ上手く把握できていない模様の愚図なミーアに視線を向け、訪ねた。

「さて、そんなわけで、あたしはそろそろ失礼させてもらうけど、あんたはどうする? 別にここに残っててもいいと思うけど」

 ……これで、なにも選択できない立場を取るなら、もう見捨ててもいいだろう。

 そういった思いをもって観察していると、ミーアは視線を彷徨わせながら数秒ほど沈黙した後に、よろよろと立ちあがり答えた。

「私が、ここにいる理由はありません」

 それは、かろうじてレニとの関係性を自分でどうにかしようとする意志であり、迷子の子供が必死で親を探すような足掻きでもあって……。

(……なら、仕方がないか)

 見捨てるのは、もう少し先になりそうだ。

 それを酷く残念に、だが同時に少しだけ嬉しく思いながら、

「じゃあ、さっさと出るわよ。ほら、きりきり歩く!』

 リッセはミーアの腕を掴み、その部屋を後にした。


次回は三~四日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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