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02

 ナアレが居たのは、蒼を基調としたいかにも貴族らしい邸宅だった。

 他の家よりも明らかに広い規模から見て、その中でも特に地位の高い人物の所有物である事は間違いないだろう。

 警備も厳重で、正門の前には武装した男たちが二名佇んでおり、その外周を四名が忙しなく巡回している。更に、一階部分には十名ほどが待機していて、彼等は皆、酷く緊張した様子で二階を気にしているようだった。

 反面、原因である二階の主は、グラスの液体を空にして吐息を一つ零すと、悠々と読書を始める始末。とてもじゃないが、危機的状況には見えない。

「二階部分の大半を結界で固定させて、そこから出れないようにしているだけか。監禁というよりは軟禁ね。それもかなり苦しい方法だ。あげく、食事や水はもちろんの事、排泄や娯楽にまで気を使ってやがる。よっぽど、この女の機嫌を損ねる事が怖いみたいね」

 と、それらの光景を右目に見せてきたリッセが、嘲るように笑った。

「一階にいるのは結界の担当者たちですか?」

「半数以上はそうだろうな。それで、交代しながら結界を維持している。いつ壊されるかってヒヤヒヤしながらね」

「では、厄介なのは一階にいる先程の護衛を含めた七名だけという事になりそうですね」

 そう言った途端、右目に新たな光景が飛び込んできた。

 おそらくは、ナアレが今いるリビングに続くドアを、天井から見下ろしているような視点だ。

 そこには壁に背中を預けた三人の男がいて……

(……強い)

 周囲に張り巡らされている魔力の質と、佇まいですぐに判った。

 三人とも、グゥーエ・ドールマンとほぼ同等といったところだろうか。戦闘面だけを見れば彼よりも優秀かもしれない。

「追加情報だよ。どう、やれそう?」

「……私の力では、致命傷を与えることは難しそうですね。眼球を刳り貫いただけでのた打ち回ってくれるような、気の弱い方であればやりようはあるかもしれませんが」

「それを願って試してみるか? あたしは手伝わないけど」

「でしょうね」

 仮に二人掛かりでも、勝算は低いだろう。

 とはいえ、その場合奇襲はほぼ確実に成功するので、二人までなら始末できそうな気もする。

「貴女がもう少し、戦いの方も上手ければ良かったのですが」

「それ、どういう意味かしら?」

 ため息交じりのこちらの言葉に、リッセは軽く眉をひそめた。

「言葉通りですよ。貴女には正面切っての戦闘技術がない。だから駆け引きや周囲の状況というものに頼り、格下相手にもそのような手間を取る」

「あたしが、まともな戦いなんてする必要あんの?」

「ありませんね。そもそも、貴女は本来戦う必要もない。支配や補佐という分野において貴女以上に特別な人間はそうはいないのですから、優位な状況だけを用意して誰かに戦わせていればそれでいい。だから、これはただの愚痴です。貴女がもう少し強ければ、煩わしい問題が一つすぐに解決していたな、という」

「なんだよ、貶してんのか褒めてんのか、判りにくい物言いね」

「もちろん前者ですよ。貴女を褒めるなんて死んでも御免です。……そんな事より、これからどうするのですか?」

「そうね、ラウでも呼んでさっさと片付けてもいいけど――って、ちょっと待て」

 右目に映されていた光景が、今度は一階の大広間に切り替わる。

 護衛の男が屋敷から出ようとしていて、その際に中にいた者達が進捗具合を尋ねたといったところだろうか。リッセの魔法は音声まで用意してくれる代物ではないので、なんとなくでしかないが。

「あんた、読唇術は出来る?」

「そうですね、多少は」

 音がない状況でも話を理解する必要がある場面が多かった帝国時代の同僚が、以前少しだけ教えてくれた事があったのだ。とはいえ、あくまで遊び程度の技術なので、早口になったりすると難しい。

 その程度の熟練度だと伝えると、リッセは真剣な眼差しのまま、

「それでもいい。奥の奴二人が何喋ってるのか把握しといて。あたしは他の奴をやる」

 と言って、静かになった。

 残りの人間すべての唇の動きを読み取ろうとしているのなら、無駄話などする余裕がないのは当然だが、しかしそれだけの数の把握が本当に出来るものなのか……。

(……愚問か)

 そういう処理能力あってこそのリッセ・ベルノーウという脅威だ。

 でなければ素早い魔法の展開も、違和感のない幻を生み出す事も出来はしない。そしてそれが出来ない者が特別になれる筈もないのである。

「やっぱり、気のせいじゃないな。でも、どうしてここでセラの名前が出てくる?」

(セラ?)

 たしか、ラウ・ベルノーウの恋人だったか。

 歌手だ。レフレリでも歌っていた。抜けて上手いというか、一人だけ妙に響く音を放つ人物だった。もって生まれた魔力の賜物だろう。

 以下の特性から、祭事においては特別になりうる人物だとは思うが……

(でも、余所者を使ったりする?)

 レフレリの事情を知らないミーアにとって、それは酷く不自然な話だった。

 なら、考えられるのはこちらが知らないところでリッセとラウが面倒を起こしていて、人質としてセラを使おうとしているとかだが、リッセの反応を見る限りそんな落ち度もなさそうだ。

 ……あと、どうでもいいが、後ろの二人が何を言っているのかはさっぱりわからなかった。考え事を優先していた所為というのもあるが、どうやら多少という自己申告はいつのまにか誇張したものになってしまっていたらしい。まあ、ちょっと早口でもあった気がするので、嘘はついてないと言い張る事は出来そうだったけれど。

「……どうやら、異世界の女は下の階層に居るみたいね。第八支部ってのが何処かは知らないけど、まあこれも特に問題はないか。つまり問題なのは、ラウの奴がどの程度キレるかってところだけね。それが一番厄介そうだけど」

 リッセの吐息と共に、右目に差し込まれていた光景が消える。

 それに合わせ、ミーアは閉じていた左目を開けて、自身が安全な距離から屋敷を見渡せる場所に居る事を再確認しつつ、訪ねた。

「貴女の口ぶりだと、セラさんは放置しても大丈夫そうですが、それはラウ・ベルノーウが傍にいるからですか?」

「そうだよ。元々あいつはセラの付き添いで此処に来ただけだしね。離れて行動する理由なんてないだろうし……」

 そこで、言葉が途切れた。

 自分で言っていて不安になってきたのか、リッセは懐から通信用の器を取り出し、

「――おい、聞こえてるか?」

 と、ラウに呼びかける。

 そして、セラの傍にいない事を、ラウの憎悪に塗れた宣言で確認したところで、朱色の髪をバサバサと右手で掻き乱した。

「今ので切れたな、通信の方も。……妨害か。あたしの魔力を知ってる奴の仕業よね、これって。……ふふ、あの糞餓鬼、やってくれるわ」

「レコンノルンが関与しているのですね? ということは、ラウ・ベルノーウは今レニさまの傍にいるという事ですか?」

「そうなるわね。でも、レニが持っているやつには気付いてないのか、それともわざとなのかは知らないけど、そっちの方は使えそうだな」

「………………使わないのですか?」

「セラのところに着けば向こうからしてくるでしょう? この流れだ。多分ラウはレニを向かわせる。余計な事でもされて、死人が出ても困るしね」

「彼は相当ご立腹な様子でしたけど?」

「それでも殺しはしないさ。たとえ人形だったとしても、お互い笑えない損をするだけだしな。だから、これはただのじゃれ合い。もう気にする価値もない」

 つまらなそうに吐き捨ててから、リッセは冷たい微笑を浮かべてみせる。

「そんな事より、今決めたわ。レニから連絡が届き次第乗り込む。あの女、外に連れ出すわよ」

「どうやってですか?」

「もちろん優雅に静かに、よ。……結界を潰すまではな」

 爛々と輝きだした金色の眼は、明らかに血に飢えているようだった。

 これは間違いなく、ナアレを救出したあとは修羅場と化すだろう。……さすがは双子の姉弟といったところか。こちらもこちらで、イルの行いには激怒していたみたいだ。

「それで、あんたはどうする?」

「勝算があるのなら、降りる理由はありません」

「なら、問題ないわね。最低でも五割はあるんだから」

 嗜虐性を孕んだ笑みを浮かべながら、リッセは屋敷に向かって歩き出す。

「それはずいぶんと、頼りない数字ですね」

 ため息交じりにそう言葉を返しながら、ミーアもまたリッセの隣に並ぶように歩き出した。

 その五割を、自分が七割にすれば問題ないと考えながら。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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