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 その答えを聞いた時、俺は正直少し驚いた。

 こう言ってはなんだけど、ユミル・ミミトミアという少女は典型的なキツネだと思っていたからだ。

 虎の威を借りなければ何もできない人種。そして、その手のタイプにとって大事なのは威光であり虎そのものではない。だから、絶対的じゃなくなってしまったアカイアネさんの事はあっさり諦めて、利口な選択を取ると思っていた。

 だが、彼女は挑むように言ってきたのだ。今こちらの機嫌を損ねるのは不味いという事がよく判っている怯えた目で、それでも自分の意志を叩きつけてきた。それは、決死の行動だ。

 ……ラウは、こうなる事を見越して彼女の背中を突き飛ばしたんだろうか?

 多分、ラウがああいう脅しをしなければ、彼女と行動を共にする事はなかった筈だ。というより、そうならないように俺は話を纏めていただろう。だって、一緒に行動したって間違いなく邪魔になるだけだからだ。適当に安全な場所まで連れて行って、そこでお別れ。それが妥当な流れになるはずだった。

 そういう意味では、想定外の事態ではあるんだけど……まあ、これはこれで悪くない。

 少なくとも、ユミル・ミミトミアという人間を本気で見限らずに済んだし、ラウが姉に似て意外と面倒見がいいという事も窺えたわけだから。マイナス分を埋めるには十分な収穫だろう。

「……わかった。それでいいよ。今のところはね」

 彼女の視線を受けるように真っ直ぐに見つめ返し、俺はそう言葉を返した。

「今のところって、どういう意味だよ?」

 言葉に引っ掛かりを覚えたのか、ミミトミアが押し殺した声で凄む。ただし、表情の方は気弱なもので、強張りがはっきりと見て取れた。

 その様子を確認しながら、俺は言う。

「最後までその気で居させろという意味だよ。当然でしょう? なんの役にも立たない奴の意見を、誰が聞きたいと思う? 口だけの人間を最後まで付き合わせる利点が、私達のどこにある?」

 これは、焚き付けであり要望だ。

 もうお守りをする必要はなさそうだし、それなら出来る事はやってもらわないと困る。そうして口だけではない事を証明してもらって初めて、こちらも彼女の要望に応える気になれるというものだろう。それが釣り合いの取れた、対等な関係というものだ。

「……上等だよ。あたしの価値を、節穴の目に刻み込んでやるわよ」

 その思惑をどう受け取ったのかは知らないが、ミミトミアは不必要に声を荒げるでもなく、だがはっきりとした口調でそう答えた。

 ちょうどそのタイミングで、外の戦闘も終了する。

 最後の敵は、どうやら一矢報いたようだ。ラウはこの家に被害が出ないように立ち回っていたのだけど、その相手だけは殴り飛ばす方向をコントロール出来なかったのか、派手な音と共にリビングにいる俺たちに半死の姿を提供してくれた。

「……余計な手間ばかりだな」

 壊れた外壁からゆっくりと戻ってきたラウが、ため息交じりに呟く。

 不機嫌そうな表情。相当に神経を使ったらしい。それだけ、彼にとって殺しという行為は自然で、逆に殺さないという行為は不自然だったという事だ。

 そんな彼の視線が、ミミトミアに向けられる。

「答えは出たか?」

「……あぁ、出たわよ。あんたらと、一緒に行動するってね」

 震えを押し殺すように全身に力を込めて、ミミトミアは答えた。

「そうか。舌を引きちぎる手間はなくなったか」

 だったらもうどうでもいいと言わんばかりに、ラウはあっさりと視線を切って、椅子に腰かけた。

 それから足元に転がっていた雑誌を手に取って、ぱらぱらとめくりだす。

「そ、それで、あんたらはこれからどう動くわけ? っていうか、そんな余裕かましてていいの?」

「こちらの役割は陽動だ。逃げる必要が出るまでは、ここにいても何の問題もない。下手に見失われても困るしな」

「陽動? ……それって、他にも仲間がいるってこと? そいつらが、ナアレさんの居場所を探してるの?」

「他にどう聞こえる? 無駄な事に時間を割く前に、さっさと敵の情報を吐け。お前はこの街の冒険者なんだろう? ……それとも、あの程度がレフレリの主戦力なのか?」

「そ、そんなわけないだろう! あんたが倒したらしいランドたちは確かに強いけど、一人を除けば戦闘の特化した冒険者じゃなかった。一対一の戦いって条件なら、ナアレさんと並ぶくらいの奴だって何人かいるんだ。本当にそれだけしか能がないような奴らだけどね」

 怒ったようにそんな前置きをしつつ、ミミトミアは紫の冒険者の情報を並べていく。

 冒険者の都市というだけあって、その数は総勢三十二名とかなり多かった。うち、今すぐにでも襲ってきそうなのは二人で、ミミトミア曰くアカイアネさんに匹敵する二人との事だが――

『――おい、聞こえてるか?』

 突然、ラウの懐からリッセの声が響いた。

 どこか切迫したような、速い口調。

「どうした?」

 懐から通信用の器(ビー玉サイズの石)を取り出して、ラウはそこに向かって声を返す。

 繋がりが悪いのか、ざ、ざ、ざ、とノイズのようなものが器からは漏れていて、どうにも居心地が悪い。

『あんた今どこにいる? ……セラの傍に、いるわよね?』

「――ひっ」

 躊躇いがちにセラという名前が紡がれた瞬間、ミミトミアが引き攣った声をこぼした。

 凄まじいほどの魔力と殺気が、この場を支配した為だ。かくいう俺も、あまりの空気の変化に息を呑まずにはいられなかった。

「……ラウ?」

 恐る恐る名前を呼ぶと、彼は感情を沈めるように長々と息を吐いてから、

「お守りはここまでだ。お遊びもな」

 と言って、半死で転がっている男に視線を向け――

「……生かしておくのは、そいつが最後。ここから先は皆殺しだ」

 静かだけれど、やけに響く声をもって呟き、すたすたと外に向かって歩き出した。

 今の情報だけでは具体的な事は判らないけれど、ラウはセラさんに何かがあったと確信したようだ。

 誰が見ても一目瞭然なほどにキレている。

 そして、魔力が込められていた今の呟きは、この階層にいる人間全て――いや、下手をするとそれよりももっと広い範囲に届けられた宣言でもあったんだろう。

 にも拘らず、こちらに近づいてくる気配が複数。

 自殺志願者か、それともラウを倒せるだけの化物なのか、正直どっちも困るが……どうやら、相手は前者だったようだ。

 ラウのあとを追い駆けて外に出たところで視界に入ってきたのは、いかにも荒事に長けていますといった風貌をした屈強な男たちだった。

「なんだなんだぁ? 天下のレフレリの冒険者ってのも大した事ないんだなぁ。たった三人にこのざまかよ」

 先頭に立っていた男が、余所の都市から来た事を示しつつ、そこらに倒れている冒険者たちを嘲笑う。……うん、見るからにダメそうな連中だ。大体、魔力が少なすぎる。多分、その関係で感知能力も悪いんだろう。だから、彼我の戦力差も判らない。

「安い挑発一つでビビってるのもいたし、この程度の音の魔法すら珍しいのかねぇ、ここの――」

 男の言葉が最後まで続く事はなかった。水風船を地面に叩きつけるような音と共に、そいつの頭が弾け飛んだからだ。

 血飛沫が、周りにいた仲間たちに撒き散らされる。

 その刺激によって、余裕の笑みを浮かべていた彼等の表情は露骨に引き攣った。そこでようやく、相手が化物だという事に気付いたわけだけど、さすがに手遅れだ。

 そんな反応を見せている間にも、ラウは二人の頭部を振り払った腕で破裂させ、一人の上半身を前蹴り一つでミンチに変えていた。

 非常にグロテスクな光景だが、結果だけがいきなり飛び込んでくるような速さの所為か、そこに気持ち悪さを覚える暇すらない。瞬き一つの間に死んでいく彼等に、同情を抱く余地もなかった。……いや、仮に事が悠長に行われたとしても、そんな感情を抱く事は出来なかっただろう。


「……捨て駒をいくつか無駄にしてしまったか。さすがに速いものだな」


 中性的な高い声と共に、次に死ぬはずだった男が真横に落ちてきたからだ。

 そして、その男がいた位置には、全身を白銀の鎧に包んだ誰かがいて、そいつがラウの拳を受け止めていた。

 まったくもって意味の分からない状況。こちらも瞬き一つのうちに起きた出来事だった。ただ、ラウのように速いという感じじゃない。どちらかというと唐突といった手触りか。

 なんにしても、明らかにヤバい相手というのだけは判る。これが、ミミトミアがさっき言ってアカイアネさんに並ぶ戦力なんだろうか?

「……イル・レコンノルン」

 こちらの誤認を防ぐように、前蹴りを一つ打ちこんで敵との距離を確保したラウが、小さな声で呟いた。

 その視線は、蹴りの威力によって五メートルほど後ろに下がった白銀の鎧を着た者ではなく、その左奥に佇んでいた者に向けられていて……

「……子供?」

 軽い衝撃と共に、俺は吐息のように呟いた。

 そこにいたのは、清々しいほどの蒼で統一された法衣のようなものを身に纏った、五、六歳の少年だったのだ。

 太陽のような金色の髪に、サファイアのような青い瞳、そして天使のように整った顔立ちをした、俺の腰ほどの高さもない幼い子供。

 だが、その眼差しはぞっとするほどに冷え切っていて、表情もまた無機質。人間というよりも、機械仕掛けの人形みたいだった。

 大人びているとか、心を閉ざしているとか、そういう感じですらないのだ。

 正直、ここまで気味の悪い子供に会ったのは初めてで、背筋が少し震えた。

「そちらは、古い貴族を見るのは初めてか?」

 俺の方に視線を向けながら、イル・レコンノルンが言う。

 抑揚の一切ない、それでいて子供でしかない声音から紡がれる言葉は、その印象をより強めるものだったが、

「ずいぶんと機嫌が良さそうな声だな、そんなに今日死ぬのが嬉しいか?」

 という、ラウの発言から見て、これでも感情が出ている方らしい。

「ここにリッセがいれば、それも実現可能だろう。だが、今は現実的ではないな」

「試してみるか? 二年前と同じになるかどうか」

 これまでにないほどの魔力を溢れさせながら、ラウが両の拳を強く握りしめ、腰を落とす。

 それに合わせるように鎧を纏った者が、左腕に備え付けられていた盾を前に構え、右手の剣の切っ先をラウに向けた。

「そちらも痛感するといい。二年前とは違う、三対一の戦いを」

 重厚な男の声が、フルフェイスの兜の奥からくぐもって響く。

 それと同時に、鎧の男の影から一人の女が姿をみせた。リリカの件で一度会った事のある女だ。

「まさか、余所の都市で事を構える事になるとは思いませんでしたが、我が主に対する暴言は万死に値します。ええ、こちらこそ殺して差し上げますわ。ラウ・ベルノーウ」

 嗜虐と憎悪に満ちた微笑をもって、彼女は自身の足元の影を広げていく。

 どうやらこの二人、ラウとは因縁めいたものがあるようだ。それがなにかは知らないが、さすがに彼一人では厳しいだろう。

 俺は右手に武器を用意するべく、魔力を込めて――

『余計な事はするな。それよりも音のする方に向かえ』

 耳元で、ラウの声が響いた。

 俺と、おそらくミミトミアだけに聞こえた魔法の音。

『そこにセラがいる。あいつと合流したらリッセと連絡をとって行動を決めろ。わかったら急げ』

 語尾を掻き消すように、右後方から手を叩くような音が連続で聞こえてくる。

 鼓膜が痛みそうなほどの大音量。そこには、ここから俺を追い払う意志が感じられた。

「……わかった。気を付けて」

 協力的ではない相手に下手に干渉して、足を引っ張ってしまってもあれだし、ここはラウの要求を呑むしかないだろう。

 俺はミミトミアの腕を掴んで、手拍子のように繰り返される音の方に向かって駆けだした。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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