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19

 ユミル・ミミトミアの両親は、レフレリでは知らない者がいないほどに有名な冒険者だった。

 強くて、聡明で、人柄の良さから人気もあった自慢の家族。

 だから、幼いころからその背中を追い駆けて、自分も一流になるのだと、成れないはずがないのだと同じ道を邁進した。

 けれど、才能というのは残酷なもので、ユミルには母の強大な魔力も、父の特別な魔法も継承される事はなかった。これが貴族と庶民の決定的な違いなのだという事を突き付けられるみたいに、それはもう平凡な力しか持ち合わせていなかったのだ。

 それでも最初のうちはよかった。誰もが才能を開花する前は、努力さえしていればまだ他よりも優秀でいられたから。

 だが、年を重ねて、皆が基礎的な技能を学び終えた頃にはもう、努力なんてささやかなものではどうしようもない絶対的な他者がそこらじゅうに聳え立っていて、とてもじゃないけれど乗り越える事は出来そうになかった。

 両親は、そんなユミルが冒険者を続ける事を望まなかった。優しく諭すように、お前では無理だと死刑宣告をしてきた。

 ユミルという人間が歩いてきた道を、そこへ誘った元凶が全否定してきたのだ。

 ……だったら、どうしてそれを最初の頃に言ってくれなかったのか。まるでこれまでの努力を嘲笑うようなタイミングで伝えてきたのか……許せなかった。どうしても認めたくなかった。

 その反発心からユミルは家を飛び出して、一人で冒険者を続ける事を決めた。

 そして、ナアレ・アカイアネに出会った。

 彼女はユミルを「見込みがある子ね」と言ってくれて、仲間にしてくれた。あの生ける伝説が自分を選んでくれたのだ。今でも、その時の興奮は覚えている。

 それから彼女と共に仕事をこなしていき、ユミルは順調に色格を上げていって、両親と同じ『紫』にまで上り詰めた。レフレリの顔の一人になった。

 自分の選択は正しかったのだ。自分はちゃんと特別なんだと周囲に認めさせることが出来た。…………もちろん、それが真実ではないなんて事、ユミル自身が一番よく判っていた。

 結局、手にしたものは上辺だけの栄光。どれだけ紫の冒険者として持ち上げられていても、本当の意味でユミルを認めてくれる者なんて殆どいなかったのだから。

 そして、どうすれば認めさせる事が出来るのかもわからないままに、こんな状況に陥ってしまった。ナアレの加護を失い、剥き出しの本心を叩きつけられた挙句に殺されかけ、途方に暮れている中で自身とも向き合わなければならなくなってしまったのだ。

(……なんか、言いなさいよ?)

 その一端であるはずの目の前の女は、ただ静かに佇んでいる。

 レニ・ソルクラウ。異様なほど美しい姿をし、突出した魔力と特別な魔法を有した、吐き気がするくらい才能に溢れた人間。

(あんたは、あたしにどうして欲しいわけ?)

 一見するとこっちに決定権があるみたいな感じだけど、実際のところはユミルが何を選んだとしても向こうの気分次第なのだ。そんな事を自分で決めたところで、なんの意味もありはしない。考えられるのは、ぬか喜びをさせてから突き落とすという悪趣味の可能性だけ――。

「……もう、あまり時間はなさそうだね」

「――っ」

 そんなものを早く選べと、こいつは心臓が縮むような脅しを仕掛けてくる。

 というか、あの赤毛の化物も一体なんなんだろうか? 感知に意識を割かなくても外の状況がはっきりと判るほどの、圧倒的な蹂躪劇。下手をすると、ナアレよりも強いかもしれない。

 そんな事、ありえないと思うけど。思いたいけれど……でも、今の状況だとどうしてもそう思えてきてしまって、吐きそうなくらい気分が悪かった。

 アレもまた理不尽なほどの才能の塊だ。ますます自分がここにいる事が場違いに感じられて、心底嫌になってくる。

(そうよ、どうせあたしに出来る事なんてない……)

 どれだけ虚勢を張ろうが、浸食してくる現実。

 要は、それを受け入れろって事なんだろう。分不相応な事を望むのはいい加減にやめて、利口な答えを出せと。他人を言い訳に出来ないように自発的に決めろと。

(……でも、そんなの、余計なお世話だ)

 今更、そんなもの受け入れられるものか。

 必死に目を逸らして生きてきたのだ。まやかしでも掴んできた成果なのだ。

 なにより、ここで利口に逃げたら、自分は本当に自分を誤魔化しきれなくなる。

 窮地に陥っているあの人の力になれずして、一体なんのためにこれまで一緒にいたというのか。

 この機会を逃して、いつあの人への恩を返す事が出来るというのか。

(あたしは、あの人の仲間なんだ……!)

 誰が何と言おうと、それだけは虚飾にしたくない。

 だからこそ、絶対に、ここで逃げるわけにはいかなかった。あとでどれだけ後悔する事になっても、今だけは普段の愚かさを盾に、傲慢を押し徹さなければならない。

「……決めたわ」

 その決意を持った低い声で、ユミルは言った。

 真っ直ぐに睨みつけるようにレニを見据えて、強くはっきりとした口調で吐き捨てた。

「あんたらを利用してやる。あたしがナアレさんを助けるためにね。その役目は誰にも渡さない。……たとえ、舌を引っこ抜かれたって、絶対に!」


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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