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「……油断したのか、それとも単純な実力差か。どちらにしても、まだ紫に上がるのは早いようだな。それを進言できるという意味では、良い結果か」

 ミミトミアの隣から、淡々とした男の声が響いた。

 どうやら紫の冒険者というのは嘘で、双剣と槍の二人はその手前に位置する者達だったようだ。

 まあ、同じ階級にしては、俺が知る二人とあまりに差があり過ぎるとは思っていたので、納得ではあったけれど……それを、当人たちに向かって嘯けるこの男は、間違いなく本物の紫なんだろう。

 魔力の量は彼等と大差ないが、雰囲気に凄味がある。

 それに、一緒にやってきた他の五人と違って、こちらへの警戒を一切緩めていない。距離を一定に保ち、魔法陣が完全に俺を拘束しきるのを待っているような感じ。

 この相手に隙を作らせるのは、あまり現実的ではないだろう。

 ただ、幸いなのは、彼だけがそうであるという点だ。

「しかし、ほんとに凄まじい美人だな。殺すのはもったいなくないか? 色々と楽しめそうだしよぉ」

「ゴロツキみたいな発言は止めろ、屑が。さっさと殺して事態を収拾する。他にはない」

「あぁ? てめぇ、優等生ぶってんじゃねぇぞ! 成り立ての黒色風情が!」

「二人とも黙ってくれないかしら? それと、私は一刻も早く祭りに戻りたい。だから、何選んでもいいからさっさと決めてくれない? この香水の鮮度って、そんなに長くないのよねぇ」

「……っていうかぁ、どうでもいいけどぉ、普段偉そうにしているわりに余所者に惨敗とか、あいつらってあんなに弱かったんだねぇ。銀色の名折れってやつ? あんなのが紫にならなくて良かったって感じ。……ホント、肩書きだけの糞は皆死ねばいいのにねぇ」

 ……このように、ミミトミアを除いた四人は好き勝手おしゃべりに興じている。そこに統率性は見当たらない。誰もが一定以上の力は持ち合わせているんだろうけど、結局は寄せ集め、まさに烏合の衆といった印象だった。

 魔法陣の影響でこちらはかなりしんどい状態にあるが、なんとか喋る事くらいは出来そうだし、そんな彼等を上手く掻き乱して、少しでもこの状況を優位なものに変えたい。

 もちろん、その芽も薄いのは重々承知しているけれど、こちらの方がまだ望みはあるだろう。

 一体どこから切り崩しにかかれば、それをより望めるようになるのか――

「――ぐぅ、ぅ、ぁ」

 そういった方向に考えを巡らせようとした時、右肩に強い衝撃が走った。

 まるで、こちらの思惑などお見通しだといわんばかりのタイミングでの攻撃。

 流れ出た血が、脇を伝い腰に向かって流れていく。

 その気持ち悪さと痛みに顔を歪めながら、俺は歯を食いしばって視線を持ち上げ、敵意をもって六人の姿を視界に収めた。

 今攻撃を仕掛けてきたのは、中央に佇む紫の冒険者――髪をオールバックで固めた長身痩躯の眼鏡の男だろう。

 ミミトミアはその左隣に佇んでいて、憮然とした表情を浮かべている。憎い相手が傷ついているのにそこに喜びがないのは、自身への悪意ある発言を受けての事か。

 それを言い放った相手は、彼女から三メートルほど離れたところでニヤニヤとした笑顔を浮かべて挑発を続けていた。ゴスロリみたいな(或いは魔女の仮装みたいな)格好をしたツインテールの少女だ。こっちにはまったく興味がなさそうである。

 反面、右側に陣取っていた二人――整った顔立ちをした褐色黒髪の男と、銀髪の目つきの悪い色白男は、こちらの損傷を興味深そうに確認してから、

「……どうやら、ランドの旦那の方針は決まったみたいだな。どっかの短絡的な莫迦とは違って情報を聞き出す事を優先するみたいだ。俺の考えと同じだな。これが銀と黒の、どうしようもない差ってやつなのかねぇ?」

「――汚れた銀色が、色を語るな。これ以上不快を並べるのなら、二度と喋れなくしてもいいんだぞ?」

「はっ! てめぇ如きにそんな事が出来ると思ってんのか? ちょっと珍しい魔法が使えるだけの、特別気取りの凡俗が、ぶち殺すぞ!」

 と、嫌悪と憎悪を露わに、互いに得物を抜き臨戦態勢に入ろうとしていた。

 願ったり叶ったり、どんどんやれと言いたいところだが、それを止めるように両者の間、三歩くらい後ろに控えていた女が割って入った事によって、その空気は白けたものへと変わってしまう。

「だから、そういうのは仕事が終わってからにしなさいよね。私を疲れさせないで」

 大胆に胸元をアピールしたドレスを身に纏った、気だるげな美人。口にはキセルのようなものを咥えていて、そこから自身の髪色に似た薄紫の煙を吐いている。

 煙草なのかクスリなのかは知らないが、なにか嫌な感じ――と、そこに意識が流れた瞬間、今度は右の太腿に強い痛みが走った。

「これでも貫けないか。頑丈だな」

 ……顔をあげていたから、今の攻撃ははっきりと視認できた。

 こちらに突きだされていた人差し指の先から、オールバックの男(多分こいつがランド)が超高圧の水を放ったのだ。かなりの速度だった。万全の状態でも見てから避けるのは難しいかもしれない。

 ただ、威力の程はそこまででもなさそうだ。少なくとも、あと三発は同じ箇所に喰らわない限り、致命傷に届くことはないだろう。……まあ、逆に言えば時間さえかければ十分殺せるというわけでもあるので、この状況ではけして喜ばしい要素でもなかったが。

「まあいい。これで下準備は終わりだ。次は全力で左脇腹を撃つ。その次は右手、その次は臍。その次は右胸。次が左耳あたりか。尋問は貴様が死ぬまで続ける。こちらが知りたい情報を吐けば、そこで解放だ。一息に殺してやろう。……条件は理解したか?」

 どこまでも冷たい眼差しで、ランドは言う。

 嗜虐の色を特に感じないあたり、仕事と割り切っているタイプなんだろう。こういう輩は過不足なく、本当にやってくる。

 ……さすがに、恐怖で身体が震えてきた。

 そこに間髪入れず、水の弾丸が突き刺さる。

 宣言通りの左脇腹。……こいつは、感情や意識が揺れた瞬間を狙って攻撃を仕掛けてきている。その方が、肉体だけでなく精神にも多大なダメージを与える事を理解しているのだ。

「最初に質問だ。何故、ナアレ・アカイアネを襲った?」

「……」

 そんなくだらない問い掛けに、返す言葉は持ち合わせていない。やっていないと言ったところで無意味なのだから当然だ。

 その姿勢が気に障ったのか、

「どうして黙るんだよ! 答えろよ!」

 と、開幕以降黙っていたミミトミアが声を荒げた。

 そして、つかつかとこちらに近づいてくる。

「――止めろ。誰が接近していいと言った?」

 微かな苛立ちを滲ませて、ランドが釘を刺した。

「二番手にしかなれないような奴が、あたしに命令してんじゃないわよ!」

 ドスを利かせて、ミミトミアが凄む。

 直後、鈍い打撃音が響き渡った。体重を感じさせない軽やかな跳躍から、ゴスロリの少女が彼女の顔面に蹴りを放ったのだ。

「わたし、もう無理。ねぇ、ランド、こいつ殺しちゃっていい? ここの人避けはもう済んでるし、この隻腕女がやった事にすれば問題ないんだし、いいよねぇ?」

 自身の下唇に人差し指を押し当てながらランドに蠱惑的な視線を向けつつ、少女は続けてミミトミアの腹を爪先で蹴り、くの時に曲がり低い位置に来た後頭部に踵を落として、這いつくばらせた。

 最初の一撃で鼻か前歯が根こそぎ折れたのだろう、大量の血が地面に広がっていく。

「……そういう行動は、許可を取ってからにしてもらいたいものだがな」

 ため息交じりに、ランドが言った。

「わたしぃ、止められる速さで蹴ったでしょ? なのに止めなかったっていうのは、そういう事じゃないのぉ?」

「くく、たしかに、この場で反応できない奴なんて一人もいなかっただろうになぁ」

 愉快で仕方がないと言った具合に、目つきの悪い色白男が笑う。

「お、お前ら、あたしにこんなことして――」

「喋っていいなんて言ってないでしょ? ってか、早く死ねよ? 自分の血で溺れて死ね」

 鼻をおさえながら身体を起こそうとしたミミトミアの後頭部を踏みつけて、少女は冷たく言い放つ。

 これら一連の行いを、止めようとする者は誰もいない。

 つまり、それがこの場においてのユミル・ミミトミアの価値であり――

「まったく、ナアレさんにも困ったものだな。暇潰しかなにか知らないが、このような低能まで簡単に紫にしてしまうのだから。……やはり、彼女の存在はもはや毒だとみるべきか」

 眼鏡のブリッジ部分を中指の腹で押し上げながら、ランドはやや硬い声でそう呟いた。

 それに対し、目つきの悪い色白男が嬉しそうに口角をあげる。

「腹を決めたのかい? 旦那」

「あぁ、そうだな。私もゼラフさんの思惑に乗る事にしよう」

 微かに細められた視線には、畏れのようなものが滲んでいたが、それ以上に放たれた声には強い意志が感じられた。

「お、おまえりゃ、なに、言って……」

「あれ、まだ喋れるんだ? 意外に元気ねぇ。でも、変わらず莫迦。そんな可哀想な奴に一つだけ教えてあげる。今ので本当に、お前を殺してもいいって許可が出たって事だよ! ふふ、あははは、前々から殺したくて殺したくてたまらなかったから、ホント嬉しい! やっぱりお祭りってこうじゃなきゃねぇえ!」

 嬉々とした笑顔で、ゴスロリ少女がミミトミアを何度も踏みつける。

 このまま放っておけば、彼女は間違いなく死ぬだろう。

 好ましくない相手とはいえ、アカイアネさんの仲間だ。さすがにそれは避けたいところだが、今の俺に果たして何かできる事でもあるのか……

「…………あぁ、あるのか」

 弱気からまた落としてしまった視線が捉えた自身の血だまりを見て、不意に気付いた。

 ただでさえ魔法陣によって拘束されている中、肩と足まで潰されてはどうしようもないと思っていたが、これはこちらにとって決して悪い流れではない。

 今なら、言葉を弄して切り抜けるなんて難しい事をする必要はないのだ。

 だって、こんなにも自然に、周囲にはレニ・ソルクラウの魔力が溢れている。

 血とは魔力の源。そして敵はおそらく、こちらの魔法を具現化しか把握出来ていない。だからこそ、安易に出血を与えてきた。

 もちろん、血液自体が床下の魔法陣にまで染みこむ事はないが、魔力は別だ。それは既に魔法陣に触れている。なら、もう一つの魔法による干渉は可能な筈。

 俺はリッセの魔力の使い方を思い出しながら、静謐な感知を心がけ、魔法陣に探りをかける。

 結果、この魔法陣の規模がわかった。かなり広い。半径百メートル以上はある。ただ、機能しているのは俺を中心とした半径二メートル程度。

 ……なるほど、青い炎は魔法陣をピンポイントで運用するための装置でもあったわけだ。おそらく、そうしなければコストがかかり過ぎて使えないという問題を抱えていたんだろう。

 まあ、なんにしても、今それが最大限に発動されれば、この場にいる全員に拘束が掛かる事になる。

 そして、もう一つの魔法はその未来を描けるだけの幅をもっていた。……といっても、必ず上手くいくという保証があるわけじゃない。

 廃都市での仕事を終えてから今日まで、暇を見て色々な道具を使って検証し、少なくとも強化という方向性に間違いはないという結論には至っていたが、悪い意味でも幅が広いというのか、ライターでは殆ど効果がなかったのに、その原材料といってもいい火石だけを使った際には、明らかにそこに込められていた魔力では実現できないほどの炎を発現させたりと、未だに法則が判っていないのである。

 そういう意味では、使った瞬間に心臓の動きまでも拘束されて死ぬなんて可能性も十分に考えられるわけで、バクチもいいところではあるんだけど……どうせ、何も出来なかったら出来なかったで、このまま殺されるだけなのだから、現状においては気楽なリスクだ。

 それに、不明瞭な点の多い魔法だが、一つだけはっきりした事もあった。

 この魔法を使用し続けた場合、行使した対象物は必ず自壊する。

 ライターのようにどこが変化したのか判らなかった物ですら、二十秒後にはいたるところに罅が入り、その十秒後に粉々になっていたので、それはこの魔法陣にも等しく適応される事だろう。

 そうなれば拘束は解けて、仕切り直しにまで持ち込める。

「――貴様、何をしようとしている?」

 魔力の展開に気付いたらしいランドが警戒を見せるが、遅い。

 俺は、魔法陣の効果範囲が広くなる事を強く強く願いながら、血から溢れ出た自身の魔力を用いて、その魔法を解き放った。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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