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 狩猟祭は恙なく終了した。

 目玉となっていた魔物狩りはドールマンさんが二位という結果を飾り、残念ながら彼に賭けていた俺はちょっと損をする事にはなったけれど、最後まで誰が優勝するのか判らなかったという点では長く愉しめたし、全体的に良い催しだったと言えるだろう。

 ちなみに、この狩りにアカイアネさんは参加していなかった。彼女はいわゆる殿堂入りというやつで、その権利がなかったためだ。

「……やはり、賭けは良くありませんね。手堅くやって三割の損失でした」

 他にも色々とあったギャンブルを一通り楽しんだ末に、ミーアは淡々とした口調でそんな結論を口にした。

「まあ、はじめから損をする前提の遊びだからね。こういうのは」

 間違ってもムキになってはいけないし、自分の運がいいだなんて錯覚してもいけない。それが出来ない奴が破滅する。そして、そういう莫迦に限って周りにも甚大な被害を与えるのだ。あの害悪でしかなかった実父のように。

 そのあたりは、まったくもって思い出したくもない昔話だけど、こうやって自分自身がギャンブルというものをしてみて、その二つに当て嵌らなかったという事実は、なかなか気分のいい収穫でもあった。

 やっぱり、今でも似てない事を実感できるのは嬉しいものだ。それが中身であるなら尚更に。

「……それじゃあ、私はそろそろアカイアネさんの所に行くね」

「あ、はい、お気をつけて」

 ミーアと別れて、地上にある彼女の邸宅に向かう。

 先日足を運んでいるので、場所は把握している。まあ、そうでなくても、適当に誰かに聞けばそこはすぐに判るだろう。

 貴族たちの領域にあって、どんな貴族よりも立派な屋敷。

 インターホンのようなものを押し、森のように鬱蒼とした木々に埋め尽くされた庭を進んで、玄関の前に辿りつく。

 すると扉は正門同様に勝手に開いて、俺を迎え入れてくれた。誰かがこちらの様子を見てやっているのか自動的なのかは知らないけれど、便利なものだ。

「お待ちしておりました、どうぞこちらに」

 エントランスに佇んでいた、コスプレとは違う本物のメイドみたいな格好をした女性が、恭しく頭を下げてから歩き出す。

 ちょうどそのタイミングで、背中を軽く叩かれる感触が届いた。

 リッセだ。姿も音も魔力すらも感じ取れないけれど、どうやら真後ろにいたらしい。念のため感知に意識を割いてみても、彼女の気配を捉える事は出来なかった。

 完全に魔力を消し続けるのは難しいという話だったが、なにか別の手段をとって潜んでいるのか……なんにせよ、これならバレる心配はなさそうだ。

 とりあえず彼女の事はこれ以上気にしないようにして、メイドの女性の先導の元、ラウンジのような場所に足を踏み入れる。

 予定の時間より五分ほど早く来たのだが、どうやら俺が最後だったようだ。

 そこにはこの屋敷の主であるアカイアネさんと柊さん、ラフシャイナさんと青い服を身に纏った初対面の貴族が四人、そして無精髭を生やした四十歳くらいの男がすでに待ち構えていた。

「すみません、どうやら待たせてしまったみたいで」

「貴方は時間通りよ。勝手に早く来過ぎた人達の方が問題」

 不機嫌そうにアカイアネさんはそう言って、俺を空いているソファーに腰かけるように促した。

 それに従ったところで、

「では、早速だが本題に入りたい。我々は貴女と違って、暇を持て余しているわけではないのでな。時間の価値というものを理解してもらいたい」

 と、胸の位置で腕を組んでいた貴族が言った。

 その言葉に他の貴族たちは息を呑む。

「ゼラフ、少し会わない内に貴方も生意気を言うようになったわね」

「当然の対応だ。時間を指定してきたのはそちらだろう? それにこちらは無理をして合わせているのだ。その誠意には応えてもらいたいところだな。質問の時間も限られているのだろう?」

 眼を細めたアカイアネさんの圧力をその言葉と共に受け止めて、ゼラフと呼ばれた人――たしか、組合のトップの名前がそうだった気がする――が、言った。

「……そうね。いいわ、では早速始めましょう。節度のある質問である事を期待するわ」

 ソファに深く腰掛けて、アカイアネさんは本題に入る事を許可した。

「では、まずは当たり障りのないところから行くとしよう。確認も込めてな。……彼女の名前を聞いてくれ」

 ラフシャイナさんが、無精ひげの男に視線を向ける。

 一人だけ場違いだったのでそうだとは思っていたが、やはり彼が意志疎通を担当する人物のようだ。

 その彼が声を出すことなく唇だけを動かした直後、柊さんの表情に驚きが過ぎった。

 そして、視線をきょろきょろとさせたあと、

「ひ、柊小夜香です」

 と、日本語で答えた。

 ボディーランゲージなどはなかったにもかかわらず、名前を訪ねられた事に気付いたという事である。

「次は年齢だ。その次は、背丈でも聞いてみてくれ」

「わかりました」

 ラフシャイナさんの要求に頷いてから、無精ひげの男はまたも唇だけを動かした。

 柊さんの表情に不安が過ぎる。

「大丈夫よ。それ以上変な事を聞いてきたら、私がその子の舌を切り落としてあげるから」

 優しい声で言いながら、隣に腰かけているアカイアネさんが柊さんの肩を軽くたたく。

 牽制としてはかなり効果的だったのか、無精髭の男と貴族が二人ほど表情を強張らせた。

 ただし、その気遣いは肝心の相手には伝わっていないみたいで、

「え、ええと、十六歳です。身長は百六十二センチだったと思います。……あ、あの、自己紹介をすればいいんでしょうか?」

 ビクビクしたまま、柊さんは訪ね返した。

「何と言っているんだ?」

「自己紹介をした方がいいのかと」

「では、そうして貰え。異世界においての基本情報というものが、どの程度なのかを知るのも意味はあるだろうしな」

 ラフシャイナさんのその言葉に、無精髭の男は頷き、唇だけを動かす。

 それに背中を押されるようにして、柊さんが不安そうに自己紹介を始めた。

「わかりました。ええと、柊小夜香です。1993年生まれの十六歳です。水葉高等学校に通っていて、陸上部をしています。血液型はO型で、両親と弟の四人家族です。得意な教科は歴史で、苦手な教科か古文です。友達は七人くらいで、恋人はいません。……あの、これでいいですか?」

 ……テレパシーの類なんだろうけど、一体どういう風に質問しているのか、こちらには一切伝わらないというのが、ちょっと嫌な感じだ。

「貴方、無言じゃないと彼女には質問できないのかしら?」

 同じことを感じていたのか、アカイアネさんが訪ねた。

「は、はい、この世界の言葉は彼女との接触の雑音になるので」

 緊張と共にそう答えてから、無精髭の男は柊さんが零した内容をこの世界の言葉で響かせる。

 それは俺が先日、アカイアネさんに頼まれて教授の家に柊さんの鞄を取りに行った際、一応の本人確認としてそこに入っていた生徒手帳を見た結果手にした情報と、誤差の無いものだった。

「オー型、というのが何かは知らないが、血液の種類を明かすというのは、ずいぶんと積極的ではないか? それとも彼女の世界では血はそこまで重要視されていないのか? それを訊いてもらいたいのだが」

 と、貴族の一人が言う。

 無精髭の男は頷き、やはり唇だけを動かして柊さんに情報を引き出させていく。

 意志疎通ができるという話は、もはや疑う必要はなさそうだ。

 ただ、どうしてか、微妙にニュアンスが伝わっていないような……いや、というよりも、意図的に貴族の質問にかなり色をつけているのだ。だから柊さんは、求められた要望以上の事をペラペラと喋っているような印象をこの場にいる人間に与えてしまっている。

 好きな教科だのなんだのがいい例だ。そんな事、きっと柊さん自身も話すつもりはなかっただろうに。

 問題は、無精髭の男がどうしてそんな余計な事をしているのかだが……

「……本当ですか? 私、帰れるの?」

 一息つく間もなくいくつもの質問を受け、必要以上の情報を吐きだし、少し休憩という空気が漂いはじめたところで、柊さんが大きく目を見開いて、微かに震える声で呟いた。

 その直前、無精髭に動きがなかったにもかかわらずだ。つまり、唇を動かす必要なんてこいつにはなかったのである。

 だが、今までその手順を踏んだのちに彼女が反応するという構図が出来ていたから、この場にいる人たちには彼女が自発的に口を開いたように見えたことだろう。

「お、お願いします。助けてください。私を家に帰して。帰してください。私、なんでもしますから」

 俯き、彼女は言う。

 震える声。必死の懇願だ。

 それを受けて無精髭が何を訊いたのかはわからないが、彼女は自分の住所や日本という国の事をその面持ちのまま話し始めた。学校で習う程度の歴史を適当に並べるような感じだ。

 正直、住所はともかくそれになんの意味があるのかと思ったが、その狙いは程無くして読み取る事が出来た。。

「な、泣いているようだが、彼女は一体なんと言っているんだ? ずいぶんと長く話しているが」

 アカイアネさんの反応が怖いのだろう、ちらちらと彼女を見ながら貴族の一人が訪ねる。

 すると無精髭の男は沈痛な面持ちで、

「彼女は助けて欲しいと言っています」

 と、答えた。

 そこまでは事実だ。

 けれど、そのあとに続いた内容は、馬鹿げているほどにデタラメで――

「なんでも、彼女の国は今窮地に立たされているようです。端的に言うと敵国に攻められている」

「戦争中ということか?」

「はい、その際に用いられたなにかしらの兵器の干渉が原因で、この世界に迷いこんだ可能性があるとの事です。もちろん、実際は廃都市の魔法陣が主な原因なのでしょうが、彼女はそう思っているようですね」

「その娘は一般人ではないのか?」

「彼女自身はそうですが、どうやら父親が軍の高官のようです。だから、ある程度特別な情報を有しているのかと」

「助けて欲しいというのは、軍事介入を求めているという事でいいのか?」

「そこまで意識しているのかは不明ですが」

「魔力がない世界か。我々の力はその世界において十二分に通用すると?」

「彼女はそう考えているようです」

 ……本当に、嘘八百もいいところだった。

 とはいえ貴族たちは日本という国を知っているわけじゃないし、更に言うならそれが真実である必要性も特に感じてはいないのだろう。

 彼等にとって重要なのは、その情報――いや、口実が使えるかどうかだけ。それを物語るように、誰一人として積極的に疑いを示すものはいなかった。

 まるで心の内を探り合うような、居心地の悪い沈黙が場を包んでいく。

 それを嫌ように、ラフシャイナさんが口を開いた。

「ナアレ、仮にこの話が事実だったとしたら、貴女はどうする? 先日も言ったが、彼女の件は貴女に一任している。だから当然、助力をするべきか否かの決定権も、貴女にあると私は考えている」

「その結果、余所の世界と戦争になったとしても?」

「貴女が矢面になって戦うのなら、我々に敗北はないしな。問題はない」

「敵を知らずに語る言葉ではないわね」

 呆れたように、アカイアネさんは言う。

 それに対しラフシャイナさんは不敵な笑みを返して、

「貴女は敵の強弱で姿勢を変えたりはしないだろう? ならば、勝つ以外の未来など想定する必要もない。それで、どうなんだ? そろそろ貴女の方針を聞かせて欲しいのだが?」

「……少し考えさせて」

「珍しいな。貴女が躊躇するなど」

「大きな決断になると理解しているのよ。明日には結論を出すわ。それで構わないでしょう?」

「もちろんだ。では、我々はこれで失礼させてもらおう。ちょうど、いい時間のようだしな」

 そう言って、ラフシャイナさんは席を立った。

 倣うように他の面々も立ち上がり、彼女に一礼をして去っていく。

 俺はその様子をぼんやりと見送ってから、彼女に声を掛けた。

「アカイアネさん、このあと少しいいですか? 大事な話があります」


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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