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09

「ここで一番いい酒と、癖のない甘味水二つ」

 店に入るなり、リッセは店員にそう注文をして、奥のテーブルに腰かけた。

 その対面に俺とミーアも腰を下ろして、なんとなしに周囲を見渡す。

 大半の人が祭りに赴いているからだろう、地下三階にあるこの店に客の姿はない。曖昧な注文に戸惑っていた店員も、了承するとすぐに奥に引っ込んでしまった。

「適当に選んだとこだけど、そんなに悪くはなさそうね。まあ、それもあの店員がどんなもん持ってくるかで変わってくるわけだけど」

「煩わしい客ですね、貴女」

「はっ、莫迦が何言ってる? 支払い額を向こうに委ねてやってるんだ。あたしみたいなのを上客っていうんだよ。ついでに友人でもない奴の分まで奢ってやるってんだから、我ながら正気を疑うくらい、いい奴でもあるわね」

 ミーアの棘につまらなそうに言葉を返して、リッセは肩に掛けていた小さなバッグをテーブルの上に置き、そこからビー玉サイズの石を取り出して、魔力を込めた人差し指でトントンと二回ほど叩いた。

「なにか進展あったか?」

『いいえ、特には』

 数秒後その石から少年の声が響く。

 どうやら、通信を可能とする類のようだ。

「……あんたらには聞こえるみたいね。じゃあ、失敗だな」

 ため息交じりに呟きながらリッセは再び石を叩き、数秒ほど握りしめてから、ゆっくりと掌をみせた。

 その先に、石の姿はなかった。

 彼女の魔法なら簡単に出来る芸当だが、魔力の痕跡もない。つまりは手品の類だ。先程見たのを参考にして、ちょっとしたお遊びを仕掛けたといったところだろうか。

「ラウ・ベルノーウが生成した器ですか?」

 と、その光景に僅かに興味を滲ませつつも、涼しい顔でミーアが訪ねた。

 それに対して、リッセはつまらなそうに自慢の朱髪の毛をばさばさと揺らしてから、

「余所の都市だからね。こういう道具を使ったほうが、通信が安定するとかで気紛れに作ったみたいなんだけど……これ、あんたにはなにが問題かわかる?」

「器の構築以外にはないと思いますが」

「貴族のくだらない常識押し付けられても困るんだけど。でも、やっぱりそうか。高度な魔法をこの中で維持させるのは難しいってわけね。……ついでに聞くけど、これって練度でどうにかなる問題だったりするの?」

「……さあ、どうでしょうね。器に代表される固定化という技法の質は、先天的な要素で決まる事が多いですから」

「そう、まあいいわ。感知の低い奴には一応効くみたいだし、それ以前に別になくても、そこまで困るわけじゃないしね」 

「お、お待たせしました」

 店員がやや緊張した声と共に、飲み物をもってやってくる。

 匂いからしてあまり強い部類ではなさそうだ。

「樹液を用いた酒か。匂いも、色も悪くない。飲みやすそうね、これは」

 どうやら好みを引いたようで、リッセは上品な微笑を店員に返してから、ほんの少しそれを口に含んだ。

「……結構きついな。でも、後味はいい。気に入ったわ。ねぇ、ここって持ち帰り用のお酒って売ってるの? 売ってるならこれ三十本ほど買うから、袋用意してくれる?」

「あ、ありがとうございます。ですが、その――」

「これで足りるでしょう?」

 いつのまにか左手にあった財布から、黒と青が混ざったこの都市の硬貨を三枚ほど取り出して、リッセはそれをテーブルの上に置いた。

 店員の表情に微かな驚きが宿る。よほどの大金だったんだろう。俺もこの都市に来て、トルフィネのお金を換金してはいたが、その色の硬貨はまだ見たことがなかった。

「は、はい、十分です。ご注文ありがとうございました」

 ぺこぺこと頭を下げて、店員はまた奥に引っ込んでいった。

「……派手な買い物するね。そんなに美味しかったの?」

「別に。ただ、レフレリらしい味はしたわ。置いてきた奴等は喜ぶでしょう。まあ、確かに使いすぎた気もするけどね。今ので祭りで使う分全部吹っ飛んだし。だから、他に欲しいものが見つかったら、このあと会う貴族様にでも支払ってもらう事にするさ。せっかく誘ってくれたんだもの、あいつにも甲斐性を見せられる機会くらい与えてあげないとな。……ふふ、いい思い付きだろう?」

 こちらの問いに、リッセは愉しげに笑いながらそう答えた。

 敵であったり嫌いな相手に対しては、相変わらず悪趣味なようだ。まあ、とはいえ相手も大貴族、どれだけ吹っ掛ける気なのかはわからないが、大した痛手にはならないんだろう。それなら、こちらが下手につつく理由もない。

 俺は適当に苦笑を返しつつ、右側にあった宝石めいた緑色をした飲み物を手に取って、それを一口頂く事にした。

 ほどほどの酸味と、それ以上の甘さ。リンゴに近いけど、若干ミカン(それも缶詰の奴)ぽくもあるような、中途半端な数でつくったフルーツジュースって感じだろうか。

 なんにしても、十分美味しかったのでそのまま全部飲み乾すことにして、

「ごちそうさま。これも、お酒を飲めない人への土産に良いかもね」

「へぇ、じゃあ、追加で注文してもいいかもな」そこで、リッセもお酒を一気飲みし、ふぅ、と短く息を吐いた。「……さて、喉も潤ったところで本題だ。貴族共の動きがきな臭い」

「きな臭い?」

「あんたたち、異世界の女を廃都市で拾ってきたんだろう? で、そいつの扱いをあの『独壇場』が任せられることになった。許可を出したのはラフシャイナ家。つまりは上位貴族の決定って事になるわね。なんだか上手く収まりそうな話だ」

 ……独断場というのは、どうやらアカイアネさんの異名のようだ。

 しかし、もうそこまで調べているというのは、このレフレリにも仲間がいるからなのか? それとも大急ぎで仕入れたからなのか? ……いずれにしても、やはり彼女の情報は頼りになりそうだ。

 そして、ここまで言われれば、何を危惧するべきかは誰でも判る。

「約束が反故にされるかもしれないって事? それか反対勢力がいるとか」

「当然、両方だよ。あたしはまだ信じてるわけじゃないけど、その女経由で広大な土地に進出できる可能性があるんだろう? だったら、まともな貴族なら間違いなく手を伸ばす。むしろ、ここで引き下がる方が異常だ。ナアレ・アカイアネがどれだけ特別だったとしてもね」

「具体的に、貴族たちはどういう動きを?」

「私兵を集めてるのさ。いろんなところから、なりふり構わずにな」

 なるほど、それは確かにきな臭い流れだ。対処を考える必要があるだろう。儀式の邪魔をさせるわけにはいかない。そのためには、リッセの力も借りておきたいところだが……

「ところでリッセは、この件にどういう風に関わろうと思ってるの?」

 気になるのは、そこだった。

 彼女も他の貴族たちと同じように、異世界に興味を持っているのだとしたら、下手をすればまた敵になる可能性もある。

「……心配しなくても、余所の世界になんて興味ないわよ。ただ、そこに群がる優秀な莫迦共には価値がある。首輪をつけるいい機会になりそうだしね。つまらない観光ついでに事業を広げるのも悪くない」

「そう。それなら一つ仕事を頼みたいんだけど、お願いできるかな?」

「今後も貴族共の動きを教えて欲しいってところか?」

「場合によっては潰してほしい」

 真っ直ぐにリッセの眼を見て、俺は言った。

 さすがにそこまで要求されるとは思っていなかったのか、彼女の眉が少し動く。

「ずいぶんと強く出るわね。あんたにとって、異世界の女はそれだけ重要ってわけだ?」

「……そうだね。正直、自分でも肩入れしすぎてるかなとは思うけど、知らない世界にいきなり連れてこられたあげくに、戦争の火種にされるなんて見過ごせないし。なにより、そんな事をしようとする奴等には反吐が出る」

「それは同感だな。……いいわ、破格で引き受けてやる。どの道、奴等の動向は継続して探るつもりだったしね。それをあんたに伝えるくらいなら、そんなに手間でもない」

「ありがとう。助かるよ」

 多少は食いついてくれるだろうと踏んでの発言だったが、どうやら上手くいってくれたようだ。……まあ、別に真っ赤な嘘を並べたわけでもないけれど。

「あぁ、その代わり、そっちも貴族と会う事になったらあたしを呼べよ。奴等がどの程度繊細なのか、計っておきたいしね。明日か明後日くらいに、その女に色々と話を聞く場を設けるんだろう?」

 そう言って、彼女は再びどこかから表したビー玉サイズの石をこちらに手渡してくる。

「本当に筒抜けなんだな。わかった。必ず連絡する」

 頷き、俺はそれを受け取った。


 翌日の早朝、宿に貴族の遣いがやってきた。

 それは本日の十八時、アカイアネ邸にて柊さんから話を聞くという知らせだった。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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