08
打ち上げられる無数の花火の音に負けじと、いたるところで音楽や歓声が躍動している。
今日だけの為に開かれた出店は、本来ではありえないような低額で野菜だったり高級な肉を利用した料理を振る舞い、それらをお供に多くの観客は、探すという行為を必要としないほどに溢れている大道芸人や音楽家のショーを堪能する。
パンフレットに書いてあった通り、それは堅苦しい名称とは程遠い賑やかな祭りだった。
俺が知る中で一番近いものを挙げるとしたら、夏フェスあたりだろうか。これら全てが貴族のお金で用意されているというのだから、なかなかに太っ腹な話である。
「……あれって、一体どうやっているのでしょうか?」
魔力を一切用いずに、コインを出したり消したりしている奇術師を見てミーアが呟いた。
日本ではまず誰も驚かないようなオーソドックスな手品だが、魔力がないというだけで彼女にはそれだけ新鮮なものとして映るようだ。
こっちとしては、片手で三人の女性をお手玉している大道芸人や、まるで海の中にいるみたいに空中を浮遊し、手と手を繋いで輪を作ったり、その中を泳ぐように潜ったりと、二十人以上を動員して空間に様々な絵を描く、まさに魔法使いたる彼等の方がずっとインパクトのある存在だったりするのだが……こういう感じ方の違いを久しぶりに味わったのは、ちょっと可笑しくもあって、最初に抱いていた不安が嘘みたいに、今を楽しめている自分に気付けた。
その事実に安堵を覚えながら、周りを見習って高そうな食べ物を頂きつつ、俺たちはゆったりとした足取りで祭りを見て回る。
大道芸の類も興味はあるが、個人的にはやっぱり音楽を聞きたい。この世界の音楽は俺がいた世界と大差なくかなり細分化されていて、好みのものも多いからだ。
レフレリではどうやらポップ系が流行っているようだけど……
「あっちの方、人凄いね」
他とは明らかに足を止めている数が違う一角を発見したので、そちらに行ってみる事にする。
響いているのはロック調の曲だ。ギターのような激しい音が肌を叩く。
今は前奏のあたりだろうか、人混みが多すぎて誰が演奏しているのかはわからない。ジャンプでもすれば見えるだろうけど、スカートでそれをする勇気はなかった。背伸びではかろうじて足りないところがもどかしい。……まあ、別に音楽を楽しむのに演奏者の顔は必要ないか。
集団の最後尾に立ち、ただ耳を澄ます。
程なくして、歌声が聞こえてきた。
周囲の喧騒を黙らせるほどに透き通った、それでいて凄味のある声質。
楽器に乗せられたそれは、魔法といっても過言ではないほどに、曲がもつ世界観にこちらを引き摺りこんでくる。
心拍が乱れに、呼吸すら忘れてしまうほどの迫力。
とにかく圧倒的だった。近くにいた他の歌手とかが可哀想に思えたくらいだ。
でも、この歌声って……
「……やっぱりそうだ」
する気のなかった小ジャンプを、スカートを抑えながら実行して音源を視界に収めたことで、そこにいたのが誰かはっきりした。
ラウだ。ラウ・ベルノーウがいる。
そしてその隣には彼の恋人でもあり、歌姫だなんてリッセが評していたセラさんの姿もあった。
こんなところで会うなんて想像もしていなかったので、さすがに驚きを隠せない。
ミーアもそうだったようで、
「余所の都市に招かれるくらいに有名だったのですね。……まあ、納得ではありますが」
と、戸惑った様子でそんな事を呟いていた。
そこに小さな衝撃が届く。
「ああっと、すいません」
余所見していた誰かがまたぶつかって来たのだ。
とはいえ軽い接触だったし、謝ってもくれたし、これといって気にするような事は――
「――相変わらず隙だらけね、あんたって」
呆れるような声と共に、なにかが派手に倒れる音が聞こえてきた。
何事かと視線を向けると、そこには顔面で血だまりを作る男性と、その後頭部を踏みつける真っ赤なドレスを身に纏ったポニーテールな少女の姿があった。
「リッセ……?」
「お久しぶり。元気だった?」
ヘキサフレアスと呼ばれる組織のリーダーたる彼女は、俺の財布をもった左手をひらひらさせながら、呆れたような表情を浮かべている。
どうやら、目の前で酷い目にあっていた男はスリだったようだ。
「まったく、余所の都市ですっからかんとか、楽しそうでなによりだわ」
皮肉たっぷりな物言いをしつつも財布をひょいっと投げ返してくれるあたり、感慨深いものがあった。
これ、初対面とかだったら絶対に手数料として財布の中身全部取られていただろうし、下手したら盗まれていたって事実だけ教えられて財布も没収されていただろうから。
「なんだよ? 妙な顔して」
「いや、本当にこんなところで会うなんて奇遇だなって。ありがと。……でも、トルフィネ離れても大丈夫なの?」
「祭りの期間は転移門がずっと開いてる。だから、下地区から上地区まで足を運ぶよりも近いのよ、今ここはね」
「転移門に関しては、前日と最終日だけだったと記憶していましたが?」
不審そうな表情で、ミーアが言った。
「今年に限ってはそうなったんだよ。どこかの莫迦の気紛れでな」
心底不機嫌そうにリッセは吐き捨てる。
それで、あぁ、そういうことか、と俺は納得に到った。
つまりあれだ。イル・レコンノルンと約束したデートが、今日ここで行われるということなんだろう。それ故に真っ赤なドレスなのだ。やけに似合ってはいるけれど、色以外リッセが好むとは思えない貴族のご令嬢のような格好。
「迷惑な気紛れですね。……それで、貴女はいつまでここにいるのですか? 用がないのなら早々に消えてもらいたいのですが」
眼を細めて、淡々とした口調でミーアは言う。
「だったらお前が消えろよ? ご主人様のお金が盗られたことすら気付けなかった無能なんて、いても居なくても一緒だろう?」
「そ、それは――」
「ついでに言うと用もある。お前にはこれっぽっちもないけどな」
どこまでも辛辣に、リッセはそう切り返してみせた。
やっぱり舌戦では分が悪いのか、ミーアはそこで押し黙ってしまう。別にこちらの不注意なんだから、その事に負い目を感じる必要なんてないんだけど……でも、そもそも喧嘩をふっかけたのはミーアの方なので、彼女の側に立つというのもあれだ。
「この喧嘩はリッセの勝ちみたいだね。――それで、その用件って? 安酒を奢れくらいなら構わないけど、最終日以外はミーアと回るつもりだから、あんまり時間は取れないよ。それに、そっちも一人でふらふらしてて大丈夫ってわけでもないんでしょう?」
俺がそう言うと、彼女は心底嫌そうな表情を浮かべて、
「あたしの時間が潰れるのは一時間後だよ。で、今日は胸糞悪い貴族共の社交場で踊りを披露する事になっててね。似合ってるでしょう? この格好。なんでも、世界に一着だけの特注品なんだとさ」
「それは、熱烈だね」
あと、こちらが知らない間にデートが二日以上になっていたようだ。
一体どんな交渉が行われたのかは不明だが、なんにしたってリッセが折れた形だろうし、やはりイルという人物は侮れないみたいである。
「ほんと、あいつが貴族じゃなくて、顔と性格良くて、可愛げがあって、あたしの為に死んでくれるような献身的な奴だったら、喜べたんだけどね」
「あ、一応ドレスは気に入ってるんだ?」
「じゅあなかったら着るわけないだろう? その場で切り刻んで突き返してやってるわよ。……って、話が逸れたな。ええと、なんだっけ? そうそう、用件だったわね。といっても、正確にはあんたへの用ってわけでもないんだけど、一応耳に入れといたほうがいいんじゃないかって思ってさ」
「それって、もしかしてアカイアネさんの事?」
「当たらずとも遠からず。詳しい内容は酒場で話すわ。興味があるならついてきな。なければそのまま祭りを楽しめばいい。こっちも、別に好き好んで水を差しに来たわけじゃないしね」
悪戯っぽく微笑んで、リッセはすたすたと歩きだす。
こちらを気にする様子はない、彼女にとっては本当にどうでもいいんだろう。どうでもいいけれど、わざわざ声を掛けてきたのだ。
だとすれば、それは間違いなく俺にとっては重要な情報で……
「行きましょう。どれだけ長くても、一時間で済むみたいですし」
俺の気持ちを察してか、ミーアがそう言ってくれた。
少し嫌そうな表情が、何とも申し訳なくもあったけれど、やっぱり捨て置くことは出来ない。
「……ごめん。ありがと」
なにか埋め合わせをしないとな、と考えながら俺はリッセのあとを追って、足早に歩きだした。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




