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07

 生誕祭は夜の訪れと共に始まる。

 名称からして朝に始めた方がしっくりくる気もするけれど、なんでもレフレリでは夜に出産する事が望ましいとされる教えがあったようだ。日の光を浴びて生まれる赤子はそれに該当する魔法を備えて生まれてくるので、特別な魔法を得たいのなら夜がいい、とかなんとか。

 もちろん、そこに根拠なんてものはなく、今では誰も信じていないのだが、殊更に声を荒げて開催時間を変更したいという意見が出るわけでもなく、今日に至るとの事。ノーチェス教授に教えてもらった豆知識である。……ともあれ、夜は冷えるので上着は着ていった方が良さそうだと、俺は荷物からジャケットを取り出した。

 普段から着ている飾り気のない代物だ。普段なら迷わずこれをチョイスしていただろう。だが、今の装いには、正直あまり合っていない。

 それでもいいような気もするが、予備で持ってきていた、それよりは少しお洒落だと思われる刺繍の入った方を着て、俺は部屋を後にした。

「……お待たせ」

 声に微かな緊張が宿っている事を自覚しつつ、宿の外で待っていたミーアとアネモーの前に立つ。

 すると二人は少し驚いたような表情を浮かべて――

「なに?」

「や、なんていうか、やっぱり似合ってるなって。わたしたちの眼に狂いはなかったですね。それをレニさんもついに受け入れたんだと思うと、なんか嬉しいかも」

 弾むような声と共に、アネモーが笑う。

 ミーアも、そうですね、と淡い微笑を浮かべていた。

「まあ、せっかくのお祭りだしね……」

 早くも後悔を覚えながらも、なんとか苦笑いを返す。

 俺は今、以前二人に見繕ってもらった衣装を身に纏っているわけだが、二度目となるスカートの感覚は、相変わらずとんでもない不安を孕んでいた。合わせた靴の履き心地もなかなかに悪い。

 出発前に「お祭りがあるからお洒落な服も用意しておいてくださいね」というアネモーの要望に応えて一応持参だけはしてきたのだが、正直この格好をするつもりはなかったのだ。

 本当、そんな酔狂な事をするつもりは、これっぽっちもなかったんだけど……

「……そんな事より早く行かない? 始まる時間だと昇降機が莫迦みたいに混むんでしょう?」

「あ、そうだった。ではでは、お祭り会場である地上に向かって出発しましょうか!」

 嫌がる話題を長引かせないのもアネモーの美点だと思う。彼女はあっさりとそちらに舵をきって、足早に歩き出した。

 五分ほど行列に参加してから、エレベーターに乗って地上に出る。

 夕暮れ時。あと十分くらいで夜になる頃合いだった。

 今日の星の名前はなんだったっけ? ……いや、別にそんな事を気にする必要もないか。

「うはぁ、もうこんなに混んでるんだ。毎年人が増えてる印象なんですよね、このお祭りって。トルフィネも少しは見習えばいいのになぁ」

「そういえば、トルフィネにもなにかお祭りの類があったりするのですか?」

 アネモーの呟きを前に、ミーアが訪ねた。

「あるよー、結構いっぱいある。でも、多分その殆どに関わる事は出来ないと思うな。わたしもだけど」

「それは何故でしょうか?」

「第一に余所者だから。次に、それが問題なかったとしても、基本的にどれも参加できる条件が厳しいからかな。あとは、そもそも参加したいと思うような祭りがないからっていうのもあるけど。……なんていうか、奇祭が多いんだよね。トルフィネって。そこらへんで取ってきた木の棒で身体が真っ赤に晴れ上がるまで叩きあう祭りとか、一日中お金を天井に向かって放り投げ続ける祭りとか、街で点けた火をもったまま街を出て、外壁を何週もする祭りとか。悪い意味で儀式的で、そのくせ魔力は一切使わないから儀式ですらなくて」

「たしかに、それは参加したいとは思えないですね。どういった方々が行っているのですか?」

「最初のは下地区の一部で、次が商人組合のどこかの一派で、最後のは騎士団の下っ端限定とかだったかな。その人たち曰く、妙な結束力が生まれるみたいだよ。元々は連帯責任的なところから発生したものみたいだけど」

「なるほど。つまり負の連鎖ということですか。自分たちだけが味わうのは不公平だから続けようという腐った発想。まさに害悪ですね」

 冷めたトーンでミーアは言った。

 まるで、そういう連中に心底うんざりしているかのような表情である。

「ほんと、そうだよね。……でもさ、その、なんていうか、続いているものを終わらせるのは勇気がいる事でもあるから。わたしは、仕方がないのかなって思ってたり……」

 たはは、とそんな自分を嗤うように、アネモーはどこか卑屈な笑みを浮かべた。

 その視線の先には、ふらふらと視線を彷徨わせながらこちらに向かって歩いてくるドールマンさんの姿がある。

「……あのさ、玉砕って愚かな事だと思う? 叶わないって判っててもそれが欲しいって、やっぱり莫迦なのかな。夢って、いつまで見ていてもいいんだろう」

「アネモーさん……?」

 言葉の意味を呑み込めなかったらしいミーアが、間の抜けた声を漏らした。

 この辺りは色恋沙汰に疎い、彼女らしいのかもしれない。

「ごめん、聞き流して。わたしが告白するかどうか悩んでるって、それだけの話だからさ」

 今ので相談できない相手だと判断したのか、アネモーは淡い笑みを取り繕った。

 本当に、それだけって言葉のままにどうでもいい内容だったのなら、そもそもそんな事は口にしていないだろうに。

「もしかして、ここの友達がきっかけ?」

 二日前の事を思い出して、俺は訪ねた。

「……うん、その子が告白するって言ってて。あの子も凄く長くて、望み薄で、でも諦められなくて、わたしもいい機会なのかなって」

 はっきりと決意したわけではないが、その出来事によってかなり揺れているといった感じだろうか。

 背中を押せば彼女は告白するかもしれないし、考え直せといえば様子見を続けるかもしれない。ただ、どちらをとっても彼女にとっては後悔が待っている選択になるだろう。

 儘ならない感情だ。

 俺にとってはたかが恋愛だけど、彼女にとってはある意味人生の岐路でもあるのだから、それも当然なのかもしれないが……仮に俺が彼女の立場だったら、どうするだろう?

 大切な誰かとの関係性が壊れる事を覚悟してまで気持ちを打ち明けるなんて、普通に考えればありえないけれど、積りに積もった想いは人を愚行に走らせる。

 それは恋も憎悪も、或いは未練というものだって一緒だろう。そういう類はみんな、合理性から外れたところで回っている。

 ここで彼女にどう答えようか迷っている、この気持ちだってそうだ。

 何も言わないのが一番、後々に面倒がないって判っているのに、俺は今何か彼女の助けになる言葉を返したいと思ってしまっている。

 善意ではない。ただの独りよがりだ。それが判っていても、そうしたい。

 だが、迷っている間にも時間は過ぎるもので、

「……それじゃあ、わたし、もう行きますね。二人とも、また後で!」

 結局なにも言えないまま、アネモーはドールマンさんの元へと小走りで行ってしまった。

 その後ろ姿に安堵と後悔の両方を覚えながら、俺は短く息を吐く。

「告白って、やはりドールマンさんにという事でしょうか? それともコーエンさんなのでしょうか?」

 ……ミーアは本当に、こういう事に疎い。

 それは女子としてはどうなんだろうと思わなくもないが、むしろそれくらい鈍感な方が躊躇のない選択が取れるのかもと思うと、少し羨ましくあった。

 ひねくれた感想である。そこにはミーアへの勝手な失望と、苛立ちが含まれていた。まったくもって嫌な精神状態だ。……頑張って、このお祭りを楽しもうと思っているっていうのに、果たして上手く出来るんだろうか?

 そんな不安が胸を締め付けてきた時、大きな音が上空で鳴り響いた。

 見上げると、そこには大輪の花が咲いていた。色とりどりの美しい花火。

 俺の知るものとは違って、弾けたあとも自由に色と形を変えて、それは空を彩っていく。

 綺麗な光景だ。魅入る人も多かったんだろう。その一人が、空を見上げながら歩いていた所為か、側面からぶつかってきた。

 こっちはこっちで周囲よりも内側に意識が傾いていた所為かまったく気づいていなくて、挙句慣れない靴の所為で大きくよろめいてしまう。

 それを支えるように、ミーアの手が俺の右手を掴んだ。

「そろそろ、私たちも行きましょうか?」

「……あぁ、うん、そうだね」

 姿勢は取り戻したし、その手はもう放しても良かった筈なのに、彼女はそのまま歩き出す。

 思いのほか、強い力。

 だからだろうか、自分から解く気にはなれなくて……俺も少しだけ力を込めて握り返し、手を繋いだまま祭りの夜に繰り出すことになった。

 想像していた通り肌寒い夜風の中、彼女の手のぬくもりはじんと熱くて、どうしてだろう、それが酷く寂しかった。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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