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03

 また後で、という言葉が実行されないまま前日を迎えてしまった。

 さすがにこのまま相手が来るのをじっと待つというのもあれなので、午後にでも冒険者組合に寄ろうと心に決めつつ、俺は今図書館に足を運んでいた。

 レフレリという都市がどういう場所なのか、そこに行くにはどういった準備が必要なのか、そのあたりを調べておきたかったからだ。まあ、後者に関してはドールマンさんたちが用意してくれるとは思うんだけど、念のためである。

「おはようございます」

 受付にいる司書の人に挨拶を交わしつつ、入館料を払う。

 眼鏡をかけた細目の彼女は、それを受け取りながら穏やかな笑顔を返してきて、

「あぁ、おはようございます。今日は早いんですね」

「そうですね、明日からしばらく長丁場の仕事があるので、その前に色々と読んでおこうかと思って。なにか、おすすめとかはありますか?」

「統計的にみれば、最近は星に関する本が流行っているようですね。特にそれを題材にした冒険小説を入荷して欲しいという要望が多くあります。まあ、個人的にはそれよりも星の変化を題材にした専門書が非常に興味深いのですが、こちらは専門用語が多いのでお奨めしにくいんですよね」 

「たしか、星の本って四階でしたっけ?」

「はい、四階の左奥です。専門書はその一番上の棚にありますね。鈍器になれる大きさなので、すぐに判ると思いますよ」

「鈍器、ですか? それはずいぶんと物騒な代物ですね。ありがとう」

 明るい口調でそう返して、俺は階段の方に向かう事にした。

 朝方ということもあって、利用している人はあまりいない。これは好都合といえるだろう。

 ということで、仕事に関するリサーチより先に、俺は教育関係の本が揃えられている階に向かい、そこで、この世界の女性の生理について調べる事にする。

「……」

 俺がレニ・ソルクラウの身体になって、大体二ヶ月。今のところそれを示すような明確な変化は、この身体には起きていない。それもあって、今まで特に情報収集をする事もなかったわけだが、外で長期的な活動をする以上、知らない判らないで問題が起きてしまったら取り返しがつかないのだ。だから、二日前の精神的不安定はむしろいい機会だったともいえるわけだけど…………うん、本当に調べてよかった。おかげで、いくつかの不安が解消された。

 その中でも特に大きかったのは、この世界の女性は魔力を用いた技法によって生理をコントロールできるという点だろうか。

 書物には『子宮を寝かせる』という表現が使われていて、特に貴族の間では必須項目といってもいい技術のようだった。

 そもそも子供を生むという行為を、基本的には一度のみ、さらに吟味に吟味を重ね慎重に行う貴族にとっては、それが必要な時期というものは物凄く限られているわけで、それによって生じてしまう支障は排除されて然るべきものだったということなんだろう。

 まあ、それだけが目的ではなくて、子宮の鮮度を保つという意味合いもあったようだけど、なんにしたって俺にとって重要なのは前者だけだ。

 そしてレニ・ソルクラウはおそらく貴族だったので、子宮を起こすという行為をしない限りは、生理という男にはよく分らないサイクルが発生する事もない。つまり、二日前の状態は偶々だったという事である。

「……起こす方法は、いらないな」

 途中で本を閉じて、それを棚に戻す。

 寄り道はこれで終わり。

 俺は清々しい気分で階段を上り、レフレリ関連の本を探しだし、集めたそれらを長机の上に置いて、ゆっくりと消化していく。

 先程と違って、半分趣味も混じった愉しい読書だった。

 それを経て手にした情報を要約すると、まず両都市間の距離はかなり遠いという事。次に、凄まじく回り道をする必要があるという事。あとレフレリでは冒険者が強い影響力をもっていて、近日それを象徴する祭りがあるといったところだろうか。

 というか、都市についての情報はかなり多いんだけど、そこに到る道について書かれている本は殆どない。トルフィネとは転移門で繋がっているから、それを行う必要がないというのが理由なのかもしれないけど、それがちょっとだけ引っ掛かった。(ちなみに両都市の転移門だけど、三か月に一度しか開かれないうえに、個人が移動に使う場合は最低で百万リラも要求されるらしく、利用できる人はかなり限られる)

 ともあれ、必要最低限の情報は仕入れたとみていいだろう。

 俺は懐中時計を取り出して時刻を確認し、まだちょっと時間がありそうだということで、星に纏わる本でも一冊読んでみる事にした。

 そうして再び違う階に足を運んだところで、思わぬ人物と遭遇する。

「コーエンさん」

「……あ、あぁ、ソルクラウさんか」

 階段の傍の席にこしかけていたザラー・コーエンさんは、呼び掛けに応じるように顔をあげて、少しだけ表情を強張らせた。

 ただし、拒絶というほど強い反応ではない。突然声を掛けられて少し驚いたといった感じだろうか。

「ここはよく利用されるんですか?」

 それを確かめる意味合いも込みで、俺は訪ねた。

「まあ、ほどほどに……」

 視線をこちらから逸らしつつ、コーエンさんは言う。その声が少し上擦っていたのを、見逃す事は出来なかった。

 彼自身もその事に気付いたのか、少しだけ頬が赤くなる。……そこで、思えば彼と二人きりで話すのはこれが初めてだという事実に思い当った。

 意外といっていいのか判らないけど、どうやらコーエンさんは人見知りの傾向にあるようだ。或いは、レニ・ソルクラウの美貌に気圧されての事なのかもしれないが。

「というか、敬語はいい、です。貴女の方が年上だろうし。僕も、あんまり得意じゃないので」

 躊躇いがちに、女性相手には少し危険な言葉を並べつつ、コーエンさんは視線をこちらに戻した。

「そうは見えないけど……うん、判った」

 頷きつつ、対面の席の背もたれに右手を置いて、俺は訪ねる。

「座っても大丈夫?」

「ここは公共の場だし、許可は別に要らないと思うけど――」言葉の途中でコーエンさんの表情が苦々しいものに変わる。「まさか、グゥーエの奴、まだ説明してないとか?」 

「まあ、そんなところかな」

 椅子に腰を下ろしながら苦笑気味にそう返すと、コーエンさんは軽く舌打ちをついて、

「昨日のうちに済ませておけって、あれだけ言ったのに! ――あ、その、申し訳ない。あとできつく言っておくから」

 途中で、大きな声を出してしまった事を恥じるように俯き、ぼそぼそとした口調でそう言って、視線を左右に数度ほど泳がせてから、ゆっくりと顔をあげた。

「それで、ええと、なにから話せばいいのか……そうだな、とりあえず必要なものとかはこちらで揃えるので、そのあたりは大丈夫で。あとは報酬に関してと、そちらに求める役割について、それと移動の流れとかも話しておいた方が良いのか」

「報酬に関しては今すぐじゃなくても大丈夫かな。そちらの事は信用しているしね。だから、残りの二つについて教えてもらえる?」

「わかった」

 頷き、コーエンさんはこちらの求めた情報に丁寧に答えてくれた。

「……他に、何か聞きたい事はあるか?」

「今のところはないかな。ありがとう」

「い、いや、別に礼なんていい。こちらの落ち度だし……」

 と、そこで彼の視線が俺の左腕で固定された。

 初対面ならいざ知らず、今そこを注視するのは何故なのか?

 その疑問を口にする前に、コーエンさんは躊躇いがちに言った。

「あー、それと、今思い出した事だけど、義手は用意しておいた方がいいと思う。レフレリだと、その、四肢が欠けた人は罪人だって認識されて、面倒になりやすいんだ。貴族だけが対象で、そもそもその手の貴族が表に出てくることがないトルフィネとは違って、向こうは法を破った冒険者にそういう罰則が適応されるから、問題を起こした人間がまた問題を起こす状況が起きやすいというか、その所為で風当たりが強いというか、そんな感じだから」

「へぇ、そうなんだ……」

 本には載っていなかったと思うけど、もちろん彼が嘘をつく理由もないだろう。つまりは、読み込みが足りなかったという事だ。

 二、三日でも本を借りる事が出来れば、こういう不足も減らせるんだけど……まあ、向こうにあった当たり前をここで求めても仕方がない。

「わかった。出来るだけ自然に見えるものを用意しておくね」

 そう応えて、俺は席を立った。

「それじゃあ、また明日」


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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