03
レフレリの地下街を三人でゆっくり歩く。
昼前という事もあってか、行き交う人の数は多い。その中でも特に、剣や斧、槍などの武器を携えた冒険者の姿がよく目についた。
柊さんにとっては、まさにファンタジーな光景だからだろう。好奇心と不安に振り回されるように、視線がきょろきょろと動いている。
「武器が珍しいみたいだが、一体どういうところなんだろうな? この嬢ちゃんのいた世界ってのは」
最も強い興味の対象がそれだとすぐに気付いたドールマンさんが、前を向いたまま零した。
「争いがない世界とか?」
真実を告白するつもりはないが、聞き流すのも変だろうと適当な言葉を返してみる。
するとドールマンさんは、愉しげな表情を浮かべて。
「いやいや、そんな世界ありえないだろう? じゃあなに喰って生きてんだって話になるぞ?」
「それは、野菜とかじゃないですか? 有り余るほどの土地をもっていれば不可能ではないだろうし」
「なるほど、たしかにそれだけで賄えるなら狩りも必要ないか。人口制限を完璧にすれば、過不足なく回りそうでもある。……けど、それでも争いがない世界なんてのは、存在しないと思うがな」
「その根拠は?」
「欲望あってこその人間だからさ。この嬢ちゃんも、俺たちと同じに見えるしな」
「それなら、人間を管理する存在がいるとか」
「いわゆる神ってやつか? だが、そんなもんが人間の為になった事なんてないだろう? 争いを忘れるほど関係が続くとは思えないがな」
和やだった雰囲気を一変させる、怒気すら孕んだ不機嫌な声。
暇潰しの連想ゲームから急に無視できない話題にシフトした事も相まって、身体が少し緊張で強張る。
……前々から、不思議に思っていた事ではあるのだが、この国には宗教というものが根付いていない。魔法があり、神として崇められそうなものが山ほど存在しているにもかかわらず、それを利用する流れがまったくと言っていいほど出来ていないのだ。法的に宗教活動が禁じられているわけでもないのに、誰も着手していない。それは何故なのか?
彼の反応は、本などには一切載っていなかった、その答えの一つを提示しているようでもあって……
「……ドールマンさんは、神様に会った事があるんですか?」
「あるわけないだろう? 会いたいとも思わないがな。どうせ、ろくなもんじゃないだろうし」
やはり、強い嫌悪がそこには滲んでいた。
だが額面通りに言葉を受け取るなら、そこに明確な理由はないのだ。それはなんというか、ドールマンさんらしくない気がする。
もちろん、実は神に纏わる事で苦い経験があるとか、そういう背景があるのかもしれないけど……もし、この違和感が彼だけでなく他の多くの人にも当て嵌まっているのだとしたら、そこには何者かの力が働いているような気がしてならない。……というのは、さすがに発想が飛躍しすぎているのかもしれないが、神という言葉を聞くと、どうしてもあの聲の主がちらついてしまって、色々と考えずにはいられなかったのだ。
この国で、そういう事を黒陽リフィルディールは行っているのではないか。そうだとしたら、なんのために行っているのか。彼女の最終的な目的はどこにあるのか。そして、自分はそれにどの程度関与させられようとしているのか……。
「――遅いわ! 遅い!」
不意に前方から届けられた声に視線を向けると、腰に両手をおいて仁王立ちするアカイアネさんの姿があった。
待ちくたびれたので宿まで迎えに行こうとしたら、こうして途中で出くわした、といったところだろう。
今日は軍服みたいな衣装ではなく、フェミニンな格好をしている。ネイルまでばっちり決めているところを見るに、結構気合が入っていそうだ。
そんな彼女に食い下がれば、今この胸にある居心地の悪さも少しは……なんて考えが過ぎったけれど、詳しくは知らないと当人が言っていたので収穫は乏しそうだし、なによりそれは別に今日でなくてもいいだろう。
最初に掲げたテーマを大事に、重ためな問題は明日以降に取り扱う事にして、俺はアカイアネさんに声を掛けた。
「今日はお一人なんですか?」
「ええ、報告には一切必要ないから置いてきたわ。そんな事より、早く来て。今日の予定はもう遊びで埋まりきっているから、一分も無駄にはしたくないの」
そう言って、アカイアネさんは柊さんの手を掴んで歩き出す。
この様子だと、報告はさくさくと片付きそうだ。
それがこちらにも適応される事を期待しつつ、俺たちは冒険者組合に足を踏み入れる事にした。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




