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06

(……あの魔物、相当に厄介だ)

 もしかしたら当てられないかもしれない、という不安をアネモーが抱いた直後、グギャ! という不快な呻き声と共に、レニの身体が空を舞っていた。

 魔物を踏み台に、自分の矢を躱した奴を倒しに行くつもりなのだ。

 四枚の翼をもった一本足の魔物を。

 五メートルの全長とほぼ同じ長さの、左右に揺れる三つの鼻の、九つ穴から真っ赤な液体を飛ばして、この階に無差別攻撃を始めた現状最大の脅威を。

(――っ、なにこれ、最悪の小雨じゃない!?)

 数滴の血に触れた魔物の死体が、ぶくぶくと泡を発生させながら凄まじい勢いで溶けていく。

 さらに、溶けた部分からも明らかに毒だと思われるような紫色の霧まで発生させて、まだ生きている魔物たちに絶叫を強要させていた。

 そしてそんな魔物たちが、ゆっくりと溶けながらこちらに襲い掛かってくるのである。

 まさに、悪夢のような光景だった。

「……心配するな、こっちの魔法が効く。今のところはだがな」

 傍らのグゥーエが大剣の刃先に乗せた掌を擦って溢れさせた鮮血を、円を描くようにばら撒いて、膜を張るように簡易な結界を構築する。

 彼の魔法は一言で表せば機能不全。対象の魔力の効果を阻害するものだ。

 それは魔物相手にも十二分に有効であり、この毒性も著しく減退させてくれる。だが、完全な無効化とまではいかないし、長時間機能するものでもない。

「余所見するな。レニが掴める好機も多分一度きりだ。もう足場が殆どないからな」

 近付く魔物を切り裂きながら、グゥーエが静かな声で言う。

 事実、レニは三体の踏み台を使って確実に距離を詰めていたが、その周囲には殆ど翼種の姿が見当たらなかった。それに、当然のように標的も警戒して距離を取ろうとしているし、狡猾な事に近場の小物を意識的に処理し始めてもいた。

 下手をすると一度のチャンスすら怪しい状況。そんな中で、グゥーエが問う。

「次は当てられそうか?」

「……ごめん、わからない」

 アネモーは素直な認識を口にする。

 翼が四枚である理由なんだろうけど、標的は普通じゃ考えられないような軌道変化を可能にしていた。ただでさえ速い上にそれなのだ。どう都合よく考えても「問題なく射抜ける」だなんて嘯くことはできない。

「なら、レニが斬りやすい状況を作るんだ。敵の動きを制限しろ。一手じゃ無理でも、二手、三手あれば、お前ならやれるだろう? 狩りが得意なお前ならさ」

「……そりゃあ、まあ、一撃で仕留めるよりは簡単だけどね」

 実際のところはそれもかなり難しくて、まだ可能性があるという程度でしかなかったが、こんな状況だ。勝算があるだけでも十分だろう。

 大体、ここは自分の得意分野なのだ。ここで臆して、どこで胸を張れるというのか。

 自分が弱い事をよく知っているアネモーは、だからこそ数少ない自身の強みに対してだけは強気でいたかったし、誰にも負けたくないというプライドを持っていた。

(自前の矢はあと三本)

 レニのおかげで、この三本を残せていたのはかなり大きい。精密な射撃ができる。

(……でも、どうやって動きを制限させる?)

 初手が大事なのは間違いない。そこで大きく相手を動かせなければ、次にも期待できないからだ。

 こちらに意識が向いている状況でも難しいから、レニがアクションを起こしたタイミングが最適だろうか。幸い、彼女の移動ルートはかなり限られているので、こちらからでも読みやすいし、合わせるのはそう難しくない。

 問題は、レニの方がこちらの意図に上手く乗れるかだが……

(……そっちも、きっと大丈夫だよね)

 多分このやりとりも聞こえているだろうし、信じる事に分の悪さは感じない。

 なら、信じるだけだ。彼女が自分の弓の腕を信じてくれたように。

「……」

 アネモーは息を止め、四枚の翼をもった魔物だけの全ての神経を集中させて、全てを委ねるように残りの魔力全てをこの三発につぎ込むことを決めて、弓の弦を引き絞った。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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