02
玄関の方で音がしたので視線を向けたら、事故現場にでも遭遇したみたいな反応をしていたミーアがいた。
その時点では、可笑しな勘違いをしているとは夢にも思っていなかった。
というか、そんな空気がどこにあったのかと問い詰めたいくらいに、ドールマンさんの強引さに俺は引いていたのだ。まあ別に、下心の類を感じたわけでもないので、手で振り払ったりはしなかったが、やっぱり男相手でこの距離はきつい。
だから、出来ればミーアには助け船を出してほしかったところなんだけど、その期待は見事に裏切られたわけである。
「……それで、もう一度訊くけど、ミーアは一体どういう勘違いをしてたの?」
俺は顔を真っ赤にしている彼女に向かって、再度訪ねた。
ちょっとした腹いせだ。自分でも大人げないと思うし、普段なら適当に流す事なんだろうけど、どうしてか今はそれが上手く出来なかった。不思議なくらいに、苛立ちが滲んでいたからだ。
「まあまあ、そう苛めてやるなよ。間違いなんて誰でもするもんだろう?」
他人事のようにドールマンさんが言う。
一番の原因が誰なのかわかっているのかと本気で抗議したい気分だったが、この話題を引っ張ってもどうせ自己嫌悪しか得られないだろうし、と俺は深呼吸を一つでなんとか冷静さを取り戻して、
「レフレリでの仕事、でしたよね?」
「あぁ、正確にはその付近で発見された廃都市での仕事だがな。そこを調査する学者先生の護衛ってやつだ」
「期間は十日から一週間(十四日)との事でしたが、それ以上伸びる可能性はありますか?」
「ないとは言い切れないな」
「つまり、それだけ危険ということですよね?」
「あぁ、だからこそ、こうして頼みに来たわけだ。あんたらは優秀だからな」
そう言って、ドールマンさんは快活にわらった。
この人にそう評価してもらえるのは嬉しいけれど、でもちょっと引っ掛かる部分もあって、
「……まだ聞いてなかったですけど、他は誰に頼んでたんですか?」
と、俺は訪ねた。
すると彼は若干困ったような顔をしてから、
「リッセと、ヴァネッサと、あとはクルジスと、オーウェ爺さんあたりだな」
「それ、交渉する相手間違えてませんか?」
クルジスという人の事は知らないが、リッセとヴァネッサさんは組織を仕切っている人間で、オーウェさんは主人を守る執事なのだ。普通に考えれば、立場というものがそれを許さない。
「けどあいつらも優秀だろう? もちろん、望み薄なのは判ってたんだけどさ。言うだけならタダだし、それで良い事もあったしな」
「良い事ですか?」
「あぁ、リッセの奴が祭りの日までに酒を買っておけって仕事をくれたんだよ。これがかなりの報酬でな。まあ、なんかザラーには怒られたんだけど……それはそうと、話を戻すが、どうだ、引き受けてくれないか? 貴重な体験ができる事と、報酬の良さは約束するぞ?」
「そう、ですね……」
正直なところ、話の内容に興味はあった。
廃都市とやらに向かう前にレフレリにも足を運ぶみたいだから、別の都市を知る機会もありそうだし、外で魔物を狩るという仕事をしている身としては、それほどリスクに差があるようにも思えなかったからだ。それに、ドールマンさんには色々とお世話にもなっている。
ただ、長期間拘束される事を考えると、簡単に頷くわけにもいかない。
そこが悩むところではあったんだけど。
「ミーアはどうだ? あんただって興味あるんじゃないか?」
「私も、対象になっているのですか?」
突然話を振られた彼女が困惑を滲ませる。
「それはもちろん。回復要員がいるといないじゃ、出来る事の幅が違うからな」
「ですが、私には騎士団での仕事がありますから」
「その点は問題ない。依頼主はルーゼ本国だからな。話は簡単に通せる」
断る理由に対する切り返しは、初めから用意していたんだろう。ドールマンさんは涼しい顔でそう言った。
「……そういえば、ここでも騎士は国家の管轄でしたね」
口元に手を当てて呟つつ、ミーアはちらりとこちらを見た。
なにかを探るような、不安そうな眼差し。
どうにも先程の腹いせが早速響いた感じである。……後悔するのが判っていて後悔するっていうのは、なんというか、本当に莫迦な話だけど……まあ、済んでしまった事を気にしても仕方がない。
そう言い聞かせながら、俺はミーアの返答を待って、
「レニさまが問題ないのであれば、私はどちらでも」
ある意味、予想通りの答えを聞くことになった。
本当のところは乗り気なのかそうじゃないのか、この辺りはやっぱりまだわからない。
それが酷くモヤモヤするというかムカムカするというか……どうも、今日は精神的に安定していない気がする。朝からそうだったのだ。
体調が悪いという事もない筈なんだけど……
「冒険は楽しいぞ? まして失われた都市を探るなんてワクワクするだろう? 男ならこういう冒険に憧れないはずがないよな?」
こちらの表情を見て旗色が悪くなったと感じたのか、少し焦ったようにドールマンさんが畳み掛けてきた。
ただし、それは完全に逆効果だ。
「……私たちは、女なんですけどね」
脳裏にちらつく不安を抱えながら、俺は言う。
それを、どう受け取ったのかは知らないけど、
「男も女もそう大差はないさ! せいぜい硬いか柔らかいくらいの違いだろう?」
と、ドールマンさんはあっけらかんとした口調でそう言って、俺の肩をぽんぽんと二回ほど叩いた。
その適当さに呆れたというか、気が抜けてしまったというか……まあ、どのみちミーアが問題ないと言った以上、拒む理由はもうないわけだし、了承をするにはここがいいタイミングだろう。
「……判りました。それで、出発はいつなんですか?」
「三日後だ。いやぁ、本当助かる。最悪、この指名依頼を断らないといけない可能性もあったからな。じゃあ、俺は依頼を引き受けられそうだって報告してくるから、詳しい話はまた後で!」
かなりギリギリだったのか、ドールマンさんは軽く手を挙げて、急ぎ足で部屋を出て行ってしまった。
そうして、二人きりになる、
ここでの無言はよろしくない。気まずい空気が再発してしまう。だから、俺はそれを嫌うように、少し慌てて口を開いた。
「昼は、どうしようか? 外で食べる?」
料理をしてもよかったんだけど、失敗した時の雰囲気を考えると今は外食の方が安全だという判断だ。
それは、多分ミーアも同じだったんだと思う。彼女は少しだけ安堵するように表情を和らげて、
「はい」
と、頷いた。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。