04
「燃えて死にな!」
ナアレの事が気になって直前まで色々と集中できないでいたユミルだが、戦いが始まればそんな事も言ってられない。
近付いてくる敵を殴りつけ燃やし、その炎をもって焼き切った肉を蹴飛ばして遠目の敵にも攻撃を仕掛け、彼女は自身の価値を見せつけていく。
もっとも、その勇姿を今見ている者は自分以外にはいなかったわけだが、戦果を挙げて行けばすぐにでも伝わる事だろう。ナアレ・アカイアネに選ばれた自分の、本当の凄さが。
(……くそ!)
開戦から一分くらいの間、ユミルはそんな事を思っていた。先程の落ち度を、そうやって雪ごうとしていたのだ。
だが現実は真逆で、見せつけられたのはユミルの方だった。
レニ・ソルクラウという女の攻撃性。たった一振りで十数体の魔物を屠り、ナアレと同等以上だと感じる速度で戦場を駆けて、手間取る事もなく大型の魔物を始末していく様は、まさに圧倒的だった。
その連れの女であるミーア・ルノーウェルもまた、乏しいと感じていた魔力からは想像出来ないような洗練された動きをもって、小型の魔物を的確に仕留めていっていて、そこには芸術性すら感じさせるものがあった。
でも、なにより驚かされたのは、アネモーの活躍だ。
身体能力に乏しく、判断だって下手で、色々と打たれ弱い。そんな奴が、ただ一点の強みを最大限に生かして、この戦場では一番大きな戦果を挙げていた。
仕留めた魔物の数だけならレニなんだろうが、遠距離から攻撃をしかけようとする大型の魔物を先に仕留めるというのは、間違いなくこちらの優勢を決定づける要因だ。そういう意味では、ザラーの功績も大きいと言えた。
(それに比べて、あたしは……!)
凡百の活躍だ。埋もれてしまうだけの戦いだ。ガフの方がまだ敵を倒している。この中で一番のお荷物感。その事実が気分を沈めて、集中力を削っていく。普段なら、ナアレがそれを窘めるのだが、今ここに彼女はいない。故に歯止めもなく、当然のように動きの質まで落ちていく。
その先にある結果は明白で、魔物に対応できなくなり、じわじわと窮地に追いやられ、その無様さを刻みつけるかのように鋭い爪の餌食となり、右肩から鮮血を噴く羽目になった。
「――っ、この!」
怒りで側面から仕掛けてきた敵を睨みつけるが、その所為で今の今まで対峙していた魔物への警戒が抜け落ちる。
致命的な隙だ。
だが、それが本当の意味で致命傷になる事はなかった。
ユミルが隙を晒した直後、襲い掛かろうとしたその魔物の後頭部に深々とナイフが突き刺さっていたからだ。
「貴女たちも、二人一組で戦ってください。でなければ対処できない」
微かに苛立ちを滲ませた声で、それを行ったミーアが言った。
ただ、助けられた事にも気付かなかったユミルは、そこに込められた侮蔑にだけ反応する。
(――こいつ、ちょっと戦いが上手いからってだけで!)
「おい、上だ!」
ミーアを睨みつけていたユミルに、ガフの声がとんだ。
身内の言葉という事もあり素直に反応すると、頭上から翼をもった魔物が強襲を仕掛けてきていた。――言うのが遅い。かなりの近距離。
「っざけんな!」
悪態をつきながら、無理矢理身体をのけぞらせて爪を躱す。
そうして姿勢が崩れたところに、槍のような尻尾が迫っていた。
回避不可能な一撃に、ユミルは思わず目を瞑るが、
「おい、ぼけっとすんなよ! 死んじまうぞ!」
金属同士が衝突したような甲高い音と共に、ガフの声が響いた。
間に割って入ったガフの硬質化された肉体が、尻尾の一撃を防いだのだ。ガフはそのまま尻尾を掴み、魔物を力一杯にぶん投げる。
「う、うるさい! あたしに指図するな!」
羞恥と怒りに顔を染めながら、ユミルは足元にあった瓦礫を掴み、そこに炎の魔法をこめて、八つ当たりに近い気持ちで適当な魔物に投げつける。
しかし、コントロールに欠けた投擲は躱すという負荷すら魔物に与える事はなかった。
ますます苛立ちが募る。それに拍車をかけるように、一向に離れる様子のないガフ。
「……なんで、傍に居んのよ?」
「ん? だって二人一組って言ってただろ」
「あんな奴の指示に従う理由なんてないだろ! あたしの邪魔すんな!」
強く吐き捨てながら、ユミルは地を蹴った。
こうなったら大物を倒して、それがいかに不要な事を示してやる。……愚かしいほどに、自分の事だけだった。
まったくもって、今の状況が判っていないのだ。
いざとなればナアレが颯爽とこの場に駆けつけて事態を解決してくれる、と悪い意味で全幅の信頼を置いていたから。
「化物が、死ね!」
右足に渾身の魔力を込めて、ユミルは中空にいる翼種に向かって跳躍する。
だが、突如地面から生えてきた真っ黒な壁によって進路を塞がれて、接近は不発に終わってしまった。
「――ぐぅ、なんなんだよ、一体!」
盛大に顔からぶつけた所為で溢れた鼻血に、悉く上手くいかない現実が合間って泣きそうになったところで、壁が消える。
その直後、狙っていた魔物の胴体に風穴があき、余波によって周囲の小型がズタズタに切り裂かれる光景がユミルの視界に入ってきた。
もし壁に塞がれていなかったら、ユミル自身も巻き込まれていたであろうタイミング。
「レニさん!?」
驚いたようなアネモーの声が鼓膜を叩く。
視線を向けると、レニの背中が血で染まっていた。魔物の爪を受けたのだ。
「矢はあと何本ある?」
痛みがないわけでもないだろうに、けれどレニはなんの問題もないといわんばかりの淡々とした表情と声で訪ねた。
「あ、あと三本だよ」
「そう……」
短く息を吐きながら、レニは左手に漆黒の矢を十本ほど具現化して、その束をアネモーに向かって放り投げる。と同時に、迫ってきていた一体を右手の剣で薙ぎ払った。
「大雑把な模倣だけど、使えそう?」
「……矢自体には魔力を込められないかもだけど、うん、周りを包むようにすれば大丈夫」
「良かった。これで、第二波もなんとかなりそうかな」
小さく微笑んで、レニは空から飛来しようとしていた一体を、具現化した塔の如き長大たる剣をもって串刺しにした。
今ので大型はあらかた片付き、残る小物もミーアの手によって迅速に処理されていく。
だが、レニが言った通りこれは第一波だ。遠方より次の群れは迫ってきていたし、さらに下層階の魔物たちも近づいてきている。
だというのに、まだナアレは来ない。
その所為で、ありえない可能性を考えてしまう。もしかしたら、本当にヤバい状況なんじゃないのかという現実にようやくたどり着く。
そんな彼女に追い打ちをかけるように、
「レニさま、少しの間、ヘリの結界を解いてもらえますか?」
と、ミーアが硬い声でそう言った。
「もしかして、どこか痛めたの?」
「いえ、邪魔な者の処置を、今のうちにしておいた方がいいと思いまして」
言葉以上に冷たい視線が、ユミルに向けられる。
「いや、だけどそれは――」
「今、この場に無害未満の存在は必要ありません」
難色を示すレニに、ミーアはきっぱりと断言する。
「……おい、それ、どういう意味だよ?」
胸にムカムカする気持ちが湧きあがってくるのを感じながら、ユミルはミーアを睨みつけた。
すると彼女は微かに目を細めて、長々とため息をつき、
「自覚すらないのですか? だとしたら救いようがない。貴女の所為でレニさまは怪我をし、アネモーさんも攻撃に迷いを生む事になったんですよ。それ以上の戦果を挙げているのならいざ知らず、雑魚すら満足に処理できていない身で出しゃばって、障害以外のなんだというのですか」
「な、お、お前っ!」
ここまでズケズケと言われて、頭にこない筈がない。
ユミルは感情のままにミーアに詰め寄って、その胸倉をつかみ――瞬間、身体が一回転して背中から地面に叩きつけられた。
完全な不意打ちだったこともあり、ろくに受け身も取れず呼吸が止まる。
その苦しみに硬直している間に、ミーアの剣が喉元に突き付けられた。
「いいですか、もう一度だけ言います。ヘリの中で石のように静かにしていてください。それすら出来ないのなら、今ここで死になさい。それが貴女に出来る最大の貢献です」
見下ろす眼差しには、汚物を見るかのような嫌悪だけがある。
……逆らえば殺される。それを理解するには十分すぎるほどの圧力。
途端に、怒りよりも恐怖が勝った。
「レニさま、お願いします」
「……わかった」
ユミルの戦意が潰れたのを感じてか、レニはため息交じりにヘリを覆っていた箱を消す。
そこに、不安げなガフの声が届いた。
「なあ、オレはどうすればいいんだ? 一緒に入るのか?」
間の抜けた問いかけ。
元より、自分の意志でなにかを決定するのが苦手な奴だったけど、まさかこんな奴に自分から指示を仰ぐなんて信じられなかった。いや、それ以前に、仲間が酷い目にあっているのに、そこに怒りすら見せないなんて……。
「貴方は十分戦えています。最低限をこなせる人間を外せるほど、我々に余裕はありません。ですから、今まで通りに戦ってください」
「おう、わかった」
こっちの事なんてこれっぽっちも心配していない様子で、ガフは頷いた。
おかげで怒りが再燃してきたが、かといってミーアに反抗するだけの熱には程遠い。
ユミルは仕方なく言われた通りにヘリに向かい、事態を見守る事にした。
(……後悔すればいいんだ)
自分がいない事によって、どんな損失があるのかを思い知ればいい。
昏い感情が胸を占めていく。
それが醜いものだと、ナアレが嫌うものだと判っていても止められない。そんな自分の弱さを決定的に惨めにするみたいに、グゥーエがヘリから出てきた。……大剣を携えて。
「お前、なにしてんのよ?」
「なにって、交代だろう? もう十分休めたしな。……お前も、いざという時は頼むぞ。準備しとけよ?」
そう言ってユミルの肩を軽くたたき歩き出し、グゥーエは心配そうな視線を向けてきた者達に不敵な笑みを返す。
「小物の処理だけなら最後まで行けそうだから、俺もここから参加させてもらう。……下の奴等、思いのほか早く来そうだし、お返しもしたいからな」
お返しという言葉で、自分たちを襲ったあの恐ろしい魔物の姿が脳裏に過ぎった。
こちらに打撃だけ与えて、上手く逃げて行った恐るべき襲撃者。
(……なんで、この状況であんなのが来るってわかってて、前に出れんのよ?)
理解出来ない。
その事実が、何よりも悔しくて……
「では、アネモーさんの事をお願いします。私は遊撃に回りますので」
自分を役立たずと切って捨てたくせに、あっさりと彼の参戦は認めたミーアの存在も許せなくて、涙が滲んだ。
(ナアレさん、早く来てよ……!)
無力さを噛みしめながら、ただ願う。
だが、それが叶う事はなく、先に下からやってきたのは無数の魔物の群れだった。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




