03
「ちょっと! ナアレさんはどうしたんだよ!?」
最上階に戻って早々、ぶつけられたのはミミトミアさんの怒声だった。
ミーアやコーエンさんがいるんだから当然ではあるが、すでにここにいる人達全員が状況の悪さを理解しているようだ。
二人の教授はヘリの中に入りプロペラを回転させていたし、ミーアはいったん治療を止めて細剣を手に取っていた。
そしてコーエンさんはドールマンさんをヘリの後部座席に運ぼうとしていて、フラエリアさんは弓を手に険しい表情で外壁の先にいる敵に意識を傾けている。誰が行ったのかは知らないけれど、天井も既に開かれていて、空が一望できていた。
そんな中で、ただ狼狽えているミミトミアさんと、ぼんやり突っ立っているだけのザーナンテさんの存在は、はっきり言って不安要素でしか感じなかったが……まあ、本当の緊急時になれば頼りになってくれるんだろう。そう思う事にして、俺はヘリに視線を向ける。
この場の生命線はこのヘリだ。魔物をどれだけ排除しようと、ヘリが潰されたら逃げ道を失う。
だからなんとしても、これだけは護らないといけない。
「おい、聞いて――」
「アカイアネさんは下で魔物と戦っています。片付け次第戻るので、その間は私の指示に従えと言っていました」
適当な言葉を返しながら俺はヘリの元に向かい、柊さんの太腿を乗せている右手を使ってドアを開ける。
中を見るのは初めてだが、どうやらこのヘリはパイロット含めての八人乗りのようだ。少々人数オーバーなのが気になるが、それ以前にちゃんと飛べるのか……。
「いけそうですか?」
操縦席に腰かけていたラヴァド教授に訪ねる。
「あぁ、少し浮いた。すぐに止めたが、出力を上げ続ければ問題はなさそうだ」
「他の操作は?」
「説明書を読んで頭には入れているが、ぶっつけ本番だからな。最低限以上は期待しない方が良いだろう」
と、助手席のノーチェス教授が、その説明書らしき本に目を向けながら答える。
どう転ぶかは不明だけど、間違いなく最善は尽くそうとしてくれていることに安堵を覚えながら、俺は魔物との距離に意識を向けた。
……おおよそ、あと十キロ程度。このペースなら、五分もあれば空の魔物はここに到着するだろう。下から昇ってきているのは、三十分後くらいだろうか。どちらにしても、防衛戦は長引きそうだ。
「脱出の時まで、ヘリは私の魔法で覆います。それで魔物の攻撃は凌げると思いますが、いざという時は三人をお願いしますね」
「――四人を、だろう? 教授二人と、ザラーと、その子の四人だ」
後部座席に柊さんを降ろした俺の腕を掴んで、ドールマンさんが言った。
顔色は悪いが、苦痛の色はかなり収まっている。
「とりあえず血は止まったし、一応外側だけは治ったみたいだからな。お守りくらいはもう出来るさ」
そう言って、ドールマンさんは笑みを浮かべてみせるが……
「……仮にミーアが治療を続けた場合、どれくらいの時間で復帰できるようになりますか?」
その問いに、彼は笑みの種類を苦いものに変えた。
「すぐにでも、と言いたいが、正直厳しいだろうな。小物相手ならなんとなるが、その場合は間違いなくミーアの方が機能するし、今彼女まで戦力から外したら、おそらく凌ぎきれないだろう。まあ、この階全てをあんたの魔法で覆う事が出来るのなら、全員で引き篭るのもありなんだが……提案してこないって事は、それは難しいんだろう?」
「そうですね、さすがにそこまでの範囲は」
「どれくらいの規模ならいけるんだ?」
「抜け道までの時間も考えれば、保証できるのはヘリ周りくらいですね」
本物のレニ・ソルクラウなら、或いはドールマンさんが言った提案にも頷くことが出来るのかもしれないが、俺にやれるのはそれくらいだ。
「じゃあ無理だな。魔物との距離が近すぎた場合は、解除した瞬間に詰む。間違いなく対処できる数じゃなくなってるだろうしな。それに直接的な攻撃は防げたとしても、足場を崩されたらその時点で終わりだ。ヘリが壊される。つまり、迎え撃つしかないってわけだ。……そしてレニ、お前がこの戦いの要になる」
真っ直ぐに俺を見据えながら、ドールマンさんは言った。
それから、ポンポンと俺の肩を叩いて不敵に微笑む。
「まあ、本当にヤバくなったら魔法を一端解除して知らせてくれ。怪我した奴の応急処置の時間くらいなら、こんな身体でも稼げるだろうからな。……あぁ、それと、あの二人はちゃんと強い。割り切って使ってやれ。そうすれば問題なく役に立ってくれるさ。見込みはあるんだ。だからこそ、あの人も選んだんだろうからな」
「……わかりました。では、四人をお願いします」
彼に背中を向けて、俺はヘリを仕舞うように正方体の箱(一応酸素が入るようにいくつかの箇所に小さな穴をあけたもの)を具現化させる。
魔力の消耗はそこそこだ。維持にも多少魔力が必要になるけど、具現時に比べれば微々たるものなので、想定通り最後までは十分もってくれるだろう。
これで、あとはもう戦うだけだが……割り切って使え、か。
たしかミミトミアさんもザーナンテさんも遠近両用って話だったけど、連携が期待できない状態で下手に動かれるのはよろしくない。出来るだけ独立して動かすのが妥当だろう。その場合は遠距離戦に専念してもらう方がやりやすいか。
ただ、二人が具体的にどの程度の戦力を有しているのかは、まだはっきりとはしていない事もあり、それが正解かどうかはあまり自信がなかった。
そのあたりは様子を見ながら決めていくのが良さそうだが、そんな余裕が果たしてあるのか……まあ、グダグダ悩んでも仕方がない。やれることをやるだけだ。
そう覚悟を決めて、頭の中に長大な剣をイメージしたところで、フラエリアさんの声が届く。
「ねぇ、レニさん、そろそろ弓の射程に入りそうだけど、どうする?」
「そうだね、フラエリアさんは――」
「もうアネモーでいいですよ? その方が短いから指示する時楽だろうし。それに、わたしもソルクラウさんより、レニさんの方が呼びやすいし」
苦笑気味に、彼女は言った。
この状況で踏み込んできたことには少し驚いたけど、でもこんな状況だからこそ、背中を預けるって意味で踏み込んできたのかと思うと嬉しくもあって、少し頬が緩んだ。
「わたし、火力だけはあるから。落として欲しい奴がいたら言ってくださいね。この眼が届く範囲の奴なら、絶対に当てるから」
「……そこは、とっくに信頼してる。旅の中で何度も見せてもらったしね」
彼女は本当に外さない。
確実に、一射ごとに敵を始末してくれるだろう。
「でも、だからこそ、指示を出すのは私じゃない方が良いかもしれない。……コーエンさん、聞こえる?」
魔力を声に込めて、ヘリの中にも届くかを今のうちに確かめておく。
音の魔法というわけではなく、あくまで発した声を魔力で保護しているだけなので、効果の程は知れているけど、これくらいの距離なら上手く機能するだろうという期待を込めての行為だが……。
「あぁ、よく聞こえている。そっちの射程外の敵を狙わせればいいんだろう?」
話が早い。ありがたい限りだ。
「下手に狙いが被ると効率も悪いしね。正確な情報と併せて殲滅してくれると助かる。感知の方に問題は?」
「ない。いつも通りだ」
「……それなら、私は彼女の護衛に専念した方が良さそうですね」と、ミーアが静かな口調で言った。「その代わり、アネモーさんも攻撃だけに専念してください。おそらく、お二人がどれだけ速く敵を処理できるかが、この戦いのカギになってくると思うので」
「……」
不意打ち気味に名前を呼ばれたからだろう、フラエリ――いや、アネモーは一瞬きょとんとした表情を浮かべ、それから嬉しそうに、はにかむように微笑んだ。
「な、なんですか?」
「ううん、なんでもない。ただ、ちょっとやる気が出て来ただけ! どっしり預けるよ、わたしの命!」
背負っていた矢筒から矢を取り出して、アネモーは力強く魔力を込めていく。
……敵との距離もいよいよ迫ってきた。あと二十秒程度だろうか。
「ザーナンテさんとミミトミアさんは状況に合わせて動いてくれると助かります」
そのわずかな猶予の最後に曖昧な言葉を投げつつ、俺も自身と敵の間合いを計る事にする。
「アネモー、左に三十度、上に二十五度、五秒後だ。外壁ごと撃ち抜け!」
「了解」
コーエンさんの指示に静かに頷きながら、アネモーが弦を引き絞った。
そして、流星を思わせる閃光を放つ。
障害をものともせずに、都市の外壁に風穴を開ける暴力。それは開けた視界に移った巨大な魔物に着弾した瞬間、竜巻を発生させて周囲の敵を一掃する。
開戦の合図だ。
魔物たちの咆哮が轟き、彼等は一斉に突っ込んでくる。
その急接近に合わせて、俺は頭の中に用意していた長大たる剣を顕すと同時に、力一杯振り抜いた。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




