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02

 ……どうやら、転移装置は無事に機能したようだ。

 天井に設置されていたそれは、半径二十メートル内の全てを最上階に移す事に成功した。

 雲よりも遙か上、下手な山よりもずっと高い頂。

 心なし、気温も少し下がったような感じがする。

「ずいぶんと広いな」

 と、周囲を見渡したコーエンさんが呟いた。

 そう感じるのは、今しがた転移されたヘリ以外になにも見当たらないからだろう。そこは、がらんどうの巨大な空間となっていた。

「あれを押せば、天井が開きそうね。壊す必要はなさそうだわ」

 壁に設置されていた操作パネルに視線を向けながら、アカイアネさんが言う。

 この辺りは、まだ動力が生きているようだ。二割程度ではあるが照明もついていた。おかげでずいぶんと明るい。

「最期まで使われていた場所の一つなのでしょうね。この辺りで、生き残りは粘っていた。おそらく、今の私達のように移動の時期を見計らって。でも、ヘリではないわね。ここの仕様はそれを重点に置かれていない。つまり、ここも異世界転移を可能とする場所だった。或いは急遽そういう場所に造り変えられた。……どうかしら? ノーチェス教授。結構いい線をいっていると思うのだけど?」

「たしかに、此処には先程の場所以上に大掛かりな転移門がある。床、壁、天井の全てに張り巡らされた魔法陣がそれだろう。しかも、我々の知るものとは大きく異なる特徴をもったものだ。酷使されて壊れた形跡もある。出来うる限りの住人を転移させようとした可能性は高いな。といっても千人にも満たないだろうが」

「彼等は、無事に辿りつけたのかしら?」

 その疑問に言葉を返したのはラヴァド教授だった。

「可能性は低いな。目途が立たなかったからこそ、それは土壇場で一斉に行われたんだ。ここに集まった人間を一斉にどこかに飛ばした。その負荷で転移門は壊れた。勝算があったのなら、こんな無様な真似はしなかっただろう。……おそらく、彼等は異世界には行けていない。ここからある程度離れたどこか、或いは空の上か地中あたりに転移して、その時の衝撃か魔物に襲われて全滅している筈だ」

「まあ、確かにそれが現実的ではあるな。……だが、彼等も見捨てられた側だったとしたらどうだ?」

 顎髭をさすりながら、ノーチェス教授が言う。

「逃げ延びた者がいるとでも言うのか?」

 自分の見解に水を差されたようで気に入らなかったのか、不機嫌そうに眉を顰めながらラヴァド教授が鋭い視線を向ける。

 それを嬉しそうに受け止めながら、ノーチェス教授は口を開いた。

「転移には莫大な魔力が必要だ。特に距離が離れれば離れるほどに。そしてそこには転移する対象の質量も大きく関係してくる。つまり、異世界転移が可能だったとしても、それを実行できる相手は限られていたわけだ。だからこそ、本当にごく一部の人間だけ未来への可能性がある異世界転移を行い、それ以外が闇雲な転移を選ばされた。一見すると行けそうな気配だけを与えられて」

「そしてそれよりも身分の低いものは、隔離しやすいこの都市の性質によって、恙なく見捨てられ死に絶えた。それがこの都市の末路か。……結局、侵略が可能なほどの大規模転移にまでは漕ぎ着けなかったというわけだな。時間切れか。まあ、無くはない話だ。色々と複雑な話でもあるが」

「そんな事よりも、ヘリというものがどの程度ちゃんと動くかを確かめた方が良いと思いますが? ただ飛べばいいというわけでもないでしょうし」

 本筋を蔑ろした悠長なやりとりに苛立ちを滲ませしながら、ミーアが口を挟んだ。

 その棘のある発言の裏には、一緒にドールマンさんを抱えながら悲痛な表情を浮かべているフラエリアさんへの心配もあったんだろう。

「僕も同感だな。それに、抜け道が出来るよりも先におそらくここまで魔物が来る。防衛戦になるぞ。自由に動ける時間は予定より少なくなりそうだ」

 と、コーエンさんもその流れに味方する言葉を放った。

 それを受けて、アカイアネさんが言う。

「では、私と彼女は急いで下の階に行きましょう」

「――私も行きたいぞ」

「必要ないわ。魔法陣に関してなら私の方が詳しいもの。だから、貴方は要らない。大人しくヘリが動くかどうかを試していて」

 ぼそりと呟いたノーチェス教授を一刀両断して、アカイアネさんは未だ気絶中の柊さんを抱き上げた。

 そして目を閉じて、周囲に自身の魔力を広げて感知を行い、

「……ここね。判りやすい集約点だわ。ところどころ魔法陣が切れているけれど、それでも効果自体はまだの残っていそうね。距離もそれほど離れていない。これなら、なにかあったとしても間に合うか。……レニ、貴方も来て、仮に転移の儀式を行うことになった場合、私は両手が塞がってしまうかもしれないから。護衛をお願いしたいわ」

「……わかりました」

 ドールマンさんの状態が状態なので、離れるのには多少抵抗があったけれど、それでも柊さんの事は気になるし、今更アカイアネさんの言葉を疑う理由もないと、俺は小さく頷いた。


       §


 そうして三人で、下の階にやってきた。

 アカイアネさんの指示の元、床を巨大な剣で切り開いて一直線に来る事になったので、戻るのは本当に容易そうだ。

「この隣がそうね。ここだけ壁が違うわ。相当に特殊な魔物の骨が使われている。周囲に魔力を漏らさない為みたいね。まあ、穴が開いているのか、完全には機能していないけれど、それでも高密度の魔力を生みやすい環境になっている」

 青みがかった灰色の壁に触れながら、フラエリアさんはゆったりとした足取りで進み、この都市で出会った中でもとびきりと言っていいほどに厳重な造りをしていた扉の前に辿りついた。

「結界の魔法陣かしら? 外への拒絶を感じるわね。……これ、本当に一部の人間だけが入る事を許可された場所みたい」

 扉の中央に描かれた紋様をなぞり、そう呟いた直後、彼女は躊躇なく扉を蹴破る。壁を破壊せずにわざわざ扉の前に立ったのは何故なのかと問いたくなるくらいの乱暴っぷり。

「大丈夫よ。重要なのは壁であり、扉自体は中の構造にはさほど関係していないみたいだから。それに、これより確実な目覚ましって思いつかなかったし」

「う、うぅ……」

 凄い音だった事もあってか、柊さんから小さな呻き声がもれた。

 そろそろ意識を取り戻しそうだ。まあ、肩を揺すっても同じ結果にはなった事だろうけど。

 ともあれ、中に入り周囲を確認する。

 広さは学校の教室くらいだろうか。天井の高さは三メートル程度で、床に魔法陣みたいなものが描かれている以外に、特筆するべきものは見当たらない。

 けれど、その虹色の魔法陣こそが、なによりも特別なのだという事は、俺でも一目で理解出来るほどだった。

「異様ね。初めての感触だわ。間違いなく、この世界の理から外れている。こんな秘法、自力で編み出したなんてこともないでしょうに、一体誰が与えたのかしら?」

 俺が思い当るのはあの聲だけだけど、アカイアネさんの声のトーンからして彼女ではなさそうだった。まあ、あくまでそう感じただけで、大当たりの可能性も十分に残されてはいたけれど。

「まあいいわ。――ネムレシア、来なさい。聞こえているのでしょう?」

 ネムレシア?

 初めて訊く名前に俺が眉をひそめていると、左手の壁辺りがぐにゃりと歪んだ。

 空間が開いたのだと気付くと同時に、そこから一人の少女が出てくる。

 褐色の少女だ。太腿まで届く雪のように白い髪に、青と赤のオッドアイ。背丈は多分リッセと同じくらいだろうか。顔立ちもそれに見合った幼さを残している。

 身に纏っている服は白と青を基調とした、教会の法王とかが着ていそうな仰々しいものだった。動きにくそうだし、十二、三歳くらいの外見の子が着ていることもあって、着せられている感も強い。

「私は接触しない筈だった。話が違う」

 不機嫌そうに、その少女は口を開いた。

 ただ、言葉の節々に相手の様子を窺うような弱さがあることから、アカイアネさんの方が立場は上のようだ。

「そんな約束をした覚えはないわ。貴女が勝手に自分の事情を口にしただけでしょう?」

「……むぅ」

 痛いところを突かれたのか、彼女は小さく唸り声をあげる。

 特異な見た目に反して、結構普通っぽい感じの子なのかもしれない。

「彼女は?」

「元凶よ。さっき話した莫迦な子」俺の質問に、アカイアネさんはつまらなそうにそう答えた。「……あぁ、もちろん、今日の出来事に関してのみだけどね。そうでなければ殺していたわ。無関係な余所の世界の人間を見境なく攫ったあげくに放置するような奴なんて、これっぽっちも生かしておく理由がないもの」

 その発言は真実だろう。

 恐ろしいほどに冷たい眼差しだった。向けられている相手がちょっと可愛そうに思えるくらいだが、加害者に同情するというのもあれだ。

「彼女、具体的になにをしたんですか?」

「それはまだ訊いていないけれど、多分ここに孔を作ったんでしょう? そして、ここから漏れた異様な魔力に反応して魔物たちが襲いにくる事を期待した。……もっとも、それに一番反応したのは、この子程度では手に負えないような存在だったわけだけどね」

「なるほど。……それで、この子には一体何が出来るんですか?」

 なにかが出来るからここに呼んだのだろうし、そうでなければ不快なだけだ。

「ここの魔法陣の解析よ。さすがにそれくらいは出来るわよね?」

「当然出来るし、もう出来たわ」

 不機嫌そうに、ネムレシアは答えた。

「では、異世界への転移は?」

「それも跳ぶだけなら出来る。でも、その人間を元の世界に戻すのは無理ね。今はお互いの世界が少し離れているから」

「時期が合えば可能なのね?」

「絶対ではないわ。私は専門外だし。それにたとえ専門家だとしても、消えた直後に戻すのは無理だと思う。時間の流れが違うのよ、この世界とはね。だから」

 時間の流れが違う? 気になる情報だった。

 思えば、柊さんの着ている制服も、なんというかずいぶんと古臭い気がするし、もしかすると――

「――困ったわね。近づいてきている」

 こちらの思考を遮るように、アカイアネさんの声が響いた。

 珍しいと言ってもいいだろう、微かに強張った口調。ネムレシアも同様の気配を感じ取ったのか、こちらは露骨に表情を強張らせる。

「なにが、近付いてきているんですか?」

 この面子の中では柊さんを除いて、一番鈍感だという事実を受け止めながら俺は訪ねた。

 すると彼女は、ひょいと柊さんをこちらに放り投げ、空いた両手に得物を携えて、腰を僅かに落としながら、

「絶対者よ。夜の女王ではない、もう一つの方」

 と、答えた。

 直後、正面奥の壁をすり抜けて何かが部屋の中に入ってくる。

 人の頭部ほどの大きさの真っ白な球体だ。

 液体に見えるそれは、重力に従うように白い線を真下にあった壊れた扉に落とし、水たまりのような白を一つ拵える。……孤独を抱かせるような、怖いくらい澄んだ色合い。白という色を前にして、これほど不安な気持ちになったのも初めてかもしれない。

「レニ、これの対処は私がするわ。貴女は彼女を連れて急いで戻りなさい」

「ですが――」

 かなりヤバそうな相手のようだし、協力して当たった方が良いんじゃないか――そんな真っ当な選択は許さないといわんばかりに、急速に近づいてくる気配があった。

「貴女も感じたようね。凄い数。真っ直ぐに空から来ているわ。どうやら、こいつが魔物たちに指示を出しているみたいね。そのうえ速度まで引き上げている。だから想定より、どんどん余裕がなくなってしまった。……さあ、急いで。この迷惑料は私が払わせておくから」

「……無理はしないでくださいね」

 上の戦力でこの数を対処するのは厳しそうだし、選択の余地はない。

 俺は実に悪いタイミングで目を覚ました柊さんの間の悪さに同情を覚えつつ、来た道を戻るべく駆けだした。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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