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第四章/脱出 01

「――ふざけないでっ!」

 ヘリの置かれている現在の拠点まであと百メートルといったところで、鋭い怒声が響いた。

 声の主はフラエリアさん。その感情を誰に向けているのかはまだはっきりとしていないが、どうやらトラブルが発生しているようだ。

 周囲に魔物などの気配はないから、差し迫った危機という感じはしないけれど、急いで戻った方が良いだろう。

「……そうね。そうした方が良さそうだわ」

 ある程度、原因が誰か想像出来ているのか、アカイアネさんは少しだけ困ったような表情を浮かべて、先陣を切った。

 その速度に置いて行かれないようにしつつ、拠点に辿りつく。

 そこで真っ先に目に入ってきたのは、血塗れのドールマンさんだった。……右腕がない、脇腹が半分ほど抉られている。右足の太腿にも風穴があいていて、ゆっくりとではあるが床の血だまりを今も広げていた。

「ふざけてんのは、そっちでしょう! あれは、あたしの所為じゃない! そいつが勝手にやったことじゃない! あたしは頼んでない!」

 ドールマンさんの返り血を浴びたのか、服の右半分を濡らしたミミトミアさんが引き攣った表情で叫んだ。

 本当に非がない故の反論でない事はその時点で明らかだったが、実際のところ何が起きたのか、それを今はっきりさせる必要があるのか……

「大きな声を出さないでください。治療の邪魔になる」

 微かに苛立ちを滲ませた声で、ドールマンさんの傍らに寄り添っていたミーアが吐き捨てた。

 今、なによりも重責を担っている者の言葉に、二人は押し黙る。

 その様子に苦しげな笑みを浮かべながら、ドールマンさんが口を開いた。

「まったくだ。今喧嘩なんかする余裕は、ないだろうに……」

「貴方も、喋るより止血に専念してください。傷自体は何とか治せそうですが、かなりの時間がかかります。ですから、余計な事にこちらの魔力は回せない。それでは間に合わなくなる」

 そう言うミーアの表情に焦りはない。が、大袈裟に言っているというわけでもないだろう。絶対安静が必要な状態なのは、間違いなさそうだ。

「……ザラー、状況の説明をお願いするわ」

 静かな口調で、アカイアネさんが言った。

 彼を指名したのは、多分この中で(治療中で忙しいミーアを除き)一番客観的に物を見れると判断したからだろうか。

「わかった。……まず、アネモー、ラヴァド教授、ルノーウェルさん、ガフの四人が西側を。北側を残りが担当する事になった」

「妥当な人選ね。続けて」

「確認はまだ取れていないが、アネモーたちの方に大きな問題はなかったようだな。倉石が埋まったからだと思うが、この場にはこちらよりも少し早く戻っていた」

「北側は何故それが出来なかったのかしら?」

「僕の感知の問題だな。上手く紛れているのがいた」

「そうね、貴方は広域に強いけれど精密さにはやや欠ける。だから、戦闘が発生するのは仕方がないわ。だからこそ、グゥーエがそちらについたのでしょうしね。……それで、遭遇した相手はグゥーエの手に余るものだったのかしら?」

「……」

 その問いに、コーエンさんは無言を通した。微かな怒りを眼差しに添えて。

 短いため息が、アカイアネさんから零れる。

「ユミル、私は貴女に聞いているのよ? どうして答えてくれないのかしら?」

「――っ」

 びくり、とミミトミアさんの肩が震えた。

「もしかして、上手く伝わらなかった? 組分を任せるという事はそのまま、それを行った人間の指示にちゃんと従えという意味でもあったのだけど……いえ、これは私の認識不足か」

 淡々とした口調でアカイアネさんは呟く。

 そこに怒りや失望の色は特にない。それがむしろ俺には残酷に見えたけれど、当事者にはどう映ったのか……真っ青な顔が、全てを物語っているようでもあった。ミミトミアさんにとって、いかにアカイアネさんが絶対的であるのかがよく判る光景だ。

「グゥーエ、アネモー、ザラー、本当にごめんなさい。……この償いは、必ずさせてもらうわ」

 そんな彼女が、三人に向けて深々と頭を下げた。

 真摯な謝罪だ。これをされると大抵は、もういい、って気分になる事だろう。そんなので揉めていられる状況でもないわけだし、一番の責任者が自分の所為だと素直に認めているのだから、この場でそれを引っ張る理由はもうない。

 でもこれは、同時にそれだけを目的にした行動にも思えて、少し嫌な気分にもなった。

 なんというか、間違いなく後々に響きそうな追いつめ方をしたようにも思えたからだ。たとえ確認するまでもない事実であったとしても、一切の擁護もなく、言い分もろくに聞かずに話を纏めるというのは、ミミトミアさんにとっては冷たすぎる。

 それをザーナンテさんも感じたのか、なにか言いたそうな表情をしていたが、彼もまたアカイアネさんには逆らえないんだろう。

 そういう意味でいうと、彼等は仲間でありながらまったく対等ではないのだ。

 足手纏いという言葉が当然のように受け入れられているように、全員がそれを自覚している。なかなかに、歪んだ関係性といえるだろう。

 まあ、世に言う健全な関係というものが正義だなんて思った事もないから、それ自体はどうでもいいんだけど。

「……頭をあげてくれ。咄嗟の状況だったんだ。それに人選をしたのはグゥーエでもある。だから、落ち度はどちらにもあったといえるわけだし……それより、このあとの話がしたい」

「そうね、ありがとう」

 コーエンさんの言葉に、ゆっくりとアカイアネさんは顔をあげた。

 そして、表情を引き絞めて訪ねる。

「時間は、あとどれくらいだったかしら?」

「あと一時間程度だな」

「魔法陣についての進展は?」

「召喚の儀式に使われていた場所はわかった。最上階の一つ下だ。他にもあるようだが、そこが一番安定していると見ていい」

 と、ラヴァド教授が答えた。

「ここの転移装置でそこまでは行けるから、試すことは十分出来そうね。あぁ、もちろん教授たちは留守番よ?」

「な、なんだと!? そんな横暴が許されるのか!?」

 驚愕を見せたのはもちろんノーチェス教授だけど、取り合っている暇はないということなのか、綺麗にその反応を無視しつつ、コーエンさんが言った。

「その前にヘリだ。ちゃんと動くかどうかを確認する必要がある。……動かなかった場合はどうする? 解っていると思うが、もう下に降りていく選択は難しいぞ」

「その時は、レニの魔法に頼るわ。私、いい事を思いついたのよね」

 そう言って、彼女は俺に向かってウインクをしてみせた。

「……いい事、ですか?」

 なんだろう、凄く嫌な予感がするのは気のせいだろうか。

 その予感を助長させるように、彼女は思わせぶりな微笑を浮かべて、

「それは、必要になったら話すわ。必要になったらね。ふふ」

 と、どこかそれを望むような弾んだ声で、そう答えたのだった。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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