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04

「おそらく、今この廃都市で一番安全なのはこの場所になるわ」

 アカイアネさんの言葉と共に、一際厳重な扉(彼女たちが壊したのか、今はだったものだが)を抜けた先にあったのは、広大な空間だった。

 俺たちが柊さんを見つけた階の更に上、同じ機密研究エリアではあるが……ここはまるで博物館だ。巨大な機械や得体の知れない物体が数多く保管されている。

 その中には戦車や小型の潜水艦、戦闘機やヘリコプターなんかの姿もあった。どれも痛んでいるが、手入れをすれば使えそうでもある。

「あったのはこういった原型だけか?」

 と、ノーチェス教授が訪ねた。

「いや、参考にして作れたものが奥にある。用途が記されている資料も見つかった。なかなか興味深いぞ」

 そう答えて、ラヴァド教授は手にしていた資料を突きだした。

 それがよほど意外だったのか、ノーチェス教授は驚いたように目を丸くする。

「……一応、お前の意見も聞いておきたいと思っただけだ。私としては非常に不服だが、協力せざるを得ない状況なのは間違いないようだしな」

 反応が気に入らない――というよりは、こそばゆいと言ったところなんだろう、そっぽを向きながらラヴァド教授は早口で言った。

「学生時代を思い出すな。君にはよく本を借りていた」

 どこか嬉しそうに口元をゆるませながら、ノーチェス教授が本を受け取る。

「そんな昔の事など覚えているものか。それよりも早く読め」

 ぶっきらぼうに吐き捨てて、ラヴァド教授は歩調を速めた。

「――可愛い人でしょう? 彼。だから私、この仕事を引き受けたの」いつのまにか、俺の右隣に来ていたアカイアネさんが言った。「でも、正直よく判らない部分でもあるのよね。どうして素直になれないのかしら? 立場ってそんなに重要? レフレリとルーゼが仲悪いからって、律儀に距離を作る必要なんてないはずなのにね。貴女にはどうしてか判る?」

「……さあ、他人の事はよく判りませんから」

 ついでに言うと、彼女がどうしてそんな話題を俺に振ってきたのかもよく判らなかった。

「他意はないわ。貴女の在り方もずいぶんとウネウネしているみたいだから、理解できるんじゃないかなって思っただけ」

「ウネウネ、ですか……?」

 そんな評価を受けたのは初めてだ。

 まあ、多少回りくどい性格をしているという自覚はあるけど――

「ところで、ここにあるものがなんなのか、貴女は知っているわよね?」

 突然、話題が変わる。

 おかげで一瞬心臓が跳ねたが、アカイアネさんの視線は俺ではなく、俺が抱き上げている柊さん(まだこちらのペースで歩けるだけの体力はなかったのでそうなった)に向けられたものだった。

「どうしてそう思ったんですか?」

「貴女からだと見えにくいかもしれないけれど、私を見ているこの子の眼はとても素直なの。一直線に感情を示している。好感が持てるわ。だから、それをタネに色々とお話ししたいなって。というわけだから、代わって?」

 ……ほんと、自由だなぁこの人。

 なんて思っている間に、両腕に伝わっていた重さが消失した。

「え? あ、あの、ええ、あ、ご、ごめんなさい、私、重たくて……も、もう大丈夫ですから、自分で歩けますから……!」

 居た堪れないような表情で、アカイアネさんに抱きかかえられた柊さんが言う。

 とばっちりもいいところだった。これじゃあまるで、俺が負担を覚えてバトンタッチしたみたいじゃないか。……いや、実際の所、本当の意味で同性である誰かが抱き上げる方が都合はいいんだろうけど、それでも、これは印象が悪い。さすがに、そういう意図はないんだろうけど、文句の一つは言いたい気分である。

 もちろん気分で片付く問題だ。胸の内で、まったく、と愚痴を一つ零しつつ、俺は左側四メートルほど離れた距離を歩いている二人の教授の話に意識を戻す事にした。

「しかし実際の所、異世界との繋がりというのは、一体どの程度のものだったんだろうな」

「それほど深くはないだろう。おそらくは一方通行だ。交流のようなものはなかったと考えられるな」

「それは量産品の少なさからくる推測か? ラヴァド」

「あぁ、まともな交流が出来ていたのなら、必要なものを必要数集める事も出来たろう。だが、便利そうな物以上に、どうでもいい物が溢れすぎていた」

「どうでもよくはないだろう? 面白いじゃないか」

「我々にとってではなく、この都市の人間にとっての話だ」

 その言葉に、ノーチェス教授は一つため息をついて間をおいてから、少しだけ不機嫌そうに呟く。

「……拉致という行為を享受する人間か。私は好かんな。やり方にろくな未来がない」

「逼迫した状況下においては、仕方がなかったという事だろう」

「本当に、そう思うのか?」

「む、それは――」

「この都市の貴族の中核に居たのは、間違いなく彼等と意思疎通を計れる魔法を有した人間だ。当然、発言力もあっただろう。これだけの設備を用意出来るだけの時間もあった。にも拘らず、彼等は相互理解を拒んだ。或いは、それを蔑ろにした。そこにあるのは驕りと、くだらない選民思想だ。シュノフやヴァゼのような奴等と同じな。そんなものが、異世界という素晴らしき未知との関わりを狭めたのだと思うと、私は大変気分が悪い」

「……それなら、そこの少女を元の世界に戻す方法でも探してみるか? この世界の人間の務めとして」

 皮肉交じりに、ラヴァド教授はそんな事を口にした。

 瞬間、ノーチェス教授はショックを受けたような表情をして

「ラヴァド、君は天才か?」

 と、上擦った声を漏らす。

「そうだな。それがいい。私達も異世界の門を開いてしまえばいいんだ。ここの魔法陣はまだ活きているわけだし、可能性は十分ある」

「いやいや待て待て! そんな余計な時間我々にはないだろう!?」

「いや、ある筈だ。というより、そもそもそれほど余計にもならない。そうだろう? 我々が最優先で手に入れなければならないものはなんだった?」

「……全てが、そこに特化した都市だと言いたいわけか。…………だが、たしかに、その線は濃厚か」

 だとするなら魔法陣もまた異世界との関連性を強く持っているのだろうと、ラヴァド教授は短く息を吐いて、「まあ、好きにすればいいさ。私は別に止めんよ」と答えた。

 正直、それが上手くいくかどうかは判らないし、他の皆の安全とかもあるから、本当にそこに力が注がれる保証もないけど、それでもこういう考えを教授が持ってくれていた事は嬉しかった。

 俺としても、まったくの他人事とは言えない点が多かったし、柊さんの今後については気になっていたからだ。保身は大事だが、かといって見捨てるつもりもない……というのは中途半端ではあるけど、現状これが自分の中では一番、迷いなく動けるスタンスだった。

「……レニさま、この先に微細ながら魔力を感じます。注意しておいた方が良いかもしれません」

 しんがりを務めていたミーアが口を開く。

「その心配はいらないわ。あるのは転移門だけよ、最上階に繋がるね」

 と、くるりと身体を回転させて後ろ歩きに切り替えながら、アカイアネさんが答えた。

「開けるぞ?」

 先頭を歩いていたザーナンテさんが両開きの巨大な扉を開く。ここは特に鍵などがなかったのか、壊された形跡は見当たらなかった。

「……おぉ、これはよく出来ているな。素材もかなり近いように感じられるぞ」

 待ち構えていたそれを前に、ノーチェス教授が感嘆の声をあげる。

「ちなみにだが、これの名前はヘリというらしい。頭の羽をくるくる回して自在に飛ぶそうだ」

 難しい表情を浮かべながらラヴァド教授が軽く説明を加えた。

「風や重力の魔法もなしにか? 凄いな。どういう原理なんだ?」

「さてな、ヨウリョクやらなんやら、よく判らん用語が並んでいたが、向こう側で発生する現象を利用して飛ぶんだろう」

「なら、こちらでは結局ただの骨董品なのか?」

「まさか、そんなものが大事に残されているわけがないだろう? こちらの魔法を組み合わせて最小限の動力で飛ぶようには仕上げられている、との事だ。おそらくだが、最初はこういったものを使って、魔域の外に出る事を考えていたんだろうな。だが、それが叶わないと痛感して異世界に逃げるなんて発想に飛躍した」

「結果、これは敵勢力の武器情報として保管されているようになったという事か。そのあたりも資料によるものか?」

「そんなところだ」

「後で見たいな」

「そちらが見合うだけの情報を持っていれば、考えてやらんでもない」

「つまり、残りの時間で見つけるしかないという事か。……ところで、その時間は具体的にどれくらいあるんだったか?」

 ノーチェス教授のその問いに、ラヴァド教授の表情が強張った。

「……ここまでの道中で説明があったと思うが?」

「あったのか?」

 何故か質問がこちらに飛んできた。

 まさかとは思うけど、嘘をつかれる可能性でも危惧したんだろうか? ……まあ、訊かれたからには答えるが。

「ええ、ありましたよ」

 ずっと探知に意識を割いてくれていたコーエンさんが「ようやく、はっきりした」と正確な時間を教えてくれたのだ。

 その時の神妙な表情や空気を見て、かなりきわどいタイミングだというのが判って、こっちも憂鬱になったのをよく覚えている。というか、まだ十分も経ってないので、忘れる筈もない。

「そうか、何か考えて事をしていたようだな。全く耳に入っていなかった。それで、猶予は何時間あるんだ?」

「ちょっと待ってくださいね」

 両手が空いてしまったので、せっかくだしと懐中時計を取り出して、時刻を確認する。

「ちょうど、あと三時間ですね。三時間後に魔域に穴が開いて、それが閉じるのは長く見積もっても一時間と掛からないそうです」

「三時間か、もう少し長引かす事は出来ないのか?」

「いや、それはさすがに無理なんじゃ――」

「いいえ、可能よ」

 口を挟んできたのはアカイアネさんだった。

「それは本当か?」

 ノーチェス教授が食いつく。

「ええ、ここのヘリを使えばね。二十分くらいは余裕が出来るわ」

「……空を直線で駆ける、か。たしかに魔物を排除しながら下を進むよりは早そうだな。すぐに可能なのか?」

「動力が抜かれていたから、それを見つける必要があるわね。もっとも、保管されている場所は判っているから、そこに余計な時間を取られる事はない」

「でも、操作の方はどうするんですか?」

 露骨なまでにその問題が抜けているのが無視できなくて、俺は訪ねた。

 するとアカイアネさんは不思議そうに首を傾げて、

「彼女が出来るんじゃないかしら? 彼女の世界の乗り物みたいだし」

「……無理だと思いますよ」

 思うだなんて言葉を使いはしたけど、これは断言できる。

 柊さんはどう見てもただの学生だ。学生にパイロットの真似事なんて出来るわけもない。

「そう? それなら、私がやるわ。説明書は見つけてあるし、本家よりはずいぶんと簡略化されているみたいだから、飛ばすのはそんなに難しくなさそうだしね。まあ、その分出来る事は減っているみたいだけど、精密な操作が必要な場面でもなし、それも問題にはならない」

 そこで、アカイアネさんはゆっくりと周りを見渡して、淡く微笑んだ。

「というわけで、どちらを選ぶか決めましょう? 多数決よ。私はもちろん上から行くのを選ぶわ。その方がずっと新鮮な経験が出来そうだし。なにより、それが最短の道だから」

「……」

 二人の教授は乗り気みたいだし、ザーナンテさんとミミトミアさんはそもそもアカイアネさんの言う事には絶対って感じがするので、まず間違いないだろう。

 つまり、すでにほぼ半数が賛成しているというわけで、あと一票でもそちらに流れたら決定してしまう。……もっとも、決定したところでそれが不味いというわけでもない。リスクの度合いでいうなら、下を進むのも同じような気がするし、飛ばせなかったら飛ばせなかったで、すぐ下のルートに切り替えればいいだけの話だ。

「僕もそっちでいい。迫ってきている魔物の数が思ったより多い。下はきつそうだ」

 予想通り四人が賛成したところで、コーエンさんが口を開いた。

「元より今はあんたが頭だ。たとえ独断でも文句はないさ」

 と、ドールマンさんも苦笑しながら頷く

 そんなこんなで多数決は終了した。他の人たちも強固に反対する理由は持っていないようだし、しこりが残るような事もなさそうだ。

「動力の回収は私とレニの二人で行うわ。それが確実でしょうしね。他の子たちは、倉石をもって出来る限り多くの情報を収集。教授たちにも動いてもらう。今ここで待機だなんて貴方達には苦痛でしかないでしょうし、勝手な行動を取られても困るし。……組み合わせはグゥーエ、貴方に任せる」

 そう言って、アカイアネさんは柊さんを降ろして、

「貴女はここで待機。じっとしていてもらうわ」

 その言葉と同時に、額を軽く指先で叩いた。

 瞬間、魔力の発生を肌が捉える。意識を落とす以外に、なにかをしたようだ。ただ、それが何かは判らない。

「……さて、では行きましょうか」

 アカイアネさんは倒れる柊さんを丁寧に寝かせてから立ち上がり、それから俺の方を真っ直ぐに見て、小さく微笑んだ。

「貴女とは、二人きりで話したい事があったのよね。……ふふ、楽しみだわ」




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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