05
「グゥーエ、臭い」
返り血を大量に浴びていたドールマンさんを前に、開口一番フラエリアさんは眉を顰めながら硬い口調で言った。
「おいおい、苦労して帰って来た仲間にそれはないだろう?」
呆れるようにドールマンさんは肩を竦める。
「わたしは事実を言っただけです。……ってことで、はい。早く身体洗って、着替えてよね」
ややつっけんどんに、手にしていた水石とシャンプーを乗せた衣服を差しだしてから、フラエリアさんは荷物を置いていたスペースに向かって小走りで離れて行った。
「……思っていた以上に時間掛かったからな。余計に心配させちまったみたいだ」
苦笑いを浮かべつつ、ドールマンさんはゆったりと左手にあった屋敷に向かって歩き出す。
「そこの家を使わせてもらう。……覗くなよ?」
「心配しなくても大丈夫ですよ。貴方は趣味じゃないですし」
「ははっ、辛辣だな。それなら安心だ」
こちらの切り返しを愉しげに笑って受け止めて、ドールマンさんは屋敷の中に消えていった。
程なくして服を脱ぐ音が聞こえてくる。が、それは特に必要な情報ではないので、さっさと尖らせていた聴覚を元に戻して、俺は服の袖を鼻に近づけて、くんくん、と自分の匂いを嗅いでみた。
……さすがに少し血生臭い。けど、そこまで気になるほどではなかった。それもそのはずで、ほとんどの魔物はドールマンさんが処理してくれていたからだ。
まあ、それは単純に二人して教授に寄り添って守るよりは、片方が積極的な迎撃を取った方が効率的だったというだけの理由ではあるんだけど。それでも、こちらだけ楽をさせてもらった感じが強くて、少し居心地が悪くもあった。
こういう釣り合いの悪さは、出来るだけ早く解消したいものだけど……
「ところで、成果の方はどうだったのですか?」
周囲への警戒に務めていたミーアが、少しだけ空気を弛緩させてから口を開いた。
「とりあえず半分、かな」
「半分?」
微かに眉を顰めつつ、ミーアは地面に胡坐をかいていた教授の方に視線を流し、
「……確かに、半分ですね」
と、彼が手にしている本を見て、戸惑いを滲ませながら呟いた。
そんな彼女に、俺は図書館で起きた事を説明することにして……。
「ミーアには見当がつく? アカイアネさんの魔法」
「その情報だけでは、何とも言えませんね。ですが、魔物を操作した線はまだあるかと。複数が無理なだけで、単体なら可能なものはアルドヴァニアにもいましたから。もっとも、小物相手にしか通じないのが常でしたが……例外が怖いといったところですね」
「そうだね」
たしかにそれは、けして無視できない可能性だった。
なにせ、この世界には例外というか、特別というか、埒外というべき存在が相当数いるためだ。その代表が貴族。すでに三人も直接的な面識がある人種である。
「――ふぅ、さっぱりした」
気の抜けた声をあげて、ドールマンさんが屋敷から出てきた。
三分くらいなので早いというほどでもないんだろう。濡れた髪を乱暴に掻き乱して水分を飛ばしつつ、ノーチェス教授の元に向かっていく。
「どうだ、学者先生。それは当たりの品だったか?」
「あぁ、当たりも当たり。大当たりだ」
本の表紙を指で叩きながら、教授は満足そうに頷いた。
「一体、なんの本だったんですか?」
と、俺は訪ねる。
表紙には何かの年号しか書かれていなかったし、すぐに教授に渡した(ひったくられた、ともいえる)ので、正直まったく見当がついていなかった。
「この都市の魔法陣の研究に関する書物だ。それなりに古いものだから最新版ではないが、それでも十分、ルーゼが投資して良かったと納得する程度の価値はあるだろう。……もちろん、もう半分も回収出来れば、だがな」
「つまり、最低でもあと一戦、やり合うのが確定したって事か」
面倒そうに、だがそれでいてどこか愉しそうに、ドールマンさんは呟く。
「だが、急ぐ必要は無くなった。向こうもこちらの情報がなければ、効率的な探索は行えない。どうやら研究区画はかなり複雑なようだしな。いずれにしても、まずは読み込みが必要になる。ラヴァドもそれを求めるだろう。ということで、しばらく私は愉しみに浸かる、けして邪魔はしないように頼むぞ」
言うや否や、教授は凄く真剣な表情で書物の消化に取り掛かった。
邪魔もなにも、周囲の雑音なんてもう耳に入ってこないんだろうと思えるほどの、のめりこみ具合。
「本当に、あんたの読み通りならいいんだが……まあ、いいか。どのみち、今日の調査はここまでにしておいた方が良さそうだしな」
視線を天井の方に向けながら、ドールマンさんが吐息を零す。
そこに補足を入れるように、ここで拾った諸々を小難しい表情で観察していたコーエンさんが言った。
「夜行性の魔物もいるようだしな。数はそれほど多くないが、かなりの魔力だ。こちらに対してどう反応してくるかもまだ不明だし、この距離で様子を見るのは悪くない」
「ってことで、夕飯の準備でもするか。……と言っても、さっき始末した奴は臭くて食えそうにないから、もってきた非常食を使った方が良さそうだな。あれ、あんまり好きじゃないんだけど」
ぼやきながら、ドールマンさんはフラエリアさんが陣取っている荷物スペースに向かい、荷物に手を伸ばす前に、彼女の頭をくしゃくしゃと撫でまわす。
完全な子ども扱いではあるが、された本人は嬉しいような腹が立つようなといった微妙な表情を浮かべて、それでも振り払う事はしなかった。
……まあ、なにはともあれ休憩時間だ。
非常食に大した準備もいらないだろうし、俺も食事前に不快な匂いは落としてしまおうと、水石とシャンプー、それと着替えの服を荷物から取り出して、手近にある屋敷でシャワーを済ませる事にした。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




