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04

「資料等は研究区画にまとめて保管されていると思っていたが、ここにもありそうだな。……いやはや、それにしても立派な図書館だ」

 大手のデパートほどはありそうな建物を前にして、俺の腕から降りたノーチェス教授は感嘆の息を零した。

「これは、一日では全部持ち帰れそうにないか。どれくらいかかるだろうな?」

「三か月くらいじゃないか? さすがにそこまで付き合う気はないから、どうでもいいが。……四階にいる。とっくにこっちの気配には気付いてるだろうに、動くつもりはないみたいだな」

 教授の無茶にため息交じりの言葉を返してから、ドールマンさんは俺に視線を向けてやや硬い口調で言った。

 緊張しているのだ。ただし、それは生き死にがかかった緊張ではない。テストの前とか、バイトの面接の前とかに感じるような類のものだろう。

「アカイアネさんたちは、どういう魔法を使うんですか?」

 図書館の中に入り、エレベーターではなくその脇にあった階段を上りはじめたところで、俺は訪ねた。

「あの人に関しては使われた事がないから、よく判らないが。ユミルは炎を使う。ただし遠距離はどうも苦手みたいで接近戦に強い。ガフは手近なものをぶん投げてくる。触れたものを硬質化させる事が出来るんだ。もちろん自分にも使えるから近距離も弱くはないが、ハッキリ言って戦い方は雑だな。まあ、どちらもあんたの敵になる事はないだろうから、あんまり気にしなくていい」

「勝算は、どれくらいあると考えているんですか?」

「俺一人なら二割だったが、あんたがいれば五割は行けるかもしれないな」

「それは過大評価だと思いますけど……」

 でも、そんな相手と揉めるというのに、教授を連れてきてもよかったのか。

「問題ないさ。狙われる事はないからな」

 教授に向けた視線から感じ取ったのか、ドールマンさんは俺の不安にさらりと答えを返してきた。

 こういうところは本当によく見ているというか、けして鈍感な人ではない事を強く認識させられる。にも拘らずフラエリアさんに対してあの態度なのは……まあ、そういう事なんだろう。

 ……と、余計な事に意識を割くのはこれくらいにして、そろそろ武器を顕す準備をしておく。

 殺し合いになる事はなさそうなので、鈍器の類がいいだろうか。守り主体で、二対一の優勢になるまで耐える方向で行くのが良さそうだ。

 ただ、それを狙う場合は間違いなく、俺が相手にしなければならないのアカイアネさんになるわけだが、どんな魔法を有しているのか判らないというのは、かなりのネックで――

「――お前たち! もっとしっかり探さんか! これはレフレリの未来にも大きく関わるかもしれない重要な仕事なんだぞ!」

 苛立ちを含んだ男性の声が、五階に差し掛かったところで響いてきた。

 知らない声だ。おそらくは向こう側の護衛対象――たしか、ラヴァド教授だったか――のものだろう。

「はいはい。おじいちゃん、あんまりかっかすると血管切れるから、少しは声の大きさ落としてよね。うざったいし」

 物凄くぞんざいに、ミミトミアさんが扱っている様子が伝わってくる。

「う、うざったいとは、護るべきものに使っていい言葉ではないだろう!」

「じゃあ、目障り? 黙れ? 舌引っこ抜かれたい? どれがいいわけ?」 

「どれもダメに決まっているだろう! ――何故そこで驚くんだ!?」

「いや、なんていうか、分を弁えない七三分けの眼鏡だなぁって思って」

「弁えていないのはお前の方だろうが! 私は護衛対象だぞ!」

 テーブルを力強くたたく音が聞こえたところで、彼等の姿が確認できた。

 中央のテーブルスペースを陣取って、険悪なようでじゃれ合ってるようでもある、微妙な空気を醸し出している。

「二人とも、図書館では静かにしないといけないわ。これ常識よ。まったく、私は恥ずかしい。ガフを見習ってほしいものね」

 テーブルの上で胡坐をかいて、なんか水筒みたいなのから水分を補給していたアカイアネさんが凄く真顔でそんな事を言う。

 そうして流れた視線の先に居たザーナンテさんは、

「うぉ、これはエロいなぁ……」

 と、一冊の本に釘付けのようだった。

 この世界にも、アダルトな本というのは存在しているらしい。

「……頼むから、これ以上人選を間違えたと私に思わせないでくれ」

 心底疲れた声と共に、ラヴァド教授は肩を落とした。

 どうやら、向こうは教授ではなく冒険者の方がフリーダムのようである。

「杞憂に苛まされるほど疲弊しているのであれば、帰りましょうか? 代わりに探してくれる人も来た事だしね」

 愉しげな声と共に、アカイアネさんがこちらに振り返った。

 結果、またも他の人たちの視線が一気に流れて――

「ノーチェス! やはり最前線にやってきたか! この無謀者め!」

 人差し指をびしっと突きだしながら、ラヴァド教授が力強く叫んだ。

 するとノーチェス教授は、なんだかやたらと嬉しそうに微笑んで、

「そこの少年、その本を私にも見せてもらいたいのだが!」

 と、ラヴァド教授なんて眼中にないと言わんばかりの勢いで、ザーナンテさんの元へと駆けだす。

 さすがに止めるべきかと腕を伸ばしたが、それはドールマンさんに制止された。

「ずいぶんと早かったんだな。もっとゆっくり来るとばかり思っていたんだが」

「グゥーエ、貴方たちが遅かったのよ。もしかして、寄り道でもしていた?」

「……さて、どうだったか。まあ、今のあんたらほど悠長なことをした覚えはないがな」

 苦笑気味に答えながら、ドールマンさんは大剣に手をかける。

「好戦的ね。まだ事を構えるような段階でもないのに」

「仲良く探してから、奪い合うのがお好みか?」

「その方が効率はいいわ。貴女もそう思わない?」

 アカイアネさんの視線が俺を真っ直ぐに捉える。本心なのか、なにか狙いがあるのか、まったく読み取る事の出来ない、どこまでも自然体な佇まい。

「そんなもの認められるものか! 断固却下だ!」

「その点だけは同意してあげるわ! ガミガミ眼鏡!」

 間髪入れずに吠えたラヴァド教授に獰悪な笑みを浮かべながら、ミミトミアさんが地を蹴った。

 そしてザーナンテさんが手にしていた本をひったくって、それを力一杯ドールマンさん目掛けて殴り飛ばす。

「「――ぎゃああああ! 大切な資料がぁあああ!」」

「はぁあああ、オレの本がぁあああ……!」

 力強い拳を受けて爆炎を上げながら吹っ飛んでいくエロ本を前に、二人の教授とザーナンテさんの絶叫が重なった。

「煩い! くたばれ! スケベ野郎共と変態大剣露出狂!」

「それって俺の事か!?」

 驚きを見せながらも、ドールマンさんは本を左手で叩き落とし、ほぼ同時に迫っていたミミトミアさんの蹴りを右手にもった大剣の腹で受けとめる。

「ガフ! ぼけっとしてないでお前も手伝えっ!」

 大きく後方に跳躍し、テーブルの上に降りたミミトミアさんは打ちひしがれている仲間に鞭をうつ。

「燃えちまった、あの魅惑のお尻が、まだ全然見れてなかったってのに……」

「くそ、使えない! ――あぁ、もう! わかったわよ! 無事にこいつを死の淵に叩き落とせたら、あたしが代わりになんか買ってあげるから! とびきりにエロいのを!」

「よしきた! 速攻で片付けるぞ!」

 現金極まりない反応と共に、ザーナンテさんが手近な本棚から一冊手に取って、

「これ以上本をダメにしてはいけないわ。やるなら素手でやるようにね」

「む、わかった」

 アカイアネさんの一言で、丁寧にそれを元の位置に戻してから、椅子を掴んでドールマンさんに襲い掛かっていった。

 ……なんだろう、色々と物騒な事態の筈なんだけど、どうにも緊張感がない。

 それでも加勢はするべきなんだろうなぁ、と一歩足を踏み出したところで、

「こっちはいい! それよりも彼女を自由にしないように見張っててくれ!」

 と、ドールマンさんが強い口調で言った。

 抑えてくれでもなく、倒してくれでもなく、ただ見ていろというのは、ずいぶんと悠長な気もするが……

「……ふぅ、やっぱり程良いわ。この甘味水。手のかかる子たちに挫折した時に飲むと幸せな気持ちになれる。そうね、帰ったら大量に仕入れることにしましょう」

 激しい打撃音が響かせる争いなんて興味ないとばかりに、アカイアネさんは水筒の中身を美味しそうにチビチビと飲みながら、

「貴女も飲む?」

「……いえ」

「そう、美味しいのに」

 残念そうに呟き、彼女は水筒の蓋を閉めて、それを軍服の上に身に纏っていたコートの内ポケットに仕舞った。

 そして短く息をはいて、あぁ、美味しかった、と満足そうにもう一度呟く。

 余裕綽々というかマイペースというか、どうにも捉えどころのない人だ。嫌いではないけれど、多分苦手なタイプ。

「二人とも負けそう。……ふふ、グゥーエちょっと強くなってる。トルフィネはいい場所みたいね。私も遊びに行こうかな」

「……助けないんですか?」

 彼女の言葉通り、戦況はドールマンさんが優位に運んでいる。

 というか、程々にいなしているといった感じで、勝負になっていない。

「私の仕事は学者先生の護衛であって、お守りではない。それに負けるのはいい経験になる、らしいわ。私は勝負で負けた事ってないから、よく判らないのだけどね」

 淡々とした口調でそう言ってから、アカイアネさんはゆっくり立ち上がり、ひょいっとテーブルから飛び降りた。

「学者先生、ここで重要なものはもう手に入った。だから、先に外に出ていて。そうね、全速力でお願いするわ」

「――は?」

 突然の言葉に、ラヴァド教授が目を丸くする。

 その鈍さを呆れるように吐息を零して、アカイアネさんは言った。

「ガフ、連れていって」

 端的でいて、今までとは明らかにトーンの違う声。

 場の空気すら、その一言によって豹変する。

「お、命令か? 判った」

 じゃれあうようにドールマンさんに襲い掛かっていたザーナンテさんが、物凄い迅速さで教授の元に駆けだした。

 直後、左右と背後の壁が破砕される音が響く。

 魔物の襲撃である。

 体長二メートルほどの、翼をもった体毛のない虎。その背中には、針で覆われたヤモリみたいなのが引っ付いていた。先程ミーアがエレベーターのところで仕留めた奴だ。……この瞬間まで気付かなかったのは、おそらくそいつの仕業だろう。

 別段、致命傷というほど接近されたわけでもないけど、教授との距離も微妙に離れているし、こちらの行動はかなり制限されてしまった。

 そんな中で、アカイアネさんだけはすでに目的を済ませていて、

「……これで、ここでの回収は終わり。あとはご自由に」

 奥の本棚から灰色の書物を手に取っていた彼女は、柔らかな微笑を浮かべて優雅に会釈を一つしてから、魔物が作った穴に向かって、駆けるでもなく歩き出す。

 そこから外に飛び降りるつもりなんだろうけど、さすがに悠長すぎだ。

 その本が本当に重要かどうかはさておき、みすみす逃がすわけにはいかないと俺は駆けだした。

 だが、それは風穴からやってきた新手によって防がれる。どういうわけか、その虎は近くにいたアカイアネさんよりも、俺の方を優先して襲ってきたのだ。

 ……まさか、魔物を操る魔法でももっているのか? いや、それならミミトミアさんも狙いから外れる筈だが、彼女はドールマンさんと仲良く襲われている。

「今は考えるよりも動く時よ。貴女が優先しなければならない事はなにかしら?」

 アカイアネさんの視線が、一瞬だけノーチェス教授の方に向けられた。

 それは俺自身、真っ先に頭に過ぎった懸念だ。だが、冷静になってみれば教授との距離はドールマンさんの方が近い。この状況で、俺までそちらに向かう必要はあるんだろうか?

「――貴女の足止めですよ。それは変わらない」

 そう判断して、俺は左手に固定させるように具現化させた剣をもって魔物の前足を切り裂きながら、アカイアネさんに向かって踏み込んだ。

 そして本に右手を伸ばす。

 相手の身体能力次第では簡単に躱される事も考えられたが、彼女はその場から動くことなく、俺にそれを掴ませた。

「そう、必要最低限の信頼も出来ているのね。よかった。これなら本当に愉しめそう」

 アカイアネさんは微かに目を細めて、ぐっと片手だけで自身の方に本を手繰り寄せようと力を籠め、俺もまたそれに対抗せんと力を入れたところで、

「――あげるわ。半分こ」

 空いていたもう一方の手を、真下から振り上げた。

 直後、均衡が崩れる。

 どうやらナイフかなにかを仕込んでいたらしい。それが本を丁度真っ二つに切り裂いたのだ。

「――っ、と」

 均衡と共に崩れたバランスを、三歩ほど下がったところで取り戻す。

 その間に、アカイアネさんは涼しげに風穴から外に飛び降りていた。

 追いかけるのは難しそうだ。真後ろから、痛みと憎悪に震える咆哮が届いていた。

 俺は一歩前に踏み込みながら振り返り、迫ってきていた爪を回避してから、前のめりになって顔面をこちらに晒した魔物の額に剣を突き立て、絶命を確認したところで周囲を確認する。

 ドールマンさんはすでに教授の傍に駆け寄っていて、ミミトミアさんはその隙に離脱したようだ。そして魔物の数は、見えている限りでは残り三体。

 これが情報の全てなら、特に問題なく片付けれそうだが……。

「……五十はいるぞ。しかも、もう囲まれてる。ここまで接近されるのに気付けなかったのは、上にくっついてた奴の仕業か。面白いのもいるもんだが……これは、掃除を押し付けられたな。別に脅威ってわけでもなさそうだが、時間がかかりそうだ」

 盛大なため息と共に、ドールマンさんは大剣についていた返り血を振り払い、次の魔物に備えて腰を落とした。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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