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03

 合流地点は昇降機の前だった。レフレリのものよりも二回りはサイズの大きいエレベーターだ。

「……そっちの方はあんまり見つからなかったみたいだな。残念だ」

 袋の膨らみ具合に落胆しつつ、ノーチェス教授は上着のポケットから拳ほどの大きさの銀と金を混ぜ合わせたような色の石を取り出して、それを膝の高さまで下げてから、こんこんと叩いた。

 すると先端が花のように開き、空間の歪みと共に、そこから明らかにその石よりも大きな袋が三つほど落ちてくる。

 倉石という名称のままに、それは石の中にトイレの個室くらいの空間を有した代物だった。

 取り出しに少し難があるという欠点を除けば非常に便利な道具だが、その程度の空間を収めたものでも一個三百万リラ(大体一億円くらい)はくだらないようで、当然といっていいのかはわからないけど、教授の私物ではなく、ルーゼから借り受けているものらしい。

 それも一個ではなく、四個も。

 その部分だけでも、ルーゼが廃都市の調査に向けている期待の大きさが窺えた。

「こちらは色々と面白いものが見つかったんだが、いくつか、どういう目的で使うのかがまったく判らないものもあってなぁ……いやぁ愉しいなぁ。次はどんなものに出会えるのか」

 袋の中身を地面にばら撒きながら、ノーチェス教授は鼻歌を歌いはじめる。

 見た目優しそうなおじいちゃんなんだけど、中身は今でも好奇心に素直な少年のままというのは、それだけ自分らしく生きてきたんだろうなと思えて、ちょっと羨ましいような、でもさすがにこれはどうなんだろうと思うような……まあ、遠い人種だと感じる分、嫌な気分になる事もないんだけど。

「おぉ、あったあった。これだこれ。これは読めない文字に加えて、形状まで奇怪で、特によく分らないものの筆頭といえるな」

「――っ!?」

 そんな教授が手にしていたものを見て、俺は眼を見開いた。

 それが何なのかを理解した時の衝撃は、スマートフォンの比じゃない。

 黒塗りの自動拳銃だ。しかも、教授はあろうことかその銃口を自分の顔面に向けていて、

「こう使いそうな感じではあるんだが――」

 と、トリガーに乗せていた親指を、なんの躊躇もなく引こうとしていた。

 完全に虚を突かれた形だ。教授と俺の距離は大体三メートル。一歩あれば届くけど、果たして間に合うか。

 焦りが全身を駆け巡り、不安が心臓を鷲掴みにするのを感じながら、俺はなんとかして初動の遅れを取り戻そうと神経を研ぎ澄まし、時間の流れを緩慢に変えていくが……そういった足掻きの全てが無意味である事を、すぐに理解することになった。

「ん? おっと」

 気の抜けた声と共に、ノーチェス教授はあっさりと至近距離から発射された弾丸を回避しつつ、さらにその弾丸を左手の親指と人差し指で掴んで見せたのだ。

 凄まじい身体能力、というわけではない。

 こちらが想像していたよりも遙かに、弾丸の速度が遅かったのである。多分、この中でそれを躱せない人間はいないだろうなと思えるくらいに。

「なにか飛び出て来たな。もしかして、これは武器の一種……いや、それにしては柔らかすぎるな。なら、やはり医療器具か? しかし、子供には危険な速度だな。魔力で身を守らなければ、皮膚くらいは簡単に破れそうだ。では、ちょっと危険な玩具といったところか? ……うむ、遊びには使えそうだしな。今はそういう事にしておくか」

 鉛弾をぐにゃりと握りつぶしつつ、教授はそう結論付けた。

 ……なんだろう、この世界の人間の殆どが超人に分類されるのは知っていたつもりだけど、これは想像以上に俺がいた世界の人間と差があるんじゃないだろうか。

「玩具見せびらかすのはいいけど、そろそろ仕舞ってくれよ。次は貴族のところに行くんだろう?」

「あぁ、もちろん判っている。だから、こうして引っぺがしてきた案内板を探しているわけで……あったあった、この袋の中だったか」

 呆れたようなドールマンさんにそう返しつつ、拳銃を無造作に捨て、ノーチェス教授は袋からぶちまけられて雑多になった床の上から、ネームプレートのようなものを拾い上げ、真っ直ぐに伸ばした掌の上に乗せて、とんとん、と指で叩いた。

 すると、青色の立体映像がその上に浮かび上がる。リッセなら普通に出来そうな魔法。どうやら、この都市の全体図のようだ。

「この都市は、大きく五つの層に分かれているのですね」

 口元に手をあてながら、ミーアが呟いた。

 その声を聞きながら、でもそれよりも優先する情報があると、俺は落ちた拳銃を手に取り、文字を探す事にする。

 ……あった。銃身の脇に英語と数字が刻まれている。銃にはそんな詳しくないから合っているかどうかはわからないけど、多分会社の名前と製造番号だろう。

 これを、ノーチェス教授は読めない文字と言っていた。

 つまり、拳銃もまた俺のいた世界のものだという事だ。そして二つも出れば、この世界の類似品という、万が一の可能性も頭の中から消す事が出来る。

「見ての通り、最下層である軍人の居住区の上に富裕層の住まいがあり、その上が貴族たちの領域になっている。これはよくある形態だが、その上にある研究区画というのが、この都市の最たる特徴と言えそうだな。なにせ、都市の半分以上を占めている。これは貴族よりも重要である事を明記しているにも等しい。さらに気になるのは最上層だが、ここだけどういう場所か不明となっているのは何故なのか。まるで情報を伏せて建てられていたような感じだな。素晴らしく想像が捗るので良しだ」

 袋にいそいそと自分でばら撒いた物を仕舞いながら、教授が説明と感想を並べていく。

 研究区画、それがここにある地球の物となにか関係しているのか……拳銃を袋の中に入れつつ、俺は立体映像に視線を戻した。

 ここから貴族たちのエリアまでは、大体一キロ程度だろうか。エレベーターは当然機能していないので、階段を使うことになりそうだが――

「ここにイル・レコンノルンでもいてくれたら昇降機を使えたんだろうが、壁蹴って上ってくのが最短かな。――ってことで、壊すか」

 言葉にすると同時に、ドールマンさんが大剣をエレベーターのドアの隙間に差し込んだ。

 そして、力任せに開く。

 中の様子は、日本のエレベーターにかなり近い感じだった。

「……結構固そうだな。これはレニ、あんたに任せた方がいいかもしれないな」

 エレベーター内の天井を見据えながら、ドールマンさんが言う。

 ここを破って、昇っていくという選択はどうやらもう決定しているらしい。

 まあ、そっちの方が確実に早いだろうし特に問題もなさそうなので、長剣を具現化して天井に突き刺し、更に十字になるようにもう一刺ししてから、今度はその部分を棍棒みたいな鈍器でこじ開けて、安全の為に側面を何度か叩いて尖った部分を端に追いやることにした。

「ご苦労さん。やっぱ便利だな。あんたの魔法は」

 楽しそうに言いながら、ドールマンさんは大剣を鞘に仕舞い、おもむろにフラエリアさんの腰に腕を回す。

「ひゃ!? い、いきなりなに?」

「なにって、お前一人じゃ昇れないだろう?」

「いや、昇れるよ。そりゃあ身体強化は苦手だけど、まったく出来ないわけでもないんだから」

「結構長いぞ? 本当に最後まで行けるのか?」

「だ、大丈夫だし!」

「あぁ、どう見て大丈夫じゃないな。お前、自分がどんくさい事をもう少し自覚した方が良いぞ? 下手すると死ぬわけだしな」

 容赦なく、しかも爽やかにそう切り捨てつつ、ドールマンさんは続けて凄まじく嫌そうな表情のコーエンさんを脇に抱え、

「じゃあ、先に行かせてもらう。教授とミーアは任せた」

 と言って、軽やかに跳躍した。

 かん、かん、かん、とリズミカルに壁を蹴る音が聞こえてくる。

「私は一人でも問題ありませんが、その、もう一人を抱えて移動するのは……」

「うん、判ってる」

 申し訳なさそうなミーアに頷いて、俺は教授に視線を移す。

「そういうわけですので、少しのあいだ身体を預けさせて頂きます。準備はいいですか?」

「問題ない。急ぎ向かってくれ」

「では……失礼しますね」

 少し考えたうえで、両腕で抱きかかえる事にした。

 ドールマンさんと同じような運び方でもよかったんだけど、さすがにそれは密着が過ぎるし、せっかく拵えた義手だ。旅車の運転以外にも使える機会はあって欲しい。

 ということで、お姫様抱っこで跳躍し、壁を蹴ってドールマンさんたちを追いかける。

 教授の体重は一切苦にはならなかったが、きょろきょろと忙しなく周囲を観察しようと動くのは、少し厄介だった。

 こういうのは言った方が良いのかもしれないけど、でもなんだか凄くワクワクしている様子だし、水を差すのもちょっと気が引けたので、今回は頑張って気にしない事にしつつ、後ろから追ってきているミーアの気配に意識を向ける。

 心配するのが愚かしくらいに、安定したリズム。ただ、やっぱりこの身体に比べて速度はかなり遅い。

 さすがに孤立させるわけにはいかないので、一定の距離を保てるような力加減で壁を蹴る。

 その加減を少し弱くし過ぎて、二メートルほどまで距離が狭まったところで、

「すみません、ナイフを一本頂けますか?」

 と、ミーアが囁くように言った。

「え?」

「移動したままでお願いします」

「……わかった。足元に作るよ」

 どうやら悠長な状況ではないみたいだし、疑問は後回しに具現化の魔法を行使する。

 そうして右足のくるぶし辺りで生成し、重力に従って落下を始めたナイフを苦も無く受け取ったミーアは、壁を蹴る際にタメをつくって一秒ほど静止し、ひときわ大きな跳躍と同時にナイフを下方目掛けて投擲した。

 直後、ぐぎゃ、とウシガエルのような奇声が響く。

 微かに過ぎる驚き。音を聞くまで、まったく気付かなかった。

「気配を隠すのが得意な魔物がいるようですね。その分、力はないようですが……」

 それでも厄介だという印象をミーアは抱いたようだ。

 まあ、なにはともあれ、危険を排除した俺達は無事に貴族たちの領域に到着した。

 先に着いていた三人は、荷物こそ床に置いていたが、その表情には緊張を滲ませていて、

「ここらへんで拠点に出来そうな所を確保してから行動したかったんだが、どうやらそうはいかないみたいだ。前を行かれてる。出発はこっちの方が先って確認してたんだが、どこで抜かれたのやら。……まあ、いつもの事だけどな」

 真っ直ぐにある方向を見据えながら、ドールマンさんがそう言った。

「この感じ、足を止めて長そうだ。休憩でないのなら、重要な施設にいる可能性があるな。先取りされる恐れがある」

 と、コーエンさんも補足説明を入れてくれる。

「そんなわけで、急ぐ必要が出来た。全員で向かうとなると遅くなるし、役割分担と行こう。俺とレニ、そして教授で向かう。その間に、比較的安全そうな場所を確保しておいてくれ。戦闘は極力避ける事。以上だ。なにか質問は?」

 沈黙が数秒ほど流れた。

「よし、じゃあ、挨拶をしに行くとしようか。……引き続き、しわがれたお姫様を頼むぞ。レニ」

 最後に軽口を一つ残して、ドールマンさんが鋭く駆けだしていく。

 その後を思って、俺も力を込めて地を蹴った。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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