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02

 間近で見る塔は、見上げたところで頂点が見えないほどに高かった。

 反面、縦幅は一キロメートル、横幅は二キロメートル程度といったところで、高さに対してやや心許ない気がする。

 そんな塔の周辺には半ば朽ちた三十メートル程度の高さの城壁のようなものがあるだけで、他に建物は確認できなかった。

「それほど古いものじゃないな。造られたのは十年くらい前といったところか」

 拾った瓦礫を見つめながらノーチェス教授は小さく呟き、足早に塔へと向かっていく。

「こらこら、護衛対象が最前線に立たないでくれよな。あんたは俺の後ろだ。……ザラー、周囲に気配はあるか?」

 先頭を奪い返しながら、ドールマンさんが言った。

「塔の中に複数の魔物がいるのは間違いない。ただ、この塔、内部に遮断の魔法でも掛けられているのか、不明瞭な箇所も多いな。ここは慎重に行くべきだ」

「あぁ、そうだな。近場の把握を重視したほうが良さそうだ。ミーア、あんたにも感知を重視してもらいたいが、構わないか?」

「了解しました。……それで、どこから入りますか? 正面には七体ほど魔物がいるようですが」

「戦闘が目的じゃないしな。手薄なところからお邪魔するとしよう」

 話がまとまり、俺たちは塔をぐるりと回って、大穴の開いていた壁から塔の中に侵入する。

 灯りがないので、昼でも中はかなり暗い。

「アネモー、頼む」

「大きいのを使うの?」

「いや、中くらいでいいだろう。大は夜に使いたい」

「わかった」

 荷物を一手に引き受けているフラエリアさんが、その中から光石を取り出し、その機能を解放した。

 一般的な懐中電灯よりもずっと明るい光が、塔の中を照らし出す。

 二十メートルくらいはある高さの天井に、魔物の骨で作られたであろう床。かなり幅の広い通路に、小さな家屋の群れ。遠くにはアパートのようなものも見える。

「……ふむ、どうやらここは、かなり少ない人数で回っていたみたいだな」

 と、ノーチェス教授が自身の顎髭を弄りながら呟いた。

「なんでそう思うんだ?」

 周囲を確認しつつ、ドールマンさんが訪ねる。

「ここが貴族の場所ではないからだ。にも拘らずこれだけ贅沢に空間を使っているという事は、厳重に人口調整をしていたんだろう。食糧問題を抱えていた可能性も高そうだな」

「それが事実ならそうなのかもしれないが、貴族の場所じゃない根拠は?」

「塔の改修頻度だ。外壁を見た限りではあるが、上層の方がその頻度が高い。どの都市だって、都市にとって重要なものを優先するものだ。それに、ここは家同士の距離も近い。貴族というものは歴史ある都市ほど、本質的に同族と距離を置く傾向にあるからな。そして、ここは塔の高さを見るだけでもわかるくらいに、長い年月をかけて発展してきた都市だ。他に根拠を挙げるとすれば――」

「いや、もう十分だよ。納得した。材質見るだけでそこまで判るあたり、さすがは学者先生だな」

「むぅ、まだまだ説明したい事があったんだがなぁ……」

 心底残念そうに、ノーチェス教授がぼやく。

 そこに苦笑いを覚えたところで、ミーアが口を開いた。

「正面から二体ほど、近づいてきています」

「……あぁ、そうみたいだな」

 やや遅れて、コーエンさんが眉を顰める。

 その表情が少し悔しそうに見えたのは、自身の探知能力にプライドを持っているからだろうか。

「こちらを狙っていますね。処理するべきだと思いますが。どうしますか?」

「俺が右、レニが左をやる。準備はいいか?」

 ミーアの問いにそう答えて、ドールマンさんは背負っていた大剣を抜いた。

 俺も右手に剣を具現化して、強く握りしめる。

「じゃあ、行くぞ」

 小声を言うや否や、ドールマンさんが地を蹴った。

 音のない軽やかな移動。それほど強い魔力は感じないので、こちらも程々の速度で接近し、まず相手を確認する。

 爬虫類の四本足をくっつけたミミズのような魔物だ。体調は二メートル程度で、巨大な口からは無数の鋭利な牙が覗いている。

 まあ、多少グロテスクではあるが、それだけだ。

 事実、相手はこちらの動きにまったく反応できずに、そのまま両断されてくれた。

 碧色の血液が跳び散り、床と剣に付着する。

 そこで、じゅうぅう、という音が立ち、それが強烈な酸を有している事が分かったが、こちらの剣には特に問題はなかったし、ドールマンさんの方も魔物の血液に干渉して、あっさりとその特性を麻痺させたようだった。

「魔物自体は、びっくり箱程度で、それほど大した事はなさそうだな。これなら効率を考えて探索は手分けした方がいいか」

「ついさっき、慎重に行動するって言ってませんでしたか?」

 呆れ交じりにそう言うと、ドールマンさんは苦笑を浮かべて、

「いや、それはそうなんだが、不明瞭なのはもっと上の階層からのようだし、なにより教授が言いだす前にこっちから提案して、最低限の危険で済ませておくのも悪くはないんじゃないかってさ。向こう主導だと、やたら長い説得と勢いに押し切られた挙句、かなり前のめりになりそうで、ちょっと怖いしな。……ってことで、あんたも賛同してくれると助かるんだが、どうだ?」

「そういう事なら構いませんよ。実際、ありえそうですしね」

 そんな密談を済ませたところで、みんなの元に戻る。

 慎重にと訴えていたコーエンさんは、その提案にはさすがに否定的だったが、そこは多数決が全てを決めてしまった。まあ、反対1票ではどうしようもない。

 結果、俺達はそれほど手間取ることもなく、二手に分かれて探索を開始することになった。


       §


「それにしても、気味の悪い場所ですね」

 俺と一緒に探索をすることになったミーアが、玄関を無くした家の中を物色しながら呟いた。

 その表情には、言葉以上の嫌悪が見られる。

 ただ、俺にはよく判らない感情だった。少なくともこの辺りは普通の居住区だ。マンションやアパートめいたものが並んでいるだけの、空のない街の一角でしかない。

 もちろん、本来人がいるべき世界が荒廃しきって無人になっているという光景は、それだけで物哀しさや不気味さを誘うものがあるけれど、ミーアがそれだけでここまで強く訴えるというのも変な気がするし、どうもしっくりこない。

「妙なものも多いですし。用途が不明すぎます」

「……そうだね」

 理由を訊いておくべきか少し迷ったが、彼女の意識が掌の上に乗せたウネウネと動く金属の棒に移ったので、それは後にすることにして。俺も適当に周囲を物色し、キッチンに置かれていた道具(ボールを半分に切って、その断面に無数の針を刺したような物)を、渡されていた袋の中に放り込んだ。

 続いて、変なカタチをした錆びた刃物を手に取るが、これは元の位置に戻す。

 気になるものは片っ端から持ってきてくれという教授の要望を全部聞いていたら、すぐに袋がいっぱいになりそうな気がしたからだ。

「魔力の込められた、調べる価値のありそうなものは、もうなさそうですね」

 最後に部屋を見渡してから、ミーアはそう結論付けた。

 なら、此処にいる理由はもうない。

 俺たちは微量な魔力を感じる次の場所に向かって移動を再開し、かつては喫茶店だったらしい場所に足を踏み入れた。

「魔力の気配は、どうやらこの照明の残滓だったようですね。これは間違いなく二、三年前までそれが機能していた事を示しています。……彼の話を疑っていたわけではありませんが、本当に廃都市になってまだ間もない場所なのですね。ここは」

 カウンターの上に設置されていたランプに手を置きながら、ミーアは微かに目を細めた。

 憐憫の情を、仄かに匂わせる眼差し。

 ……廃都市というものは、責めようがない間違いによって生まれてしまう。それは、俺も知識として仕入れていたから、その気持ちは共感できるものだった。

 人域というものは基本的に動かない。だからこそ、そこに建てられた都市は魔物の脅威に晒される事もない。

 ただし、それは本当に人域だった場合の話で、人域に見える中域というものがこの世界には存在している。

 問題なのはその期間で、短いものでも三百年以上ものあいだ、完璧と言っていいレベルで人域に擬態するらしい。

 その結果、なにが起きるのか。

 そこに住み始めた人たちは、村を町に、町を都市に育てていき、歴史を積み重ねていってしまう。

 元々なにかしらの事情があってそこにやってきた彼等に、他の居場所なんてない。仮にあったとしても、都市一つ分の人数を受け入れることなど到底不可能だ。

 そんな状態で、ここは人が住んでいい場所じゃなかった、という事実が明らかになるのである。

 取り返しはつかないし、対抗策もない。

 魔物は巨大な津波のように都市を呑み込まんと襲い掛かり、無尽蔵の彼等と異なる人間は確実にその襲撃で消耗し、やがて防衛する力を失って蹂躪されてしまう。

 この現象の恐ろしいところは、ルーゼやトルフィネ、レフレリのような一万年近い歴史を持っている都市ですら、けして例外ではないという点だ。

 つまるところ、人域というものは人が観測できる範囲内において安全と定義されているだけの、不確定なものでしかないと言うことである。たとえ百年先が見渡せたとしても、千年、万年先の事は、誰にもわからない。

 まあ、それはどんな世界だって同じだと思うから、殊更に悲観するような事でもないんだろうけど。

「……ん?」

 気持ちを切り替えて視線を持ち上げたところで、視界の隅に見覚えのあるものが入ってきた。

 カウンターの奥に置かれていた代物。まさか、と思いながら手に取ってみる。

 液晶の画面。右端についたカメラ。そして見た事のあるロゴ。

 ……これは、スマートフォンだ。

 まったくもって想定していなかった存在に少し困惑しながらも、電源ボタンを押し、タッチパネルを触ってみる。

 反応はない。埃の被り具合から見ても、バッテリーはとっくに切れているんだろう。もっとも、仮に生きていたとしても通話やネットは使えないだろうから、せいぜい簡易なアプリで遊べたくらいだろうが。

 それにしても、どうして此処にそんなものがあるのか……。

「どうやら、魔力を放つものはこれだけのようですね。そろそろ戻りしましょうか?」

「……あぁ、うん。そうだね。戻ろうか」

 正直、もう少しここは調べておきたかったが、懐から取り出した時計も合流の予定時間が差し迫っている事を示していた。家の物色に、思った以上に時間がかかっていたようだ。……それなら、仕方がない。

 俺は落胆か安堵か自分でもよくわからない吐息を零しつつ、埃を払ったスマートフォンを袋の中に入れて、その場を後にすることにした。



次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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