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第二章/廃都市 01

 旅車の荷台に調査で使うらしい大小さまざまの魔法を宿した石を複数乗せて、俺たちは目的の廃都市に向かって移動を開始した。

 順調に進めば、昼過ぎには到着する予定らしい。

 調査期間は三日との事だが、大きな進展がある場合は延長も考えているようだ。

 要は、最初の三日で本格的な調査をする価値があるかどうかを計るつもりなんだろう。

「そういえば、その場所はどういう経緯で発見されたんですか?」

 ある程度丁寧に扱う必要がある荷物を抱えているためか、レフレリまでの道程に比べればずいぶんと穏やかな揺れで済んでいる荷台の中、俺はノーチェス教授に声を掛けた。

 すると彼は嬉しそうに、

「一月ほど前に魔域の大きな変動があったんだ。俗に中域と呼ばれている不確定中立領域と違い、魔域というものは十数年単位で少しずつ動くものなんだが、劇的にそれは生じた。結果、今まで我々が踏み入る事が出来ていた場所に魔域が移り、代わりに今までそれによって塞がれていた場所が開かれた。探知も可能になり、奥にあったものを観測する事が出来るようになったわけだ」

 と、答えてから、長話を始めた。

「これはルーゼ歴6488年にヲレンで起きた魔域異変にも非常に類似していると言えるだろう。あの事象もなかなかに興味深くてな。それよって我々は絶海――正しくは、絶望海域と呼ばれる極めて強力な魔域の存在を知る事となった。あの全てを腐敗させる漆黒の海だ。あぁ、と言っても多くの人は海を見た事がないんだったか。ヲレンに立ち寄る機会があれば、是非とも見てみるといい。世界観が変わるほどの魔力の渦というものを味わう事が出来るだろう。運が良ければ、その中に在るなにかを見る事も出来るかもしれない。あれも間違いなく絶対者の一つなのだろうが、一体どのような形状をしている生物なのか……いや、そもそも生物ではなく、なにかの装置である可能性もある。どちらにしても、かつて在ったとされている青い海が、どうしてそうなったのかを知る大きな手掛かりである事に間違いはないだろうし、いくつかの魔法を組み合わせれば或いは末端に干渉する事は出来そうな気もするが、いやしかし、それにはまだ確立されていない部分が多いな。だからこそ、ヲレンの魔法研究は非常に注目されているわけだが、その中でも特に――」

 ……こちらの疑問はすでに解消されているので、別にいいと言えばいいんだけど、話がどんどん脱線していく。

 それでも、ある程度までは興味を持って聞けていたのだが、専門用語だらけになりだしたところで、さすがに真面目に聞くのはやめた。

 喋り過ぎて喉が渇いたか、ノーチェス教授が懐から水の入った器を取り出したところで、なんとなく荷台にいる他の人の様子を窺ってみる。

 フラエリアさんは「いつまで続くんだろう?」とでも言いたそうな表情を浮かべていた。ただ、隣のコーエンさんは俺よりもこの手の事に耐性があるのか、まだちゃんと聞く姿勢を持っているようだ。

 そして最前列の辺りにいたミーアは、昨日あまり眠れなかったのか、両手を足元にあるロープに絡めて固定し、ゆらゆらと舟をこいでいた。多分、一番有意義な時間の使い方である。

 もっとも、こっちを真っ直ぐに見て話しかけてきている教授がいる以上、俺には絶対に出来ない芸当ではあったが……。

「ところで、話は変わるがソルクラウくん。夜の女王の世界に入ったというのは本当なのか? その時の状況を是非とも詳しく聞きたいのだが、君はどこまで詳細に覚えている? いや、最大の楽しみは現地でゆっくり消化しようと思っていたんだが、いよいよもって我慢できなくなってきてな。夜空に全ての星があったというのは事実なのか? 夜の女王は生還者たちの報告によると三階くらいの高さの女で、世にも美しい深い蒼色の髪をなびかせて現れると言うことだったが、本当にそんな人影は見なかったのか? 脱出する寸前の温度はどうだった? 地面の感触は? 魔力の流れはどうなっていた? その時の空に変化はなかったか?」

「あぁ、ええと……」

 質問攻めの迫力に気圧されて、俺はまずコーエンさんに助けを求めてみたが、その問いになにか思うところでもあったのか、彼は彼で俯き、なにやら思案をしていた。

 フラエリアさんにいたっては露骨に目を逸らしてくる始末。

 まあ、その話題についてはいくつか気になっている点もあるし、こちらからも質問すればそれを解消できるかもしれないという期待込みで、俺は再び教授に向き合う事にした。

 そうして、おおよその情報を搾り取られたところで、

「なるほど、色々と前例にない状況だったのは確かなようだな」と、ノーチェス教授は納得するように頷いた。「その中でも、特に気になるのは星の状態だ。君の話から推測するに、それはルーゼ歴2038年から2347年の間の状態と酷似していることがわかる。もちろん、その時代も全ての星を一望できるような空ではなかったようだが……あぁ、是非とも、私も見たかった!」

「命が、代償になったとしてもですか?」

 そこで酷い目にあった人間としては、その楽観的な姿勢は少し不快で、つい口を挟んでしまう。

 だが、それに対してノーチェス教授は殆ど反射的と言ってもいい早さで、もちろんだ、と切り返してきた。

「知りたい事を知る事が出来るのなら、己が生命など惜しむ価値はないものだろう? 違うのか?」

「いや、そこで不思議そうな顔されても困るんですけど。……あー、それはそうと、さっきの話に戻しますが、星の状態って今とは違うんですか?」

「ああ。現状、はっきりと輝きを失っている星はリヒトファーシュだけだ。最近、クラーナに兆しが出ているという報告はあるが、完全に沈むのはまだ先だろう」

「そうなんですね。……あの、輝きを失うとどうなるんですか?」

「特定の魔域が動くとされているな。その前後で大きく。つまり、星と魔域にはなにかしらの繋がりがあるというわけだが、それがなんなのかは不明だ。知るためには、それこそ魔域の中に入るしかないのだろうな。私にもう少し力があれば、嘆願書を送ってでも実行するんだが、残念な話だ。この手の現実に直面するたびに、純粋な戦闘に特化した人間であればと思わずにはいられない」

「……」

 この人は、本当にそれの為に全てを賭けられる人種なんだろう。

 好奇心で死ねる事は果たして幸福なのか、それは俺にはわからないけど。でも、なんだろう、その情熱や自由さには、少し眩しいものがあった。

「――おい、目的の廃都市が見えてきたぞ!」

 運転を担当していたドールマンさんの声が荷台に響き、旅車が足を止める。

「……早い、ですね」

 と、目を覚ましたミーアが呟いた。

 まったく同じ感想だ。そもそも、まだ運転を交代していない時点で到着するというのは距離的にあり得ない筈だが……

「到着はまだ先さ。ただ、ここからでも見えたって話だよ。……凄いもんだな、これは」

 その言葉に興味を惹かれて、俺たちは旅車から降りた。

 そして、遙か先に聳え立つ塔を目撃する。

 左手奥に見える富士山みたいな山よりも高い。距離があり過ぎる所為で具体的な規模は分からないが、それでも桁違いに巨大な建造物である事は明白で――

「これは、どこまでも歯ごたえのありそうな代物だな。……あぁ、最高だ」

 歓喜に震える教授の声が、これからの調査の大変さを、これ以上ないくらい見事に示してくれていた。


次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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