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「あっちには遅れる可能性込みで、到着に二十日掛かるって伝えてあった筈なんだけどなぁ。なんでもう来てるんだろう。今日此処にいるってことは転移門じゃなく俺たちと同じように強行軍で来たって事だろう? ルーゼとレフレリの門って次が七日後で、前回のは一月前だった筈だし。下手したら依頼主死亡でこの仕事終わってるぞ。ほんと意味が解らない」

 冒険者組合に向かう最中、先頭を歩くドールマンさんがぐちぐちとぼやいている。

 ちなみに、廃都市への出発は二日後ということで、なんとか明日一日は休む事が許されたが、その一日も結局は準備に宛がわれるので、満喫するわけにはいかなそうだった。

「まあまあ、仕方がないよ。向こうも急ぐ理由が出来たんだし」

 と、隣にいるフラエリアさんが労わるように言う。

 しかしながら、彼女の表情にも落胆の色は濃く残っていて、休みたかったんだなぁというのがひしひしと伝わってくる有様である。

「……レフレリ側との共同戦線か。廃都市の位置を考えれば、想定しておくべきだったな」

 そんな二人のやや後ろを歩くコーエンさんが、難しそうな表情で呟いた。

 彼だけは仕事への懸念を優先しているようだ。おかげで質問はしやすい。

「やっぱり、言葉通りにはいかない感じなの?」

 少しだけ歩調をあげてコーエンさんの隣に並び、俺は訪ねた。

「あぁ、廃都市の場所はレフレリに近いところにあるし、最初に見つけたのもレフレリだからな。そこにルーゼが出しゃばってきたという構図がある以上、仲良くとはいかないだろう。向こうが雇った相手も相手だしな」

 なんでも、ノーチェス教授のライバルに当たる人物が、レフレリ側では調査を担っているらしい。

 おかげで普段以上に彼のテンションも高いとのこと。まあ、普段を知らない身としては「あぁ、そうなんだ」と曖昧に頷くしかできなかったわけだけど。

「……さて、一通り愚痴ったところで、度胸試しの時間と行くか」

「度胸試し、ですか?」

 ドールマンさんの言葉に、最後尾にいたミーアが反応を見せた。

「あぁ、冒険者組合は百二十八階にあるからな、階段で行くには遠いんだ。だから、昇降機を使う必要があるんだが、これさ、よく故障するんだよな」

 何故か楽しそうな声で言いながら、ドールマンさんは地下四階へと続く階段の脇にずらりと並んでいた扉の前に立ち、肩の辺りの高さにはめ込まれていた石をトントンと叩く。

 すると扉が自動に開き、歯医者で味合うあのドリルに似た凄まじい音を立てながら、突撃するような勢いでエレベーターがやってきた。……うん、見るからにアウトな安全性である。

「はは、そんな不安そうな顔するなよ? いざとなれば俺がこれの為にもってきた大剣壁にぶっ刺して強引に止めるし、間違っても死ぬようなことはないさ」

 そう言って、ドールマンさんは意気揚々とそのエレベーターに乗り込んだ。

「……本当に、大丈夫なのですか?」

 不安しかない眼差しで、ミーアが呟く。

「一応、緊急停止装置もある。死人も一年前に三人出ただけだ。あと、ここのは改修もされているから、多分大丈夫」

 自分の言葉にまったく自信を持てていない口調で答えつつ、コーエンさんもエレベーターの中に入った。フラエリアさんも、やや強張った表情でその後に続く。

 ……そういえば、本には利便性を優先する傾向にある都市だなんて書かれていた覚えがあるけど、どうやらそれは安全性と比較しての事だったようだ。

 心の底から乗りたくないが、ここで活動する以上は呑み込まないといけないリスクでもあるんだろうし、まあ仕方がない。

 飛行機事故とどっちが確率としては高いのかなぁ、なんてことを考えつつ、ため息と共に足を前に出す。それに合わせるように、ミーアもエレベーターに乗り込んだ。

 ドールマンさんが右隅にあったボタンを押した事により、扉が閉まる。

 その閉まった箇所一面に、階を選ぶボタンが設置されていた。ざっと見て二百階まである。そこから下は、どうやら乗り継ぎが必要なようだ。

「……緊急停止装置とは、これの事ですか?」

 左奥の端にあったレバーに視線を向けながら、ミーアが訪ねた。

「そうだ。目的の階層に止まらなかった時とか、速度がちょっと出過ぎてるなと思った時に思い切り引けばいい。大抵はそれで止まってくれる」

 そう答えながら、ドールマンさんは百二十八階のボタンを押した。

 エレベーターが降下を開始する。

 落下、という言葉を使わないで済んだのは、一応身体が浮くことはなかったためだ。それでも凄い速度だった。

 そうして内臓がしっかりと持ち上がる感覚を一分近く味わったところで、エレベーターが制止する。幸い事故は起きなかったけど、降下速度がまったく一定じゃないところとか、時々異音が響くところとか、本当に心臓に悪い乗り物である。

 ともあれ、扉が開き百二十八階に到着し、俺は目の前に広がった光景に短く息を吐いた。

 地下三階とは明らかに違う天井の高さ(二階建ての家くらいはある)に、人の活気。

 本当に、地下を主軸に生きているのが判る変化だった。

「……この街は本当に整理されているのですね。格子のように規則正しい形で、家の間隔から、道の幅まで、全部計算されて作られている」

 周囲を見渡していたミーアが、どこか冷たいトーンで言った。

 あまり、この場所を好ましいとは感じなかったようだ。

「この辺りはそういう時代に造られたからな。下に行けば、また様変わりさ。あんたが気に入る場所もあるかもな」

 優しい口調でそう返してから、ドールマンさんは足を速めた。

 それに合わせて、みんなの歩調も上がる。

「突き当たりにある建物は見えるか? やたらデカい虹色の旗が天井スレスレにくっついてるだろう? あそこが冒険者組合だ。左手にある同じ旗のところまでが敷地になるな。ちなみに、三百七十階と、七百五十階、あと千二百二階にも支部がある。……あぁ、最近、千五百階にも出来たんだったか」

 そういった補足情報を聞いているうちに、目的地の前に辿りついた。

 左手に視線を向けると、百メートルくらい先に虹色の旗を見つける。相当な広さである。冒険者が有名な都市というのは知っていたが、どうやら想像していた以上に影響力がありそうだ。

 ちなみに、ここまでの旅の最中に聞いた話だが、ドールマンさんはトルフィネに来るまではここで仕事をしていたらしいので、色々と融通も利く(ここに来たのもレフレリ側の情報を仕入れるため)との事だったが――

「――げ」

 ドアを開けて早々、そのドールマンさんがよろしくない声を漏らした。

 その視線は、まるで待ち構えていたかのように腰に手を置き仁王立ちをしてした人物に向けられている。

 背丈はミーアと同じくらいだろうか。将校の軍服みたいなのを着ていて、軍帽もかぶっている。

 亜麻色の髪を腰まで届かせた女性だ。全体的にシャープな印象があるが、垂れ気味の目がそれを上手く緩和している。優雅な美人という言葉がしっくり来る感じだ。

「私は、今日という日を心待ちにしていたわ。午後のおやつと並ぶほどにね!」

 そんな女性は、なにやら可愛らしい言葉を放ちながら、つかつかとドールマンさんに近づいていき、

「あら? もしかして貴方、背が縮んだ?」

 鼻と鼻が触れるような距離で、軽く首をかしげた。

 どことなく甘い声のためか、誘惑しているようにも見える。

「あんたが伸びたんだろう? 穿いてる靴のおかげで」

 やや仰け反りながら、ドールマンさんが言う。

 苦手な相手なのか、顔がちょっと引き攣っていた。……まあ、後ろにいたフラエリアさんの表情はその比ではなかったけれど。

「そういえば、今日は景色が違って見えていたけど、たしかに高い靴を履いていたわね。すっかり忘れていたわ。さすがはグゥーエ・ドールマン、私の次に優秀な冒険者。……ふふ、やはり敵はこうでなくてはダメよね?」

「敵って、もしかしてあんたが……」

「ええ。ラヴァド教授の護衛は私たちが引き受けたわ。だから貴方たちと、人を失った都市で人智という名の財宝を目指して競争できる。実に素敵ね! 胸が高鳴って仕方がないわ。ほら、こんなにも」

 おもむろにドールマンさんの手首を掴んで、軍服の女性はそれを自分の胸に押し付けさせた。

 これにはたまらずフラエリアさんが声を荒げる。

「ちょ、ちょっと、ナアレさん!」

「ん? なにかしら?」

 きょとんとした顔で、ナアレと呼ばれた彼女はフラエリアさんを見つめた。

 信じがたい事だけど、そこには本気で疑問符だけが浮かんでいる。彼女は、誘惑でも挑発でもなく、本当に自分の心音を聞かせるためだけに胸を触らせたのだ。

「な、なにかしらって……」

 あまりに純粋な眼差しを返された所為か、フラエリアさんは言葉を詰まらせ、逃げるように視線を落としてから、ぼそぼそと言った。

「……て、敵なんですよね? そんな馴れ馴れしくしていいんですか?」

「アネモー・フラエリア。相変わらず貴女は堅苦しいわね。戦うのは廃都市についてから。ここで揉める理由はないでしょう?」

「そ、それはそうですけど……」

「ところで、そちらの二人は初めて見るわ。貴方のお客さま?」

 言い淀むフラエリアさんに興味を失ったのか、ナアレさんはこちらの方に視線を向けてきた。

「とびきりの助っ人さ。だから悪いけど、今回は俺たちが勝つ。たとえ、あんたが誰を味方に付けたとしてもな」

 自信たっぷりに、ドールマンさんが言った。

 それで完全にこちらに興味をもったのか、ナアレさんはまたも距離感というものが分らないような接近をしてきて、俺とミーアをじっと見てから、

「二人とも凄い美人ね! それに優秀そう!」

 と、弾むような声をもらした。

 なんというか、対応に困りそうな人物である。

 それを即座に証明するように、彼女はドールマンさんの手を両手でつかみながら真剣な表情で勝手な事を言いだした。

「とても羨ましいわ。目の保養にもなりそうだし、貸してほしい。ダメかしら?」

「そっちにも可愛いのが一人いるだろう? 鏡を見れば二人だ」

 呆れ交じりにドールマンさんが言葉を返す。

 さりげに褒めているあたり、ヴィジュアル面は好みなのかもしれない。

「その場合は、とびきりが抜けているわね。評価は正しくするべきよ。グゥーエ」

 自身の胸に手を当てて、彼女は優艶に微笑んだ。

 過大評価だとは、少し言いにくいような華やかさ。

「……あぁ、そうだな、あんたはとびきりの美人だよ」

 半ば言わされているような、それでいて結構本気にも聞こえるトーンで、ドールマンさんが答える。

 そこに、怒声が響いた。

「グゥーエ・ドールマン! どうしてお前が此処にいるの! 最悪なんだけど!」

 そうして奥の方からやってきたのは、青みがかったボブカットの少女だった。

 年の方は十代後半くらいだろうか。眉毛が短くて、目尻がつりあがっているのが特徴的だった。ナアレさんと同じで軍服みたいな服を着ている。

「いつもいつもオレに煩い煩いって文句言うくせによぉ、自分はいいってズルくね?」

 横槍を入れたのは、その隣に並んでいた、これまた軍服姿の少年だ。

 褐色の肌に、脱色した短髪、背はそれほど高くないががっちりとした体形をしている。

「煩いっ!」

 その彼にヒステリックに叫んでから、少女は周りの何事かという視線に気付いたのか、忌々しげに舌打ちをして黙り込んだ。

「……あぁ、そうだわ! 貴女達には自己紹介をしないといけないわよね」

 そんな少女の事を知ってか知らずか、両手を叩き大きな音を立てて注目を自分に向けさせながら、ナアレさんは言った。、

「私はナアレ・アカイアネ。この子はユミル・ミミトミア。彼はガフ・ザーナンテ。そして私達は紫の冒険者よ。この街で最高のね。それが、貴女たちの敵。……ねぇ、お名前、聞かせてもらってもいいかしら?」

 無言を貫く理由もないので、俺とミーアはそれぞれ名乗る。

 すると彼女は微かに目を細めて、

「レニ・ソルクラウに、ミーア・ルノーウェルか。良い響き。ええ、覚えたわ。きっと忘れない。では、廃都市でまた会いましょうね。期待しているわ」

 優雅に会釈を一つしてから、くるりとこちらに背を向けた。

 直後、長い長い左手側の通路から一人の男性が走ってくる。

「アカイアネ様、先日の依頼の報告がまだ済んでいない状態で、勝手にどこかに行かないでください!」

「あら? そうだったかしら? ごめんなさい。私、興味がない事はあまり覚えていられないのよね」

「それは、こちらも多少は存じておりますが、今回の件に関しては大事な案件も絡んでいる事なんですから、本当にお願いしますよ……!」

 小声でそう話す男に「……ところで、貴方の名前ってなんだったかしら?」と困ったように訪ねながら、彼女は男に促されるままに離れていく。

 その後をユミルさんとガフさんが追いかけていき、やがて彼等の姿は見えなくなった。

「……なんだか、凄い人でしたね」

 と、ミーアが呟く。

 そこには疑問の色がそこはかとなく滲んでいた。

「あれで上辺だけなら、文句なしなんだがな。残念な事に、彼女の自信に過剰はない。……強敵だよ。間違いなくな」

 力強い口調でそう言って、ドールマンさんはどこか嬉しそうに微笑む。

 それで、苦手な相手かもしれないという印象はどうも間違いだったことに俺は気付いた。そこには、憧憬のようなものすら感じられたからだ。

 少し、気になって横目にフラエリアさんを見てみる。

 苦しげな表情。彼女も、解っているという事なんだろう。だとしたら、これは色々と気を遣う仕事にもなりそうだ。

 そんな事を少しだけ警戒しつつ、俺は内心で小さくため息をついた。

 日本でも此処でも、その手の錯覚は煩わしいまでに面倒を連れてくるんだな、と。




次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。

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