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「……ようやく到着か。今回は長かったなぁ」
間延びした呟きと共に、レフレリの正門の脇にドールマンさんは旅車を停めた。
それに合わせて俺たちも荷台から降りて、ストレッチなどをして身体を解しつつ、ひとまずの旅の終わりに安堵の息を零す。
「予定よりは早い筈なんだけどね」
と、弓をバッグみたいに肩にかけたフラエリアさんが言った。
「あぁ、言われてみればそうか。まあ、なにはともあれ、まずは宿の確保だな」
「いつもの所だよね? 大丈夫かな?」
「祭りはまだ先だしな、さすがに空いてるだろう。仮に空いてなかったとしても、知り合いの家にでも泊めてもらえばいいしな。問題はないさ」
どこか嬉しそうに言ってから、ドールマンさんは荷台にあった荷物を全部担いで先陣を切って歩きだし、門番の男性の前に立って、軽く左手をあげた。
「よぉ、久しぶり。三か月ぶりくらいだったか?」
「四ヶ月だろ。……トルフィネはどうだ? 上手くやれてんのか?」
微苦笑を浮かべながら、相手も気安い言葉を返す。
「まあ、程々って感じじゃないか? 多分」
「曖昧だな。まあいいが。今回はどれくらいいるんだ?」
「街にはそんなにいないな。色々準備したらまた外でのお仕事さ。あぁ、でも、祭りは見てから帰るつもりだ。せっかくだしな」
「そうか。なら、その時は姉貴の酒場にでも寄ってくれ。少しくらいなら奢ってやる」
「そりゃあ嬉しい話だな。たらふく飲めそうだ」
「少しって言ってんだろう?」
「だから、安い酒しか飲まないって言ってるんだよ。子供出来たばかりの奴に、たかりはしないさ」
「だといいがな。……ところで、見ない顔が二人いるな」
親しげに話していた門番の視線がこちらに向けられる。
「今回の仕事の助っ人って奴さ。……ってことで、手続きを頼めるか?」
「あぁ、そういえば、新顔には色々としないといけないんだったか。最近見てなかったから忘れていたよ。まあ、さくさく済まそう。俺もそろそろ交代の時間だしな」
そこで欠伸を一つ零してから、門番は斜め掛けしていたバッグから透明な手のひらサイズの石を一つ取り出した。
トルフィネに最初に来た時も見たやつだ。
「写しをするから、そうだな、何歩か後ろに下がってくれ。……あぁ、そこでいいや。動くなよ」
レンズを覗くみたいにそれをこちらに向けて、門番は石を指でトントンとたたいた。
すると、透明な石の中に俺とミーアの姿が映し出される
姿だけじゃない。魔力の色までも、くっきりとそこには写されていた。
魔力の色というのは指紋のようなものだ。つまり、この行為は指紋を取るためのものであり、実のところ外見の保存はあまり重要視されていなかったりするらしい。
「……よし、問題ないな。手続きは終わりだ。旅車もここで預かればいいんだろう? もう入っていいぞ」
「消毒はしないのか? 俺たちはトルフィネから来たんだぞ?」
「必要ない。俺の魔法がどういうのか忘れたか?」
「あぁ、そういえば、経費削減の要だったか。じゃあ、遠慮なく入らせてもらうとしよう」
二人のやりとりが終わり、俺たちはレフレリの中に足を踏み入れる。
そこで最初に抱いた感想は、やっぱりトルフィネとは色々と違うんだなというものだった。
まず、トルフィネに比べてずいぶんと街を囲む壁が低い。五メートルもないんじゃないだろうか。入り口付近から見える建物も全体的にかなり低かった。せいぜい三階建てがいいところだ。
その造りもなんだか整然としているうえ、どれもシンプルで見合わけがつきにくい。色が薄緑で統一されているというのも大きな要因だろうか。慣れないうちは迷子になりそうな感じである。
あと、人口密度もかなり薄そうな印象があった。
図書館で調べた限りでは、四十万人以上が住んでいる大都市の筈なのだが、とてもそうは見えない。早朝や真夜中ならともかく、今は酒場が賑わいだすような時間帯なのだ。もっと騒がしくてもいいような気がするんだけど……
「……あ、ところで部屋はどうしますか? 出来れば、二部屋で済ませたいんだけど」
建物の角を曲がったところで、フラエリアさんが訪ねてきた。
「もちろんそれで構わないよ。ミーアも大丈夫だよね?」
「はい、異論はありません」
こうして男女で一部屋ずつを使う事が決定する。
まあ、お金が浮くに越した事はないし、荷台の中で一緒に寝食を共にしてきた相手なので、今更同じ空間で寝る事に抵抗もない。
「ではでは、まずはお風呂の順番決めをしましょう。手勝負でいいですよね?」
右手を左の掌の上でぐるぐるとまわしながら、フラエリアさんは決意のような力強さを込めて言った。
ちなみに、手勝負というのはじゃんけんの事である。
「あぁ、私は最後でいいよ。今更少し遅くなったくらいで気にするような段階でもないし」
「そうですね。私もいつでも構いません」
「え、そ、そうなんだ。……じゃ、じゃあ、わたし、最初に使わせてもらってもいいのかな? あ、でも、すぐに出ますから。そこは安心してくださいね?」
「……普段は長いの?」
「そんな事はないです。普通です。一時間くらいだし」
「いや、それは十分長いんじゃ……」
なんて、他愛のない話をしながら四車線はありそうな広い交差点に出たが、やはり人の密度は変わらなかった。
レフレリという都市は、土地にそんな余裕があるんだろうか?
その事をコーエンさんに訪ねてみると、彼はすらすらと答えてくれた。
「ここは人域の上の上限が極端に低いから、大抵のものが全部地下にあるんだ。そして地上は公的な機関と貴族の家で埋まっているから、トルフィネの上地区みたいに広い」
あぁ、なるほどなぁ、と納得したところで、その地下に続く階段に出くわす。
十人位が並んでも降りられそうなくらいに広い階段だ。特殊な素材で出来ているのか、靴音が殆ど響かない。
降りていくと、すぐに暖色の照明が迎えてくれた。天井と左右の壁に等間隔で設置されていて、暗さはまったくといっていいほどに感じられない。
そこは、ほっとする要素だったんだけど……
「……天井、低いね」
多分、二メートルあるかどうかと言ったところだろうか。レニが長身の部類に入る所為というのもあるんだろうけど、それにしてもかなり不安を覚える高さの通路である。
「三階まではこんな感じだ。それ以降はもう少し高くなる。基本的に上の階層ほど古いからな。その分色々と不備があるんだ。弄れない部分も多い。まあ、昔はここに住んでいる人達の背がそれほど高くなかったというのも、理由にはあるんだけどな」
「今は違うの?」
「ルーゼという国の一員になったことで様々な人種と混ざるようになり、その結果平均化したと言われている。まあ、純粋なレフレリ人もまだいるにはいるが。大抵は貴族だ。だから、滅多に会う機会はない」
「ここの貴族は、あまりに人前に出ないのですか?」
と、ミーアが訪ねた。
「あぁ、地上にいる事が多いからな。なんでも地下の空気が合わないとかなんとか、体質的な問題でもあるらしい。実際、十階より下で貴族を見たことはない、なんて話もあるくらいだし、ある程度は真実なんだと思う」
「それは、なかなか興味深い形態ですね。……ところで、ここの地下は何階まであるのですか?」
「千七百五十階だったと思う。少なくとも四か月前まではそうだったはずだ」
「千七百、ですか……?」さすがに、この数字にはミーアも驚いたようだ。「それはずいぶんと深いですね。人域に余裕はあるのですか?」
「まだまだある。だから、まだまだ地下は広がっていきそうだ。人口の方もまた制限を解除したみたいだしな。……ここは未だ発展途上なんだ。もちろん良い意味で、だけど」
「楽しい都市だろう? まあ、宿はどの都市もそんなに変わらないから、そのあたりには期待されても困るけどな」
そう言って、ドールマンさんは地下二階へと続く階段手前の、左側にあったドアを開けた。
するとそこには細長い通路があり、左右等間隔にドアが並んでいた。そして天井に突き刺さった看板には「宿」と素っ気なく書かれており、その看板には紫色の石が嵌められている。
「二部屋借りたいんだが、空いているかい?」
『……条件は?』
微かに光った石から、老婆の声がした。
どうやらスピーカーとカメラの役割をもっているらしい。
「清潔で快適な事かな。あと、ベッドが二つ以上欲しい」
『二千リラだよ。払う気があるなら、さっさと奥で清算しな。小汚い余所者ども』
「ずいぶんな言いようだな。ほんと、相変わらず客商売する気ないみたいで安心したよ、婆さん」
『する気がなくとも客は来る。ここは唯一の国営宿だからね。安さが違うのさ。それに文句があるなら消えちまいな』
「文句なんてない。安いのも事実だしな。まあ、此処に限っての話だが」
苦笑気味に言いながら、ドールマンさんは奥の壁に設置されていたダストボックスみたいなところにお金を入れた。
数秒ほど経過したところで、がちゃり、と鍵が開く音がして、二つの部屋の扉が勝手に開く。と同時に、石の光も完全に途絶えた。
「さて、これで寝床は確保できたわけだが。レニ、あんたらはこの後どうする? 温水浴びてさっぱりしたあと、俺は冒険者組合に顔出してから、そのまま飯食いに行こうかと思ってるんだが……どうだ、一緒に来るか?」
「そうですね、それじゃあ、お願いしてもいいですか?」
「決まりだな。じゃあ、そうだな、三十分後って事でいいか」
「え、それ早すぎないかな? もうちょっと後でもいいんじゃない?」
と、フラエリアさんが言った。
「それだと退屈で俺が寝ちまうよ。起きてる間に面倒事全部片付けて、明日以降は学者先生が来るまでのんびりする予定だからな。せっかく早く着いたんだ。反論は認めん。それが嫌なら、終わってから入るんだな」
休日が本当に楽しみなんだろう、やたらと弾んだ声でドールマンさんは言って……だけどその希望は、哀しいかな次の瞬間粉々に砕け散る事になった。
「――おぉ、本当にもう到着していたのか!」
乱暴に開かれた背後のドアと共に響く、元気な重低音。
振り返ると、そこには鎖骨まで届く顎髭と、ぴんと張った背筋が特徴的な白髪の老人がいて、
「では明日には出発できるな! 調査期間が増えるなんて最高だ。君は本当に優秀な冒険者だな。グゥーエ!」
……なんというか、少年のような笑顔でそんな事を言っていた。
この人が学者先生なのは間違いなさそうで、ドールマンさんは唖然とした表情を浮かべ、
「い、いや、さすがに明日は早すぎると思うぞ、ノーチェス先生。色々と準備とかもあるわけだし――」
「それはもう出来ている。心配する事はない。出発は0時30分時だ。遅れるなよ!」
「ちょ、ちょっと待て! あんたは元気かもしれないが、俺たちは色々あって疲労困憊なんだ! せめて一日くらいは休ませてくれっ! 万全でもないと、あんたの勢いについていけなくなるんだから! 本当に頼む! 頼むから!」
と、颯爽と立ち去ろうとしていた先生の腕を掴みながら、どこまでも切羽詰まった表情で叫んでいた。
次回は三日後に投稿予定です。よろしければ、また読んでやってください。




