第3話 秘密基地へようこそ。
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「きゃぁぁ!」
「ゴ、ゴリラ!? なんでこんなところに居るんだよ!」
「どいて! どいてよ!」
その日、閑静な住宅街は一瞬のうちにパニックへと陥っていた。その原因は、街中を走り惑う一匹のゴリラ。突如現れたその獣は、動物園の職員や警察の包囲を振り切り猛スピードで駆けている。オスのゴリラは大人になると、体長で180cm、体重も180kgにまで達し、前肢を握り拳の状態にして地面を突くナックルウォーキングと呼ばれる四足歩行で本気を出せば時速50kmの速さを出すことが出来るという。さらには、握力は人間とは比べようもないほど強靱であり、200kg近い体重を数本の指で支えることが出来るため高い塀も軽々と登ってしまう。
突如街でゴリラに出会ってしまえば、武器も持たない一般人にどうにかする術などあるはずもなく、彼らにとっては述べた数値以上の恐怖を持つ化け物として映っても致し方ない。
「ウッホ、ウホウッホ、ウホホ!」
だが、パニックになる一般人以上に困惑しているのはゴリラ、否、ゴリラになってしまった青島であった。真世界によってこの姿になってしまったのは明白ではあるが、その事実がこの現状を打破することはない。
幸い、彼を追いかけている職員や警察は彼を能力者だとは捉えて居らず、ただのゴリラだと思っているためいきなり殺傷能力の高い銃を使おうとはしていないが、それも時間の問題である。たとえ、ただのゴリラであろうともこのまま街中を逃げ続けていればいずれは殺傷処分される可能性もあり、とはいえ、投降して能力者であることが分かればそれはそれで捕まり極刑となるだけである。
「居たぞ! こっちだ!」
「麻酔銃を撃て!」
「駄目です! 周囲に人が多すぎます! 下手をすれば一般市民に当たる可能性が!」
「ええい! 警察は何をしているんだ! 住民の避難を急がせろ!! それと、車を使ってやつの逃走を妨げろ! 最悪数台潰しても構わん!」
どんどんと状況は悪くなっていく。追いかけてくる人間の数も時間と共に増加していき、廃車覚悟で道を塞ぐ車を避けようとするために取れるルートもどんどんと狭められていく。
このままでは捕まってしまうのは時間の問題。体力的にも疲れが見え始め、路地裏の影に身を潜めた彼に向けられたのは昨日聞いた少女の声であった。
「あっはっは! こらまた立派ゴリラ、あんさんも変な能力手に入れたね」
「ウホ!?」
声のした方へ顔を向ければ、路地を囲む塀の上にぐるぐる眼鏡に白衣の少女。昨日、薬を受け取った薬師である臆病者だ。八重歯をきらりと光らせて健康的にけらけら笑う彼女は彼の現状をとても楽しんでいるようであった。
「ウホ、ウホホホ!」
「あー、ごめんやけど、ウチはゴリラの言葉は分からんからなぁ? 何言ってんのかさっぱりや」
「ウッホホイ! ウホホ!」
「せやから分からんって。まあ、とりあえず。行こか?」
「ウホ?」
「あんさんに会いたがっている御人が居ってな。まあ、会う会わんはそっちの自由やけど」
そう言って、彼女が視線を外せば、その向こうから聞こえてくるゴリラを追いかける人間の声。
「このまま捕まるよりはええやろ?」
塀からぴょこんと飛び降りて路地の奥へと消えていく彼女の姿に、青島はしばし逡巡するものの決心したのかあとを追うのであった。
……。
…。
「じゃ! じゃーん! ようこそ、ウチらの秘密基地へ!!」
「……ウホ?」
人気の無い路地を通り抜け、たどり着いたのは街中にある小さな公園。ゾウさんの滑り台や、シーソー、鉄棒と小さいながらにも遊具が揃っている公園ではあるが、今は誰も居ない。あれだけゴリラが出たと騒ぎになっているのだ、このタイミングで子供を連れてこようとする親が居るわけもないので当然ではある。
だが、どれだけ周囲を見渡そうともやはりそこにあるのは公園で、彼女が言う秘密基地があるようにはまったく見えない。
「まあ、待ちぃな。急いては事を仕損じる言うやんか」
困惑して、いるようには表情からは読み取れないが、少なくとも困惑している風な鳴き声の青島へ、白衣の彼女は楽しそうに八重歯を見せて笑っている。
「秘密基地なんやから、入り口がはいここです! って分かるようには出来てへんのよ。さ、行くで! 刮目するとええ!!」
バサっ! と彼女が白衣を翻し、公園の中央にそびえるゾウの滑り台を指し示す。
すると!
何も起こらない。
「ウホ」
三十秒ほど待っても何も起こらない現実に、どう声を掛ければ良いか手持ち無沙汰になった青島であったが、それでも彼女の自信満々の表情は変わらない。
さすがに可哀そうになって来て、彼がおずおずと声を掛けたその時であった。
――パッッ! オーーーーン!!
「ウホ!?」
ゾウの滑り台が、鼻を天に持ち上げ吠えだしたのだ。
慌てる彼の態度に満足そうな少女。彼が落ち着きを取り戻した時には、ゾウの滑り台は三歩ほど身体を横にずらしており、今まで座っていたその場所に頑丈な作りになっているのが遠目でも分かる開き戸があったのであった。
「ほな、行こか」
ニシシ、と笑って彼女はその小さな見た目とは裏腹に重そうな扉を一人で持ち上げて、下へと続く薄暗い階段を降りていく。
四足歩行は下りの階段を苦手とするのだが、その階段は彼のような二足歩行でなくなった者のことも考慮しているのか、一段一段の幅がとても広く作られており歩き易い。ゆるい弧を描く螺旋階段となって下へ下へと下っていく。
十分ほど歩き続けてると、目の前が明るくなっていく。そこに向かい駆け足になった少女を追いかけると、急に開けた明るい場所に出た。
暗さになれた視界が真っ白になるなかで、彼の前に居た少女はくるっと反転し。
「ようこそ! ウチらの秘密基地へ!!」
そう言って、八重歯を見せて微笑んだ。