第1話 人の終わり。
しばらくは説明的な言葉が多いことご了承ください。
宜しければ、感想・評価お待ちしております。
事の始まりは2022年にまで遡る。
その年、某大国に巨大な怪獣が出現したのだ。
創作の世界でしか存在しなかったそれは、街という街を破壊し続けた。当然、政府が黙っているわけもなく、当時の最新鋭の兵器をいくつも投入し、破壊を繰り返す怪獣を退治することに成功したのだが、本当の問題はここからであった。
息の根を止めた怪獣がみるみるうちに萎んでいき、怪獣が消えたその場にいたのはどこにでも居そうなチンピラの死体であった。
人が怪獣へと変身した。
その事実の危険性を危惧した政府が情報規制をかけるも時すでに遅く。インターネットの発達している現代ではその事実はあっという間に世界中へと拡散してしまったのだ。
当然のごとく、世界はパニックに陥ってしまい各国政府はその沈静に尽力を当てることになる。
そんなとき、一本の動画がどこからともなくインターネットに流された。
『力を求めよ』
男か女か、それさえも分からない何者かがただそれだけを伝える動画がなぜか世界中の言語に翻訳され拡散されていく。
そして、それと同時に一つの薬がばらまかれた。
真世界。
服用すれば、高確率で死に至る。だが、もしも薬に耐えきり生き残ることが出来れば異能の力が身体に宿るとされた薬であった。
そんな噂を信じる者はほとんど居なかったのだが、怖い物知らずの若者達を中心に少しずつその薬は広まっていく。そして、多くの若者が死んでいくなかで生き残った数人が本当に異能の力を手に入れ、思うがままにその力を振るい始めたのだ。そうなってしまえば、もう誰も止めることが出来ない、一人また一人と薬に手を出すものが続出し、力に溺れた犯罪者の手によって多くの罪なき人間の血が流れていった。
各国政府が動き出すも、薬の効果で得る力は千差万別。おくれを取った政府では止めることが出来たのは微々たる被害だけであった。
そして。
助けを求める小さな声に応えるために、伸ばされたか弱き手を掴みとるために、禁忌に手を出す者たちが現れた。
毒を以て毒を制す。彼らは、すでに違法薬とされていた真世界を服用し、手に入れた異能の力を以て犯罪者共に戦いを挑んだのだ。政府からすればどちらも違法薬に手を出し人外となった犯罪人、表立って賞賛を浴びることなどあるはずもなく、捕まれば犯罪者同様に処断されてしまう運命を背負ってなお彼らはその心が示すままに走り続けた。
いつしか彼らは、ヒーローと呼ばれていくようになる。
……。
…。
――2045年。日本。
草木も眠る丑三つ時に、一人の男がとある廃工場へと入っていく。十年前に会社が倒産したあと買い手が付かず廃墟となり、最近では崩れ落ちる危険もあると浮浪者ですら近づくことのないその場所に迷いなく足を進めていく。
月明かりが照らすなか、廃工場の中心で男は立ち止まり周囲を気にするかのようにきょろきょろと視線を動かしていく。
誰かを待っているのかしきりに左腕につけた時計を確認しているが、男以外の誰かが現れる気配はなかった。そして、時計が示す時間は夜中二時七分、男が廃工場にやって来てすでに十分以上の時間が経過していた。
「……遅い」
「堪忍な、これでも結構忙しいんよ」
「どこだ!?」
ぽそりと零れ落ちた言葉にまさかの返事が返ってきた。男の声に返された声は若い女のものではあるのだが、どれだけ周囲を確認しようとも誰かが居る気配はやはりしない。
「どこや言われて、ここよ、って言う人はあんまり居らんと思うなぁ」
近くから声がするのは間違いないのだが、微妙に反響する空間に居るためか具体的な場所が特定できない。焦る男とは対照的に、若い女の声はからかっているかのように楽し気であった。
「……薬が欲しい」
「人間やなくなるで」
「覚悟の上だ」
「誰も褒めてはくれんで」
「子どもじゃないんだ、褒めてほしいわけじゃない」
男は懐から封筒を取り出し、足元へと放り捨てる。
「二十万。ちょうどだ」
「阿呆やねぇ、まあ? あんさんみたいな人が居るさかい、ウチは儲かるねんけどな」
地面から飛び出た細い腕が封筒を掴む。
その光景に男が一歩飛びのけば、さきほどまで男が立っていた地面から白衣を着たぐるぐる眼鏡の少女が
這い出てくる。
「チッ」
思わず男が舌打ちをしたのは、地面、否、影の中に少女が潜んでいた。そんなことにすら気付くことが出来なかった己への苛立ち故であった。
「臆病者だな」
「せやよ、はろーはろー! こんにちは、ああ、こんばんは? おはようございます、のほうがええんかな」
「どうでもいい」
「ノリ悪いなぁ、一応聞くけど青島さんでええんよね」
ひーふーみー、と封筒の中の札を数えながら、少女は実際は分かり切っているであろうことをあからさまに事務的に確認するため口にする。
「……ああ」
「はい、確かにちょうど頂きました。ほな、どぉぞ」
「ッ」
ぽい、と雑に投げられた小さな小瓶をキャッチする。なかには、ドロドロとした怪しく光る青色の液体が入っている。
「本物なんだろうな」
「そこは信じて、というしかあらへんかな? まあ、ウチは薬師や。その名にかけて本物やと誓うよ」
「……」
薬師。
所持しているだけでも極刑となる真世界は当然簡単に手に入るものではない。それはヒーローを希望する者とて同様であり、そんな彼らに薬を売る者たちのことを薬師と呼ぶ。
彼らは、ヒーローを希望する者たちにしか薬を売らないことを信条としている
逆に、金さえ積まれれば誰にでも、それこそ犯罪者にすら薬を売りさばく者たちのことを仲介人と呼び区別されてはいるのだが、あくまで言われているだけであり、実際としては薬師であろうが仲介人であろうが犯罪を犯していることには変わりはない。
「それよか、そいつの致死率は八割を優に超える。思い直すんやったら、」
「(ぐい」
「躊躇なしかい……、あんさんも色々ぶっ飛んどるね」
「当然だろう、ここまで来てそんなことを気にすッ!? がぁ、ア!?」
男の手から転がり落ちた小瓶が音を立てて砕け散る。だが、今の男にそれを気にする余裕など存在していなかった。
「ほならウチはこれで、もしも生きとったらまた会おうや」
胸を抑えて苦しみだす男の様子を気にすることもなく、少女は軽やかに歩き出す。そして、数歩歩いたその先で闇に溶け消えてしまう。
残されたのは膝をつき悲痛な叫びをあげる男ただ一人。まるで体内を焼かれているかのような熱さと全身を襲う激痛で視界は歪み、立っていることも出来ない。
「が、ァア!? ぐ、ぎぃい、ご、ァぐぃ!! オ、ぐッ! はぁッ、アぐ、が、ぉお”! ぁががァア”ア”ア”ア”ア”ア”!!」
聞くに堪えない男の叫びは、明け方まで続くのだった。