▽10月5日(金) 午前9時28分
▽ ▽ ▽
「おはよー」
傘をくるりとまとめながら、スーツ姿の女性が声をかける。
「ああ、先輩。おはようございます」
既にデスクに向かっていた男が振り向き、挨拶を返した。
「いやー、雨だねえ」
「雨っすねえ」
「また台風来てるらしいよ」
「ああ、24号でしたっけ」
「うん。また三連休が雨でつぶれるよ」
はあ、と女性がため息をついた。
「今沖縄らへんですよね」
「もう過ぎたんじゃない?」
男の方がキーボードをカチャカチャと叩き、台風の情報を画面に出した。
「あーほんとだ、もう完全に沖縄過ぎてますね。それより、先輩」
「なに?」
「24号じゃなくて25号でした」
「おおう……」
▽ ▽ ▽
「時に後輩くん」
「なんですか先輩」
「突然だけど、クイズ出していい?」
「いやって言っても出すんでしょう」
「よくわかってるじゃん」
うんうん、と頷いて、女性が続ける。
「それじゃ、問題。あ、マルバツ問題だよ」
「はあ」
「沖縄県に、今まで、台風が『上陸』したことはない。○でしょうか、×でしょうか?」
「はあ?」
首をひねるまでもない、と言いたげに、男は答える。
「んなもん×に決まってるじゃないですか。地球ができてから一度も上陸してないなんてあり得ない」
「そんなにさかのぼったら沖縄自体なくなっちゃう」
「え、そこ気にするんですか?」
「うーん……じゃあ、気象庁が統計を取り出してから、って条件を加えよう」
「それでもウン十年ですよね……一度も上陸してないなんてあり得ないです。×です」
ふふふ、と女性は笑い出した。
「やっぱりひっかかった。○だよ」
「え? ほんとですか? ……確かに、25号はかすめてるだけですけど」
「そもそも、『上陸』ってなんだと思う?」
「陸地に上がることじゃないんですか」
「ないんだよそれが。ほら、調べてみ?」
彼女に促され、男は再びキーボードを叩く。
「えー、『台風 上陸 定義』……いや、ひどい。こんなのずるです」
パソコンの画面には、こう書いてあった。
"台風の中心が北海道,本州,四国,九州の海岸に達した状態"。
「そもそも『沖縄県』への上陸はあり得ない、なんて思わないじゃないですか……」
「わたしに八つ当たりしないでよ。気象庁に文句言いなよ」
「電話貸してください」
「こら、私の携帯取るな! それ業務用でしょ!」
女性が首から提げていた携帯を引っ張りかける。
「もともと仕事から逸れさせたのは先輩ですよね……」
「いや、私はただおはようって言っただけだけど?」
「クイズ出してきたのはあなたですよ」
「君がすぱっと正解を答えればよかったんだよ」
「最初に話を逸らしたのはあなたでしょうって言ってるんです!」
「だから、君がちゃんと軌道修正すればよかったじゃん」
「むりでしょ」
満足したのか、自分の席へと戻りながら、女性が言い置く。
「あ、でも、台風の軌道は逸らしたままにしてね」
「誰がうまいこと言えと……」
* * *
10月5日(金)。日本列島に台風25号が接近中。