人外と少女の赤。
ぼくは、自分のことが嫌いだ。
生まれたときから、ぼくの身体は鱗で覆われていた。青とも緑ともつかない、気持ちの悪い色が身体を覆っていた。そのくせ、目だけは真っ赤に染まっており、いやに浮いているのも気に食わなかった。
母親と2人で森の奥にひっそりと暮らす生活。母はよく呪文のように、外は怖くて恐ろしい世界だから、出てはいけないとぼくに言い聞かせた。
今になって思えば、気持ちの悪い見た目のぼくを誰にも晒せなかったがゆえの言動なのだろう。
しかし、子どもとは容赦なく疑問をぶつけるものなのだ。
父親のこと、外の世界のこと、自分のこと、母親のこと、全て気になっていることをぶつけて、困らせていたことはよく覚えている。
母親は白い肌と、茶色の目なのに、ぼくだけ違うと、母親をいつも羨ましがっていた。
ぼくが外に出ては行けない代わりに、母親が外へ出かけたときには、本やお土産をもらい、それで我慢しなさいと言われていた。
本には外の世界の海や街のことが描かれてあり、いつか行くことがぼくの夢であったのだ。
たったひとつ、ヒトの様子が書かれているとき、自分と違う事ばかりで母親に聞いてばかりだったが、何も言わずにはぐらかされるばかりであった。
いつしか、母親は咳がひどくなり、ベッドで寝込むことが多くなっていった。ぼくが7つのころだ。寒い冬で外は雪が降り積もり、この寒さで母親は外に薬を買いに行くことも出来ずに毎日がすぎるばかりであった。
ある日の朝。いつものように本を読んでいると母はぼくを呼び寄せて言った。
「あなたは竜人なの。私と違うのはお父さんの血があなたに入っているから。…ごめんね。」
そう言って涙を流しそのまま眠ってしまった母親に、わけも分からず揺り起こすが何も反応がなかった。
どうしようもなくなって、薬を買いに外を走った。出ることを禁止されていることなんて、頭になく、無我夢中で走った。
くらい木々を抜け、街がそこにあった。
何時間走ったかは分からないが長く感じたし、思ったより街は近いところにあることにも驚いた。
街では母親によく似た白い肌のヒトたちが何人もいて、初めて見る光景であった。
何もかも見るもの全てが初めてのものばかりで、どうして良いか分からず、近くを走ってきた小さなヒトの腕を掴んで薬の場所を聞いた。
これが間違いだったのだ。
小さいヒトは泣き出し、母親に助けを求めていた。母親が慌てた様子で駆け寄りぼくを突き飛ばした。
「バケモノ!!!!!!」
母親も小さいヒトもそう叫んでぼくから離れていった。だんだんと、人が集まってきて、とてもこわかったことだけを覚えている。
「くすり、くすりをください。」
それだけが頭の中でループしており、うわ言のように繰り返した。
ヒトはみんな怖い顔をしていた。何をしたらよいかも分からず手を伸ばす。そうすると近寄るな!バケモノ!といわれ、石を投げられた。
1つ投げられたら、色々なところから投げられ出す。いたくて、いたくて、たまらなかった。
やめて!と叫んでも助けてくれるヒトはいなかった。ただ、バケモノという言葉と石やものの当たる感触しかなかった。
ぼくは逃げたのだ。怖くてたまらなくて家に帰って母親のところへ走って帰ったのだ。
後からあいつを追えという言葉が聞こえており、ただひたすらに走った。母親に会いたかった。
家の近くの大きな木の根元で、ぼくは倒れてしまった。何時間も走り、ケガもしていたため、体力がもたなかったのだろう。張り詰めていたものが一気に崩れ気を失ってしまった。
家は目の前であった。
目が覚めると明るかった。冬の曇り空ばかりだったこれまでは夢だったのだ。
母がおはよう、と声をかけてくれる。
「おはよ………う」
家が燃えていた。
炎の光だった。
たくさんの大きいヒトたちが、家に火をつけていた。バチバチという音と、家の崩れる音がする。
ぼくはなにもできなかった。うごけなかった。
夢であったと、思いたかった。
静かに涙が頬を伝うのだけを感じていた。
いつしか、ヒトはいなくなり、光もきえ、いつもの薄暗くて冷たい冬になった。
立てずにいたぼくは、家に入ることが出来なかった。黒い跡が恐ろしくこわかった。母親のいないことをみて、逃げ出したのだと思った。
何もかもが黒くなり、街で見たヒトのようだと思った。
気がついたら走り出していた。
街とは逆の方向へ。
暗い木々のさらに暗い所へ。
涙が止まらなかった。
なんの涙かは分からなかった。
そうして、ぼくは、森の中で暮らし始めた。
どこの場所かも分からず森を転々とした。
獣は自分からは寄ってこようとはしなかった。
ヒトに見つかるのが怖くなり、ひたすらに隠れて過ごした。何年も経って、深い森で小さな古い家を見つけた。
ヒトはこんなに深い森まで来ることはなく、誰も使っていないようであった。中も今までの家とはちがい、冷たく、何も無かった。それが逆に心地よくも感じた。
そこへ住み始めてから、森に食べ物をとったり木を取りに行く途中で、アイツにであったのだ。
初めはすぐに隠れた。
気づかれないようそっと逃げて、その日は家から出ることもなく、眠ることもできなかった。
でも、何日も何日も彼女はそこにいた。
声をかけることもなく、ぼくは遠くから見るだけだった。ぼくと同じ赤い瞳に取り憑かれたように、彼女の赤が離れなかった。
ただ、あの日だけは、彼女の赤は赤ではなかった。消えてしまいそうだった。いつもよりも多くの傷をつくっていた彼女は、目を離すと一瞬でいなくなる気がしたのだ。
あの日のぼくと、同じように感じた。
思わず声をかけてしまい、色々あって、彼女は今隣で眠っているのだが、彼女も、消えてしまうのだろうか。
人外と少女の赤。