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見えない人間

 

 手術室には俺と患者のジョーカーのほかに、先ほどの男ふたりも一緒に入ってきた。


 無菌服を着た姿はいささかマヌケだったが、それで彼らの暴力の専門家としての手腕が損なわれるわけでもない。


 命のやり取りをする者らしく、やはり彼らの瞳も義眼だった。レーザーやそのほかの武器と相対するときのため、この手の人間はたいてい高性能な義眼を入れているのだ。


 その義眼の無機質な瞳ににらまれて、いささか居心地の悪い思いをしながら。


 俺はジョーカーの手術に取り掛かることにした。


 オペそのものは経験のある種類だったので、さほど苦労することもなかったが、なにせ物騒な男たちに見張られて、しかも一人でやらねばならないのだ。


 なんとか終わった頃には、俺は汗びっしょりクタクタになっていた。



「終わったよ。あと一週間は経過を見なくちゃなんとも言えないが、少なくともオペは成功した」



 麻酔で意識を失っているジョーカーの代わりに、男の一人が答えた。



「そうか、ご苦労だった。経過は他の医者に任せるとして、あんたにはここで死んでもらおう」



 ちぇ、やっぱりそういうことか。


 オペをした段階で、俺はいやでも彼らの秘密に気づかされた。


 同時に、彼らが俺を生かして帰さないことにも気づいていたのだ。



「せめて、タバコを一服させてくれ。それくらいはいいだろう?」



 男たちは無表情のまま、無菌室の扉を開けた。もちろんその手には銃が構えられている。


 俺は扉を出て無菌服を脱ぐと、脱いであった上着のポケットからタバコを取り出した。それから表で待っていたダインに向かって、静かな声で言う。



「ダイン、男から銃を取り上げて、こいつらを撃て」



 ダインはきょとんとしたあと、あきらめたような顔で言った。



「私をスパイエージェントか何かと思っているの? そんなこと、できるわけないじゃない」


「できるさ、君ならな」



 片目を瞑ったところに、後ろから男の声がかかる。



「おい、何をぶつぶつ言っているんだ? タバコを吸うんだろう?」



 男は銃を構えたまま、相変わらずの無表情で言った。



「ほら、早く」



 ダインは仕方なくといった具合に、警戒しながら男に近寄ってゆく。男は俺に銃を向けたまま、微動だにしない。


 恐る恐る動いていたダインもやがて、不審な顔のままつかつかと男に近寄った。


 男はダインのほうに視線を移したが、すぐに俺のほうへ向き直る。


 近づいたダインが銃を取り上げると、男はあわてたように銃を追った。しかしそのときにはすでに弾丸が発射され、男は血を流してぶっ倒れる。


 もう一人の男は、いったん驚いたようにダインの持つ銃と俺を見比べて、俺に向かって銃を向けた。



「撃て!」



 ダインの銃が火を噴いて、もう一人の男も倒れた。



「どうして?」



 ダインが唖然としながら、男たちの死体を見つめて言う。


 俺はようやくタバコに火をつけると、手術室で眠っているジョーカーのほうへ歩きながら言った。



「こいつらには君が見えないんだ」


「どういうことなの?」



 答える前に、辺りが騒がしくなってきた。



「話は後だ」



 ジョーカーの身体を人質にして部屋を出ると、俺たちはエレベータに向かった。


 エレベータの中を覗き込むと、俺は真っ先にインジケータを見た。やっぱりだ。そのままボタンを押そうとしたダインを制して、俺はエレベータを飛び出した。



「どうしたの?」


「エレベータは必要ない。非常口を使おう」


「地下200階に、そんなものがあるわけないでしょ!」


「あるさ。ここは地下200階じゃなくて、地上一階だからな」


「そんな!?」



 エレベータが下ったように見せかけたのは、トリックだったわけだ。


 わざと時間をかけて下り、さも地下深くまでもぐったように思わせて、実は一階で停まる 、という陳腐なトリックだ。


 なぜそんなトリックを使ったのかは明白である。


 アンダーグラウンドに行きたくなかったのだろう。それはとりもなおさず、彼らがアンダーグラウンドの人間ではないことを意味する。



 俺はジョーカーを担いで走り出した。こうすれば万が一追っ手がかかっても、ジョーカーの身体が盾になって、やつらは銃を撃つことができない。


 ジョーカーの指を指紋認証装置に読み取らせると、思ったとおり彼らの誰よりも権限のあるジョーカーの指紋は、全ての通路をフリーパスできた。


 追っ手がかかる前に何とか非常口を発見した俺たちは、そこにジョーカーの身体を捨てて置いて脱出した。術後すぐに担いで走ったから、もしかしたら傷が開いてしまっているかもしれないが、そこまでの責任はもてない。



 外の世界、とは言ってもビルディングとビルディングの隙間、人ひとりがどうにか歩ける程度の隙間を縫って俺たちは走った。


 そろそろ域が切れて走れなくなるぞと言うころ。


 ようやく目的のビルディングの非常口を見つけ、俺たちはそこへ飛び込んだ。



「ここまでくれば、まず安心だろう」


「ここは?」


「ダーティダーク。このあたりじゃ一番高いビルディングさ」



 一番高いと言うことは、それだけ需要があり、潤っていると言うことだ。つまり、ここはここらで最も大きくて、人がたくさんいるビルディングと言うことである。なぜか?



「ダーディダーク? じゃあ、ここは娼婦街?」



 つまり、そういうことだ。


 センターに追われた人間が逃げ込むには、最も適した場所である。



「センターに追われている? じゃあ、あのジョーカーという男は……」


「あいつは間違いなく、本物のジョーカーじゃない。いや、伝説か本当にいるかは知らないが、間違いなく言えるのは、ジョーカーなんてアンダーグラウンドの人間ではないよ。あいつはセンターの、つまり政府の人間だ」


「どうして……」


「ジョーカーをカタったあの男の身体には、ものすごく高級な人工臓器が組み込まれていた。しかも、非合法じゃないヤツが。ってことは、あの男はアンダーグラウンドの人間ではなく、合法的に人工臓器を使えるほどの金持ちか、権力者だと言うことだ」


「それがどうして、もぐりの医者を使おうとしたの?」


「信用できないからだよ。政敵だかなんだか知らないが、やつは命を狙われているんだろう。ああいう連中は、力で屈服させるか金を積まないと、人を信用できないんだ」


「それで、もぐりの、それも腕のいい医者を探してたわけね?」


「そして秘密を知った俺を消そうとしたのさ」


「じゃあ、私が銃を奪ったとき、反撃してこなかったのは?」


「言ったろう? あいつらには、君が見えないんだ。あいつらはみんな、超高性能の義眼を入れていたからね」



 人工臓器にしろ、義眼にしろ、およそ精巧であればあるほど、そのコントロールとメンテナンスは複雑になる。しかし、人間の身体には限られたスペースしかない。


 そこで最高級の人工臓器や義眼はたいてい、無線接続の外部コンピュータによって制御されている。


 そしてこの世界にあるコンピュータで『非合法でないもの』は、全てセンターのコンピュータとつながれているのだ。彼らの目に映ったダインは、センターに存在を認められていないために、情報処理の過程でデータを削除されてしまったのである。


 安い義眼なら映像を脳に直接送るからそんなことはないのだが、常にレーザートラップなどのワナを警戒する必要のある彼らは、最高級のセキュリティつき義眼を使っていたと言うわけだ。



 思い返してみれば、やつらは不自然なほど彼女を無視した。


 彼女が俺の過去を聞いたとき、たまたまジョーカーが俺の過去の話をしたから、会話がつながっているように感じられたが、考えてみれば彼は一切ダインと話をしていない。


 それを完全に確信したのは、男が俺とダインを見比べた時だ。


 あの時彼は俺を見たあと、明らかにダインのほうを見た。


 しかし彼は俺に向かってきた。銃を持った人間より、丸腰の俺を優先したということは、つまり彼はダインを認識できず、宙に浮かぶ拳銃しか見えなかったのだ。



「なるほどね。だから私に銃を取れって言ったんだ」


「もうひとつわかったことがある」



 俺はゆっくりとタバコに火をつけてから、ダインに面と向かった。



「あのレーザートラップを仕掛けたのが、おまえだと言うことだ」




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