もぐりの医者
エレベータはおそらく下っていた。
目隠しをされているからエレベータ内のインジケータを見ることはできないが、もう、かなり下っているところから考えても、相手はよほどの大物に違いない。
「ずいぶんと下るんだな? いったい誰に会わせてくれるんだ?」
俺を拉致した男たちからの答えは、もちろんない。2~30階のチンピラとは違うということだろう。もっとも俺の部屋だって40階だから、まあ、そうたいした違いがあるわけじゃない。
少なくとも100階以上のエリートたちに比べれば。
もちろん、低階層だろうが高階層だろうが、一生ビルディングの中で暮らせるってのは同じだ。IDももらえない、ビルディングの中にも住めない、最悪の生活に比べれば、この中で暮らせるだけで喜ぶべきことなのかもしれない。
40階から一階まで、ビルディングのポンコツエレベータで一分。
もう五分くらいは下っているから、少なくとも地下150階くらいにはきてる計算になる。 地下100階より下ということは、完全にアンダーグラウンド、嘘と裏切りにあふれた犯罪者エリアであることだけは確かだ。
俺の横にいるダイン・デステニーと名乗った女は、意外に落ち着いた様子で口を開く。
なぜか彼女の方は目隠しされていないようだ。
「お父さん」
俺はダインを黙殺した。
「あなたのDNAと私のを比較した結果、あなたが私の父親であることは間違いないの。母との間に過去、何があったか知らないし、知りたくもないけど、それくらいは男らしく認めたら? 私を失望させないで欲しい」
「レコのおまえをどうやってDNA鑑定するってんだ? おおかたもぐりのエンジニアか何かにやらせたんだろうが、そいつが信用できる保証がどこにある?」
「鑑定をしたのは、マック・マザワよ? それでも信用できない?」
「へ、マックだ? それじゃあ100%信用できないね」
「マックをエンジニアとして信用しているからこそ、仕事のときに彼のサポートを受けるんでしょ?」
「ああ、ヤツのエンジニアとして腕は信用してる。だが、人間としてということになれば、話は別だ。あの野郎なら、おまえが俺の娘だなんて言うくらいの嘘は平気で言うさ。酒場で笑い話のネタにするためだけにな」
「そろそろ黙ったらどうだ? おしゃべりな男だ」
男のセリフと同時に、エレベータが減速する感覚。俺は背中を小突かれて歩き出した。
先ほど、ダインの「お父さん」のセリフに俺が言葉を失っていると、ドアがノックされた。
俺としちゃあだらしない話なんだが、ダインの言葉があまりに意外で動揺していたのだろう。
ほとんど無警戒で扉をあけた瞬間に、駆け込んできたふたりの男によって拉致されてしまったのだ。
やがてどこかの部屋に入ると、そこで目隠しをとられた。
「!!!」
俺とダインは、同時に言葉を失った。
俺たちの目の前に現れたのは、信じられないほど広い部屋だったのだ。
おそらく一辺が50メータはあるだろう。俺の部屋が、いくつ入るんだ?
限られた土地を有効利用するため、人類はその住処を上下に広げた。
それがビルディングだ。
ビルディングは連結され、さらに大きなビルディングとなる。今や陸地という陸地の上には、全てビルディングが立っている。ある程度の資産を持てば、住居を縦に広げることは可能だ。
しかし、横方向にこれだけの占有地を持っているというのは、並大抵の人間ではない。
「わざわざご足労いただき、感謝する」
ちっとも感謝してなさそうな声が、俺たちの後ろから聞こえた。
あわてて振り返ると、そこにはひどく太った男が立っていた。昔マックに聞いた話を思い出す。
「聞いたことがある。マイナス200階あたりにジョーカーと言う、体重200キロを超えるような大男の天才的な犯罪者がいて、そのあたりの悪党を牛耳っているってうわさをな」
「つまり、それはうわさじゃなかったわけだ。座りたまえ、エリック・クウォール」
その男ジョーカーは、おそらく義眼なのだろう、鋭い瞳を光らせて見事にダインを無視すると、俺にだけ椅子を勧めた。ダインは怒りとおびえの入り混じった目で男をにらみつけているが、視線を受ける男の方は意に介する様子がない。
俺は勧められた椅子に腰掛け、ビビっているのを悟られないように、ことさら穏やかな声を出した。
「で、その伝説の男ジョーカー氏が、このちんけなもぐりの医者に何の用だ?」
「そう自分を卑下することもあるまい。かつては150階に住んでいたスーパーエリート、シティ中央病院の若き天才的医師が」
ち、そこまで調べてあるのか。
「古い話さ。それで? まだ質問の答を聞いてないんだが?」
「端的に言おう。私の心臓を治して欲しい。必要な設備は、全てこちらが用意する。報酬は1千万クレジット」
俺がぐらっと来なかったと思うなら、それは買いかぶりだ。もちろん、二つ返事で引き受けたい。
だが用済みになって消されるような、とんまなマネだけは避けなくちゃならない。
「どうせ断れないんだろう? だったらせめて、仕事のあと消されないって言う保証が欲しい」
ジョーカーは唇の端をゆがめていった。
「ああ、つまり仲間になりたいと言うのか?」
「まあ、そんなとこだ。仲間とまではいかなくても、ちょいちょい仕事をくれたら、それであんたのことは決してしゃべらない。みすみす旨い儲け口をなくすほど、俺はマヌケじゃないからな」
ジョーカーは義眼から鈍い光を発しながら、ゆっくりとうなずいた。
「なるほど、わかった。あんたには、まだ使い道がありそうだ。それじゃ早速仕事にかかってもらおう」
「私は? 私は彼の娘よ。彼とはなれるつもりはないわ」
ダインのセリフに、ジョーカーもその手下も、何の興味も見せなかった。その無反応を肯定ととったのだろう。ダインは俺のそばに寄り添って、一緒に歩き出す。
「ねえ、どうしてもぐりの医者なんてやっているの? 中央病院のドクターだったらエリートもいいところじゃない。何か失敗をしたの?」
俺が黙っていると、前を歩いていたジョーカーが突然振り向いた。
「なあ、ドクター。あんたについては、ずいぶんと調べさせてもらったよ。なんでも事故で亡くなった奥さんと娘を生き返らせようとして、 医学的にも道徳的にも、そして法的にも禁じられている、非合法の人間クローン培養を行ったそうじゃないか」
「昔の話だ。今の俺には関係ないことさ」
横で言葉を失っているダインの視線を感じながら、俺はそうつぶやいた。
「それがばれて、医師免許は剥奪。40階なんて下層に落とされたんだな。まあ、おかげで俺は最高の腕を持ったドクターに診てもらえるわけだから、感謝しなくちゃならないが」
ニヤニヤと笑うジョーカーを殴りつけたいのをこらえて、俺は黙り込んだ。
「そう。娘さんが亡くなったの……それであたしを生ませたわけね? その気持ちはわからないでもないし、『なぜ会いにきてくれなかったか』なんていまさら言うつもりはないわ。でも、せめてお母さんの居場所くらい、教えてくれてもいいんじゃない?」
知ってどうする? 決して会うことはできないのに。
そう思いながらも、それを口にすることはできなかった。




