レーザートラップ
全4話、本日中に最終話まで連続で更新します。
タバコを取り出してくわえ。
ポケットのライターをまさぐりながらドアを開けようとしたところで。
タバコに火がついた。
すんでのところで立ち止まり、急いでタバコをもみ消す。
廊下はもちろん禁煙だ。居間の煙がセンサーに引っかかったら罰金を払うことになるから、俺の少ない稼ぎの一月分が一瞬でパーになる。もっとも、安アパートのセンサーはやはり安物らしく、ほんの一秒程度の煙は見逃してくれたようだが。
俺はほっと一息ついてから、改めて部屋の入り口に目を向けた。
が、もちろん何も見えない。
見えるようじゃワナにはならないんだから、当たり前だ。
それに見るまでもなく、何が起こったかには見当がついている。
レーザートラップだ。
レーザーが糸のように張られていて、そこを通過した者の首なり胴体を瞬時に切り落とすという、比較的古典的なトラップ。それもタバコが蒸発しないで発火したところを見ると、粗悪な安物レーザーに違いない。
まともなレーザートラップなら、俺は何事もなかったように部屋の中に入っただろう。そして部屋の中を何歩か歩いたところで、突然、頭と胴体が泣き別れになる。
ビルディングの部屋は全て指紋認証式のオートロックだから、そのあとでレーザーを回収すれば、密室殺人の出来上がりだ。
レーザーだから首と胴体の切断面からは血も出ない。次に誰かが遊びに来て首を切り落とされた俺の死体を発見するまで、事件があったことさえ、誰にも気づかれないといった具合だ。
もっとも、俺の家に尋ねてくるような酔狂な人間は居ないから、発見されるのは数ヶ月先になっていたかもしれないが。
とにかく、今俺の部屋の前に仕掛けてあるような粗悪な代物では、死体はあっという間に発火して廊下中に煙が立ち込めてしまう。ビルディング中大騒ぎになり、俺は白骨死体ではなく、焼死体で発見されただろう。
扉のそばに行くと、巧妙とはいえないが少なくとも隠そうという努力の跡は見られる、レーザーガン用のエネルギーパックと発射装置が見つかった。
「どうも気に入らないな」
俺は独り言ちた。中途半端すぎるのだ。
俺を殺すだけならもうちょっとマシなトラップがあるだろう。少なくともレーザートラップなんて高価な方法より、ずっと安価で効果的な方法が幾らでもある。また、誰にも知られずに俺を抹殺したいなら、もう少しきちんとしたレーザー装置を使うはずだ。
これじゃ、俺が死んだ瞬間に警報が鳴り、ビルディング中の人間に知られてしまう。
「ミスタークオール?」
お粗末なトラップを片付けていると、背後から声がかかった。
振り向くとそこには、女が立っている。俺は嫌な予感にさいなまれながら、その顔を見返していた。
俺が答えないまま立っているのを見て、女は少し不安げな顔で質問を重ねた。
「ミスタークオールではありませんか?」
黙ったままうなずくと、扉を開けて中に入りながら、女に向かってあごをしゃくった。本当は部屋に入れたくないのだが、このまま廊下で立ち話をするのは、あまりに目立ちすぎる。
部屋をスキャンして他のワナがないことを確認すると、俺はソファに腰掛け、女にも座るよう促した。女は上品なしぐさで長い足をそろえ、ソファに座る。
「で? あんたは?」
「ダイン・デステニーと言います。あなたにお願いがあって……な、何を笑っていらっしゃるの?」
女は不愉快というより当惑した顔で聞いた。
「いや、悪かった。よりによって、ダイン・デステニーがエリック・クオールのところへやってくるとは」
「あなたは私をご存知なんですか?」
俺は一瞬黙ったあと、おおよそを理解した。
「ああ、あんたレコか」
彼女の表情が瞬時に固くなった。
「ずいぶん勉強したんだろうな。あんたの発音は完璧だ。だがレコ出身を隠すなら、学ぶのは発音やマナーだけじゃないんだぜ? 自分の名前に込められた意味に、興味を持たない人間なんていない。しかし、あんたは自分の名前に込められた意味を知らない。イコール、それはあんたの名前じゃない」
俺はイコールのところに強いアクセントを置いて言い放つ。
「人に物を頼みに来るのに偽名を使うってコトは、あんたは何かしら後ろ暗いところがあるに違いないだろう。しかし、アンダーグラウンドで生きてる人間にしちゃ、あんたは隙がありすぎる」
女はうつむいたまま、身じろぎもしない。
「ビルディングに入ってこられるということは、IDを持っているということだ。IDを持っているのに偽名を使うのは、そのIDが偽造で、しかも何度も偽造することができないということだ。つまりあんたは、IDを偽造できるほど金持ちか、高い地位の人間が生んだレコだ。違うかい?」
彼女の沈黙がそれを肯定した。
俺はなんだか弱いものいじめしているみたいな嫌な気持ちになって、言葉の勢いを弱めた。
「ダイン・デステニーは『死にゆく運命』って意味なんだ。ちなみにエリック・クオールは、E・クオール。イコール……平等って意味さ。『死にゆく運命』が『平等』に会いにくる。暗示的じゃないか。それで笑ったのさ。まあ、誰の名前をパクったんだかは知らないが、この次はもう少しうまくやんな。出口は入ってきたところだ。それじゃさよなら、お嬢さん」
俺はそうまくし立てると、ソファから立ち上がって大仰に頭を下げた。最高級のホストが金持ち女をエスコートするときのように。
しかし女はうつむいたまま、動こうとはしなかった。
俺は辟易しながら、女に向かって諭すように言葉を継いだ。
「なあ、お嬢さん。俺はあんたがレコだろうが何の興味もないし、どこに訴え出る気もない。しかし、あんたの依頼がなんであれ、応える気もない。わかったら、さっさと帰ってくれないか?」
レコ……レコグナイズ。
認知するとか承認するとかいった意味の言葉だ。
センターに記録されていない人間を、皮肉ってそう呼ぶ。
人が一生に持てる子供の数は一人。どんなに地位の高い人間でも例外はない。だから、ふたりめ以降の子供は非合法な存在になり、IDどころか人権さえ認められない。いや、センターにとって『その人間は存在しない』のだ。
「母親に会いたいんです」
「知らないね」
俺は瞬時に応えた。
この子を生んだ母親は、その関係を必死になって隠しているに違いない。レコに偽造IDを与えるほど地位の高い人間なら、それが当然だ。だとしたら、俺ごときが調べたとしても、絶対に探し出すことはできないだろう。
もちろんこの女から前金だけ受け取って、「見つからなかった」で済ませば丸儲けなんだが、俺はそういうのが嫌いなのだ。
「そりゃね、確かに俺は基本的には何でも屋だ。だが、何でも屋の中にも、ある程度の専門みたいなものがあってね。人探しなら『探偵メインの何でも屋』に頼んだ方がいい。ああ、聞かれる前に言っておくと、俺の専門は非合法医療だ」
「あなたの専門が何なのかは、どうでもいいんです。あなたじゃなきゃ駄目なんです」
「どういう意味だ?」
嫌な予感が俺の脳裏にひらめく。
女は何かを決心したように、キッと厳しい表情で俺をにらんだ。
「探偵なら、何度も依頼しました。でも、みんな調査の途中で行方をくらましてしまってるんです」
「冗談じゃない。専門の探偵が消されているってのに、もぐりの医者に何ができるってんだ?」
「だから、あなたの職業は関係ないんです。あなたなら、私よりは世の中のことに詳しいから、協力して捜せばきっと母は見つかります」
「なぜ、俺が協力しなくちゃならない?」
女は厳しい表情のまま、俺を指差した。
いい加減イライラしていたし、 俺は人に指差されるのが嫌いだから、女を怒鳴りつけようと口を開く。
しかし、先に発せられた彼女の言葉のせいで、そのセリフは永遠に引っ込んでしまった。
「それがあなたの義務だからよ、お父さん」




