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形而上学



「これほどまでに科学が発展した現代において、哲学は未だに必要であるか否か」という疑問は方々で呈されている。私はこれに、必要であると答える内の一人である。


その理由は極めて単純なもので、仮に遠い未来において、この世における暗黒物質が全て解明された暁にさえ、人間(その道における優れた科学者を含む)は、例えばマッチを擦ることで火が起こる理由を、科学的理由以上には理解することが出来ないことにある。

「マッチをすることで、何某が何某と結合し、その化学変化が云々かんぬん…」

もちろん、これは科学的に正しいことであろう。しかし、飛行機が空を飛ぶ理由を科学的に説明されたところで、また、その計算式を目の当たりにしたところで、素養があれば理屈こそ把握できようものの、到底、真の意味において理解などできるものではない。

「何某と何某の元素の結合が火を起こすのだ」ー「なるほど、では何某と何某との結合では、どのような理由で火が起こるのか」ー「だから、何某と何某の元素が結合することによって火が起こるから、火が起こるのだ」ー…………

「ほにゃららとほにゃららの運動によって、ほにゃららが作用し、それによって、この鉄の塊が乗客、その他を乗せて、尚、空を飛ぶことが出来る、という事態に至るわけじゃ」ー「なるほど、ではしかし、ほにゃららとほにゃららが運動することによって何故、ほにゃららが作用し、鉄の塊が空を飛ぶことが出来るようになるのですか?」ー「だから、今言ったじゃろうが!紙に書いて説明すると、ほにゃららがほにゃららで、ほにゃららにほにゃららが作用して、ほにゃららがほにゃららで云々かんぬん…」


結局のところ、何故マッチをすると火が付くのか、ということを式で説明されたところで、到底納得など出来ようものではない。全ての謎が解き明かされた後にすら、このように納得することの出来ない何ものかが、人間の心には必ずや残されてしまう。仮に証明されたところで鉄の塊が空を飛ぶことに、妥協し頷くことこそすれ、納得など出来ようはずがないのだから。

その納得出来ないものに対して人間が行える唯一の対抗手段が形而上学に他ならないのではないか?

全てではないにせよ、これ一つをとっただけでも、哲学の存在意義はどうにも否定しようがない(私はこれ一つによって、哲学を説明したつもりになっている訳ではない。あくまで極めて個人的且つ、側面的な一意見であるに過ぎない)。

それ故に、私は哲学の必要性を信じる者の一人である。


追記

しかし、ここで挙げた形而上学ですらも、私の言うところの本当の理解に至るものではないであろう。しかし、感受性を持つ生き物、すなわち人間として、何ものかを納得するためにも、やはり、哲学は必要である。少なくとも私は、そう信じる。


追記の追記

あるいは、ここにある「哲学」の語を全て「信仰」に置き換えることも可能である。

あるいは、その方がより適切なのかもしれない。

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