青空と死のイメージ
彼の抱く死のイメージには、常に青空の風景が付きまとっていた。
それというのも、彼がその人生に於いてはじめて「最愛の人」と呼べる人間を喪った時の空模様が、ことごとく快晴であった為であった。
死が発見された当日も、また、死に伴う種々の行事の日も、全てが見事な快晴だった。
彼は、この死のイメージと青空との関係について、あまり深く、真剣に考えたりすることはしなかった。それが何故なのか、彼自身にも、あまりよくはわかっていなかったが、それでも漠然と「冒涜」という概念が頭をよぎることが、それを深く考えないことの理由の一つとなっていたことは確かだった。
他の例に漏れず、彼にとってもこの「死」と「青空」との関連は不可解には違いなかった。しかし、ふとした瞬間に彼は唐突に悟った。
曇天や雨、嵐、雪、夜…種々、死が率直に連想され得る空模様は確かに皆、暗澹としている。しかし、これらは皆、一様に暗澹としているが故に、まだ戦うべき対象として、ある一面に於いては少なくとも一定の相応しさを有しているように思われた。
しかし、青空は…あの抜けるような快晴…
ここに至っては、最早、彼は立ちすくむより他はなかった。
天に向け振り回す剣はことごとく空を斬り、彼方に向かって吐き散らかす暴言は僅かな雲をすら貫かなかった。
ここに至って彼はやっと、「青空」と「死」との必然的な関連を確信した。
なるほど、確かに青空ほど残酷な空はないらしい。ー
それからというもの、彼は時折、抜けるような青空を背景に愛しい人を思い浮かべる、ある種の癖のようなものを身に付けた。
にわかロマンチストである彼らしい感傷ではあったが、確かにこのイメージは、ある明確な痛みでもって何度となく、彼の胸を締め付けた。
青空の中へ愛しい人が溶けていくイメージには、生きている者の命が決して関与出来ないかのような、そんな残酷さがあった。しかし、このイメージは彼にとっては幸福に繋がっているかもしれなかった。それというのも、彼は彼の幸福を、ことあるごとに、その死と青空とのイメージに照らして考えてみた。その度ごとに彼は沈んだが、しかし、それ故に彼の幸福は、少なくともそうしない場合よりも、遥かに明確な輪郭を得て、再び彼の目の前に姿を現した。と同時に、彼は幸福に終わりがくることを否応なく意識させられ、故に彼は、それを抱きしめることが、あるいは抱きしめた気になることが出来るのだった。
こうして終生、彼の死のイメージは「青空」と共にあった。