7話
5月6日。
それからの瑞樹ちゃんは、それはもうちょろかった。
反抗的な態度を取ろうものなら、あの暗闇に閉じ込めるぞと言う意味を込めてクローゼットにでも放り込めば、それはもう泣いて謝るのだ。よほどあの体験は堪えたのだろう。
本来はあそこまでやる必要はなく、もうちょっとゆっくりとことを進めるつもりだったのだけれど。
あの姿になってまで引きこもるという方法をとったお兄ちゃんのことを、許せることはなかった。なので、2度と引きこもったり閉じこもったりできないようにしてあげた。
結果は、それはもう効いたようで。
「お姉ちゃん……宿題、わからないところがあって……」
「うん? いいよ、教えてあげるからおいで」
私の言葉を聞いた瑞樹ちゃんはぱぁっと笑顔になり、テーブルにノートを広げ始める。
その姿は、もはや元男だとは思えない。生まれた時から女の子。最初からそういう存在であったとしか思えない変わりっぷりだ。
PCのモニターをちらりと見る。『進行度 86%』。細かい数値で見ればまだ上昇し続けている。
まだ14%は男としての自我が残っているはずだけれども。見れば見るほどそうは思えなくなってしまう。
「お姉ちゃん、えっとね、算数のここなんだけど……」
「あぁ、そこはこっちの公式を使って……」
側から見れば、完全に仲良し姉妹なんだろうと思う。
ここまで来ると、もうお兄ちゃんに戻ることはないだろう。
「あぁ! できた! お姉ちゃん、ありがとう!」
「ふふっ、いいのよ。またわからなかったら聞きに来て」
「うん!」
瑞樹ちゃんはそう言うと、とてててと駆けて部屋に戻ろうとした。
私はその前に声をかける。
「あ、そうだ。瑞樹ちゃん、午後からお買い物行かない? 臨時収入があったから服でも買ってあげる」
「え!? いいの!? 前に行ったデパートでかわいいスカートがあって、あれ欲しかったの」
「いいわよ。じゃあ早く宿題終わらせちゃいなさい」
「はぁい」
嬉しそうに部屋に戻っていった瑞樹ちゃんを見て、私もどこか嬉しくなる。
私も出かける準備をしよう。パソコンのモニターだけを消して、着ていく服を選ぶのだった。
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……計画通りに行きました。
マスターが異世界を救う旅に出てから、おおよそ1000年。この1000年の間にマスターの心は壊れてしまいました。
見た目には異常はないのですが、やはりどこか壊れてしまっています。
そうでなければ、実の兄を妹に変えてしまうなどという狂気を行うはずもありません。まぁ発案したのも私なので、あまり強くは言えませんが。
ともあれ、計画は成就されました。マスターの兄上には、マスターの妹として、マスターの心を癒してもらいましょう。そうすることで、彼の心も救われるのだから。
壊れているのは彼だったのか、彼女だったのか。それとも、彼女を唆した私だったのか。
けれども、壊れたものを纏めて、これ以上壊れないようにできるなら、それでいいのだと私は思うのだ。