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5話


  5月4日。


  朝8時少し前。まだ朝早いというのに、俺は妹に連れられて外に出てきていた。

  昨日、一歩も外に出ないと誓ったばかりだというのに、たったの一晩でその誓いは破られてしまった。

  というのも、朝7時に叩き起こされ何が起きたのかもわからないうちに着替えを済まされー抵抗むなしくパジャマをあっさりと脱がされ、ワンピースを上からすっぽりと着せられたー朝食もそこそこにそのまま連れ出されてしまったのだ。

  どうにか家から出ないようにしようと思ったのだが、寝起きを襲われたこともあり思ったように身体も動かず、はっきりと意識が覚醒した時にはもう外だった。妹に手を引かれてテクテクと歩いていたというわけだ。

  手を振りほどこうと思っても、この小学生の身体で高校生に敵うわけもなく、仕方なしに妹について言っているわけなのだが。


「……それで、どこに行く気なんだよ」

「怪しまなくても大丈夫だって。瑞樹ちゃんも知ってる場所だから」


  そんな妹の言葉に訝しみながら歩いて行くと、どうやら目的地が見えてきた。


「……帰る」

「いやいや、帰さないよ」

「いーやーだー!  かーえーるー!」


  年も外聞もなくー見た目だけなら年相応かもしれないがー駄々をこねる。こねればこねるほど妹の手を引く力が強くなって逆効果だったのだが。

  ついたのは駅。ということは当然遠出をするのだろう。近所だったらまだしもこんな姿で出歩くなんて耐えられない。

  しかし、俺のそんな思いもむなしく追い討ちをかけるように別の人影が近づいてきた。


「あ!  瑞樹ちゃーん!  おはよぉ!」


  公園に着いた俺にてててと近づいてきたのは、隣の家に住む仙石あかねちゃんだ。小学5年生、つまり今の俺と同じ年の活発な女の子。髪はかわいらしくツインテールにし、Tシャツとショートパンツでいかにも「運動します!」といった見た目だ。こちらへと近づきながら見せる笑顔がとても眩しく感じる。


「おはよう、あかねちゃん」

「あ!  さちお姉ちゃんもおはようございます!」

「……お、おはよう」


  俺がおずおずと挨拶すると、挨拶の延長線と言わんばかりにぎゅーっと抱きついてくるあかねちゃん。前だったら子どものいたずらとかそういう目線で見れたのだけど、今は身長も同じ……いや、あかねちゃんの方がわずかに高いのだけど。ともかく顔が近いのですごく恥ずかしさを覚えてしまう。

  もっとも、元々この子とは特に接点があったわけじゃない。問題なのは……。


「あかねっ、急に走ったら危ないぞ。おはよう、さちちゃん、瑞樹ちゃん」


  そう、ニッコリと微笑むイケメンは仙石達也。元の俺と同級生だ。家が隣同士ということもあって、小さい頃は仲良くしていたのだけれど、高校、大学と別の学校に行ったうえに、俺が引きこもりになっていたこともあり少し疎遠になっていた。どうやら、俺のことは心配してなのか何回か家に来ていたみたいだけど、俺が拒絶して追い返してしまっていた。


「達也兄、おはよー。ほら、瑞樹ちゃんもちゃんと挨拶して」

「うっ……お、おはよう……」

「はい、おはよう。今日は一緒に楽しもうね。さちちゃんも誘ってくれてありがとう。ゴールデンウィークどうしようか考えていたから、ちょうどよかったよ」

「いえいえ、妹たちをどこか連れて行きたいって前々から言ってたじゃないですか。こちらこそ保護者がわりに来てもらってありがたいですよ」


  俺は妹の顔を見上げた。何をどうやったのかは知らないが、この集まり自体は以前……俺が女の子になる前から決められていたものらしい。おそらく、そういう風に変えてしまったのだろう。

  むむむと妹を見ていると、ふいに、頭をくしゃりと撫でられる。なんだかくすぐったくて恥ずかしい。

  俺はそれを振りほどき妹の陰に隠れてしまう。なんだか俺を見る目線が3人とも微笑ましい。


「はは、嫌われちゃったかな」

「いえいえ、照れてるだけですよ。まったくもう」


  妹と達也はそんな会話を交わしている。一方で、俺の後ろに忍び寄る影が1つ。


「つーかまーえたー!」

「ひゃわぁ!?」


  いつの間にか俺の後ろに回っていたあかねちゃんが再び抱きついてくる。しばらくじゃれあった後に、それぞれの兄妹から怒られ、切符を持って駅のホームへと入っていく。

  電車待ちの中、俺は思い切って達也に声をかける。


「な、なぁ、達也。俺のこと、わかるか……?」

「……漫画の影響かな?  『俺』とかじゃなくて、かわいい言葉遣いをした方がいいと思うよ?」

「そうじゃなくって!」

「あぁ、質問に答えろってことかな。まぁ言葉遣いはさちちゃんにでも伝えておくか。うん、お隣だしもちろん知ってるよ。いつもあかねと遊んでくれてありがとう。昔から仲良くしてくれて、僕も嬉しいよ」


  その言葉に、俺は絶望するしかなかった。悲しさのあまり、スカートの裾を掴んで俯いてしまう。

  結局、妹の言う通り『俺』のことを知っている人間はこの世界にはもういない。小学校や中学校の時はあんなに一緒に遊んだ達也でさえこうなのだ。一応妹は知ってることになるのだろうが、あいつは味方ではなく俺をこんな姿に変えた張本人だ。敵と言ってもいい。

  俺が俺としての意思を強く持っていないとどうしようもないということを、改めて思い知らされるのだった。


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