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日本男子、異世界に立つ  作者: 忠柚木烈
日本男子の躊躇
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日本男子、詰む

 俺は今、頭を抱えていた。


 誉れも高き日章旗の、模造品等という醜い物を持った男。

 当然許す事はできない。

 殺すしかない。

 影を身にまとい、残像を残し空を飛び、屠殺対象を探し出す。


 俺が魔法を使う時に、何故影を纏うのか。

 大きな理由は()()ある。

 1つは魔法を隠匿する為だ。


 魔法はイメージの産物である。

 人間の最も強いイメージは映像に依存される。

 映像に依存する以上、魔法を露見されれば、技術が流出する恐れが高い。

 そこで影を纏う事で隠匿を図る。


 尤もそこまでしなくとも、俺の切り札である波紋の型を、理解できる者がいるかは疑わしいが。

 空気を媒介に衝撃を伝える事で、対象を攻撃する魔法。

 隠匿前からどうも情報秘匿性が高かった様だ。

 何せ精霊を見る事ができるパクリ魔のミミカカが模倣を行っていない。


「え、シトーだからできるんじゃないんですか?」

とは、ミミカカの談。

 精霊を見る目でも波紋の型は検知できないらしい。

 よって、情報の秘匿という観点から、影で覆う必要性は薄い。

 それでも影を纏うのは何故か?


 言った通り、魔法がイメージの産物だからである。

 視覚にイメージが依存する以上、見掛けにこだわるのは大事だ。

 それはつまり魔法の効果増大を期待できる。

 魔法に名前を付ける事で定義し、イメージを硬める。

 エフェクトを纏う事で、イメージをより強固にする。


 そう、エフェクトだ。

 俺はゲームとか好きな人だ。

 原理不明だが、光がバーンと弾けてダメージを与える。

 原理不明でも、なんとなく「それっぽく」整えられていれば納得できるところがある。


 という訳で波紋の型に、エフェクトを追加してみた。

 普通に考えて剣戟のエフェクトだと、斬撃の軌道が出て、それが光となって散る様なのだろう。

 だがこれは試してみて直ぐに辞めた。

 日中に試してみた所、視認性が低かったのだ。

 明るい所で懐中電灯を付けても、全然見えないのと同様、当然の道理だ。


 という訳で日中でも視認が容易な影を発現した。

 影で物理的ダメージを与える道理はないが、魔法の威力向上に役立っている。

 相手の体を影で包む事で、その箇所を「これから破壊する」という認識が俺の中に刷り込まれる。

 反復した刷り込みにより、影=破壊のイメージで結ばれた訳だ。


 名付けにしろ、エフェクトにしろ要はスイッチな訳だ。

 俺が「これから○○する」という宣言だ。

 影をつけた物は粉砕するし、光を背負えば消失させる。


 そうそう、七色念力光線だ。

 その発動はド派手で、目を焼く眩い光輪を背負い、体を震わせる程の轟音を轟かせる。

 光線単体に目を行かせる訳にはいかない為だ。

 波紋の型とは違い、威力はともかく現象そのものは、容易にミミカカに真似をされた。

 つまり、ある程度の才能がある者に見られれば、容易に模倣される。


 それを防ぐ為に、文字通りの意味で目眩ましを加えた。

 全方位に対して凄まじい光を照射する事で視認を妨げる。

 同時に至近距離への落雷の様な轟音を轟かせる。

 ついでに光輪を背負ってなんか偉そう。

 こうして五感の一部を封じて、秘匿性を高める効果の他、高い示威効果を見込める様になった。


 しかし………しょっぱいな。

 しょっぱい。

 プオタ(プロレスオタクの略)にとって、禁忌とも言える単語である。

 同義語は塩試合、或いは単に塩。

 言葉の意味としてはつまらない試合の事を指す。


 なんで正義のヒーローは必殺技を出会い頭に使用しないのか?

 当然それは盛り上がらないからである。

 ヤマなしオチなし意味なしの戦闘シーンになってしまう。

 だからそれなりに苦戦し、しかし必殺技で決着を着ける。


 プロレスの試合も同じだ。

 プロレスラーの得意技、いわゆるフェイバリットを、試合の最初から乱発する様な、安売りは決してしない。

 フェイバリットの安売りは、決め技としての説得力を下げる。

 決めるべき所で決めるからこそのフェイバリット、決め技たる所以足るのだ。


 さぁ。

 そういう観点で見たところ、俺の試合運びはどうだろう?

 見敵必殺、サーチアンドデストロイ。

 全くもって理に適った正しい行いなのだが、見る側としてはつまらないだろうなぁ。

 勝手に覗き見してる()()()はどうだい?


 まぁ盛り上がりの為に、身の安全保証を捨てる気にはならない以上、改善する気はないが。

 勝手に見て勝手にしょっぱさに、顔をしかめているがいいさ。

 ハハハ。

 ………だから殺す。

 この先、俺の行く道を塞ぐ奴は、何者であろうと全力で排除する。


「消え去れぇええええっ!」

 ―――――――ッ!

 また黒い服の一団を見つけて、上空から「閃光!七色念力光線」を照射する。

 悲鳴も、苦痛も、何も残さない。

 残るのはあまりの高温でガラス化した、すり鉢状の地形のみ。


 ………。

 俺の弱点に気付いている人間は、俺以外に誰かいるんだろうか。

 弱点が露呈する前に、全てを葬り去らなければなるまい。

 致命的な弱点は()()ある。


 1つは長時間の戦闘は不可能な事だ。

 人との折衝は緊張を生む。

 日常的な商談・打ち合わせでも、話の転がり方次第で進退が決まる。

 非日常的な命のやり取りともなれば尚更だ。


 緊張状態を維持し続ける事はできない。

 油断するな。

 集中しろ。

 片時も目を離すな。


 ………土台出来る訳がないのだ。

 常に全力疾走できたらマラソン大会で1位が取れる、ぐらい机上の空論だ。

 何故なら体力と同じく、注意資源というのも有限のものだからだ。 


 むしろ不足の事態が予想される場合は、リラックスした状態の方が望ましい。

 集中している事は別に、リラックスしている状態より全てが優れている状態という訳ではない。

 集中とは、1つの事象に対して専念している状態である。


 つまりは視野が狭く、咄嗟の事態に反応できない訳だ。

 よって予断を許さない場合は、どんな事態にも対応できる様、自然な状態でいた方がいい。

 更に緊張状態では消耗も激しい。

 本当に緊張状態を維持した場合、緊張が途切れた場合の疲労感は並ではない。


 そんな訳で、戦闘中というのは多大な消耗を強いられるのだ。

 特に魔法を行使する俺の消耗度は大きい。

 魔法はイメージの産物。

 鮮明に魔法を脳裏に思い描く事で発現する。

 つまりは脳を酷使するのだ。


 俺は以前、このイテシツォの町で半日戦闘を続けた。

 その結果は戦闘終了直前で意識が朦朧とし、更に丸1日程寝込み、その後も暫く本調子に戻らなかった。

 肉体的な疲労もさる事ながら、1番辛かったのは頭痛だ。

 脳の働きが鈍く、思考が霞がかった状態。

 言った通り、脳を酷使した状態だ。


 さて。

 脳を酷使した状態とはどの様な状態なのか。

 夜更かしや徹夜をして、頭がボーッとする様な経験をした事がないだろうか?

 この症状が半日もの間、全力で戦闘を行った俺と近い。


 脳は起きてる間、とめどなく働き続ける。

 人間の器官で1番エネルギーを食うのは脳だ、という話はどこかで聞いた事があるんじゃないだろうか。

 そんな脳を休憩なしで酷使し続けたらどうなるか?

 答えは簡単。

 脳細胞が耐えられず死ぬ事になる。


 長時間起きて頭がボーッとするのは、脳細胞が死んだ事で、正常に思考できなくなったという事だ。

 どこかの国の諺に「100人の医者を呼ぶより、まず夜更かしをやめよ」というものがあるそうだ。

 全く耳に痛い事である。

 何かやる事があれば、1日の閉める割合の多い、睡眠時間を削りがちだが、その弊害はかなり大きい。


 戦闘状態の緊張と、魔法の連続行使。

 脳に掛かる負担はあまりに大きい訳だ。

 魔法というのは俺の命を削って発現する。

 そんな訳で俺が、戦闘能力を十全に発揮できる時間には制限がある。


 波紋の型を重宝しているのは、この事情からだ。

 波紋の型はとにかく難しい事を考えなくていい。

 直感的に、破壊しようとした目標を攻撃できる。

 俺の脳細胞に優しい魔法な訳だ。


「燃え落ちろッ!」

 ――――――――ッ!

 しかし波紋の型だけを使用する訳には行かない。

 攻撃対象を広く取る事ができない為だ。

 どうしても七色念力光線の出番がくる。


 何もない場所に、全てを消失させる超高熱の、虹色の光線を照射するのだ。

 当然この七色念力光線、脳を酷使する。

 最高の威力・範囲・精度・速度を誇る、最強の攻撃だが無制限に使用できる訳ではない。

 その力の行使は、俺の脳の滅びを近づける破滅への行進だ。


 ………若年性痴呆症は避けたいなぁ。

 光輪を背負い、残像を生みながら飛翔する俺は、来たる脅威に怯えながら敵を狩っていた。




「参ったね」

 俺は独りごちた。

 空間把握(ミアリーメアリー)で離れた場所にいる、シャーシャちゃん達の様子も把握している。

 俺たちは二手に分かれて、それぞれで不埒者を次々血祭りにしていったのだが………。


 どうも、不埒者全て皆殺しにすればいいという話じゃないらしい。

 まぁ当然か。

 そもそもこの町の惨状は、俺が領主と兵士(アメリカ)を皆殺しにした結果だからな。

 どうやらあのセンスのない黒尽くめ集団、一枚岩でない………というか別組織の者も混ざっているらしい。


 今、イテシツォの町は情勢不安定だ。

 司法………壊滅

 立法………壊滅

 行政………壊滅

 警察………壊滅

 うん、酷い有様だな。


 ここでイテシツォの町がどうなったかの経緯を振り返ってみようか。

 まず領主と兵士(アメリカ)が死んで2、3日で野盗が侵入する様になった。

 で、野盗と元から住んでた町人が争う中で、勢力が統合され大きく2つの勢力ができた。

 また町の人間から、見下されている貧民街の人間は、それらとは独立した勢力として存在している。

 

 微妙な動きなのは教会だ。

 なんだっけ?

 配光教とかいう宗教だっけ?

 まぁそんな胡乱な連中。

 コイツらがなんか調子づいて、一部の町人を巻き込んで、また独立した別個の勢力となっている。


 この上に更に、別の町の兵士が雪崩込んでいる。

 なんでだと思ったが、いわゆる草と言われる諜報組織のせいだろう。

 草とは他の国で一般市民として過ごす事で、現地で諜報活動を行い情報を送る人間の事だ。

 そういう人間がイテシツォの町にもいたらしい。

 町の暴力装置が完全壊滅するという緊急事態に、自分の国に情報を知らせたという訳だ。

 その結果、近隣の町から早速先遣隊が派遣され、町を実効支配しようとしているらしい。


 正直、イテシツォ領主(アメリカ)はあまりに頭が悪かった。

 強い冒険者とかをいっぱい集めて俺様最強、という分かりやすい脳筋理論を振りかざしていた。

 よくあるラノベみたいに権謀術数が飛び交う、政治的な駆け引きなんてない暴論。

 落ち着いて見てみるとコレ、非常に有効なのがわかる。


 王国である以上、中央集権国家なのであろうが、所詮この文化レベル。

 地方の政治を監視するまともな手段なんてないに決まってるのだ。

 そうである以上、地方の領主はやりたい放題。

 むしろ政治的しがらみが薄い事を考えれば、王様以上に自由かもしれない。

 実際の世界史でも、地方役人の方が好き放題やっていたという事は多いしな。


 単純に暴力に拠る統治というのは、それを咎められるそれ以上の暴力がない限り有効に働く。

 じゃあ、とにかく軍備拡張路線を辿るのが正解か、と言われたらそうではないが。

 よく実際の政治では軍縮、軍縮と叫ばれる。

 何故なら軍隊というのは非生産階級な上、非常に金食い虫だからだ。

 考えなしに拡張しても、財政が破綻するだけだ。


 そんな訳で軍備は増やせばいいというものじゃない。

 イテシツォの町の貧富の差は、その辺りの兼ね合いで、重税が課されできたものだと思われる。

 まぁ実際のところはどうなのかを確かめてはいないが。


 少し話が離れたが他の街の軍隊だ。

 地方というのはやりたい放題だ。

 凄く乱暴な言い方をすると、「ここは俺が制圧したから俺の物だー!」が通る。

 そんな横暴まかり通るのかよ、と思うが通る。

 少し順番が煩雑なだけで、簡略化すれば実質同じ事だ。


 基本的に町人というのは財産だ。

 誰の財産かと言えば、王国の支配下にある以上、王の財産となる。

 何故か軍事力が壊滅した事で無防備となった、イテシツォの町を襲う野盗の毒牙。

 王の財産を守る為に、町に自らの軍備を割いたよ。

 だから王様、ご褒美になんか頂戴?


 まぁそんな感じで、褒美を賜る訳だ。

 言っておくが王様からの「ありがとう、助かったよ」では済まされない。

 配下の貴族に褒美をとらせる事ができない、王様なんて不要な存在だ。

 革命を起こされて、首をすげ替えられる。


 なんせ実際に軍隊を動かして骨を折っている。

 名目上は王様の為となっている以上、簡単に無視をしてはいけない。

 その苦労に見合った褒美を用意する必要がある。

 王の求心力・支配力というのは、そういうところから生まれる訳だ。


 という訳で、領主が不在な町。

 中央の王都がどれ程遠いかは知らないが、恐らく直接介入は間に合わないだろう。

 しかし周辺の地方領主からしたら涎垂の的だ。

 支配する領地を増やせるかも知れないし、そうでなくてもなんらかの見返りがある筈。

 余力があるなら手出しするだろう。


 つまり現在、イテシツォの町には以下の勢力が分布している。

 ・町人

 ・野盗

 ・貧民

 ・教会

 ・地方領主軍


 それで、黒い服を着た連中は、どこに所属していたのかと言えば、地方領主軍以外に満遍なく所属してた。

 日の丸の模倣を行った以上疑いはあったが、どうやら俺のなりすましらしい。

 まぁこの世界全てを相手取って、シャーシャちゃん以外にならほぼ無傷で勝てる様な戦闘力の塊だしな。

 俺の名………というか戦闘力を騙る事で、他勢力を牽制して抜きん出ようとしているのだろう。

 地方領主軍は情報を掴んでないのか、俺の存在を嘘だと思っているのか関与してない模様。


 俺は当初、俺の偽物を全滅させようかと思ったが、少し様子の違う者が偽物の中にいる事に気付く。

 俺が想定していた俺の偽物は、(アメリカ)を壊滅させた武力を背景に、他者に言う事を聞かせる醜い連中だ。

 野盗に所属するこの偽物連中は殺してやった。


 しかし、他の勢力が立てた偽物連中はどうだろう?

 どうも野盗に対抗する為に俺の偽物を仕立てたらしい。

 本人としては複雑な限りだが、まぁ生き残る為の事だし仕方はないよなぁ。


 まぁそんな訳で、このイテシツォの町は、俺の偽物が溢れる世紀末な情勢だ。

 できれば町の住人には穏やかな生活を送ってもらいたいもんだが。

 はぁ………。

 ………ん?


 溜息を漏らして気付く。

 もしかしてこれはアレか?

 転生モノお決まりの、内政チートをやれって事か?

 うへぇ………。




「うぃーっす」

「………うぃーっす」

 俺に合わせて戸惑いがちに挨拶を返してくれるシャーシャちゃん達と合流する。

 この難局「内政チートでイテシツォの町をなんとかしなさい」を解決する為だ。


 内政チートと言っても、別に町を発展させたい訳じゃない。

 俺がすべきなのは、町としての機能を復旧する事。

 つまりは、

・行政

・司法

・立法

・警察権

を復旧する事だが、もっと直近の問題がある。

・流通

の確保だ。


 町としての機能が破綻した事で、流通も絶たれたのだ。

 地方の村の住人達は基本的に自給自足している。

 その余剰分を買い取る事で交易となって町に物品が入ってくる。


 しかし今の治安では、村からの物資が期待できない。

 誰だって、こんな治安の悪い所に近寄る訳がない。

 同じ様に行商人だって、こんな所には近寄るまい。


 一応、町の中にも畑はある様だが、これには頼れない。

 初期の騒動で畑は略奪に遭って、根こそぎ持って行かれた様だし。

 というか、町にいる人間は、流通を前提として生活している。

 畑や牧畜というのは、全体から見ればごく一部で、とても全体を賄えるものではないのだ。


「詰んでね、これ?」

 とりあえずナーナに顔を向けたら、お手上げしてくれた。

17/6/10 投稿・文章の微修正

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