グララ、日本男子と語らう
我こそはグララ・グラーバだ!
辛かったのだ!
ミミカカ殿の村を出て以来、走り詰めだった!
「うっ!………げほっ!えほっ!はぁ、は………げほっ!おほっ!」
気持ち悪くなって餌付いたりもした!
我が走れぬ様になったら、一応ヤマトー殿達は立ち止まってくれた!
その間に我は必死に息を整えておった!
しかし息が整えばまた走らねばならぬ!
そんな事を日が暮れるまで1日繰り返しておった!
我はしんどくて仕方なかったのだが、皆は余裕そうであった!
正直、自分がここまで走れぬとは思っておらなんだ!
未だ成人して数年というのに、少し走っただけで息が上がるのだ!
少し走っただけで脇腹が痛くてたまらぬ!
ヤマトー達と自分の差を痛感したのだ!
いくら我が貴族で、魔法使いであろうと、ここまで不摂生が祟るとは!
前にヤマトー殿に連れ出されて、町の外に行った時は何が何やら、わからぬ内に町まで戻っておったので実感せなんだ!
しかし、ヤマトー殿は空が飛べるというのに、何故いちいち走っておるのやら?
村を出て以来、なんとなく話しそびれておって、理由を聞けておらぬ!
皆走っておるので、我もなんとなく一緒に走っておるが、辛いものは辛い!
特に最近になって、足の裏が熱を持った様に痛いのだ!
もう走っておらんでも痛い!
もっとも全身がバキバキと痛みを発しておるから、足の裏だけではないがな!
腹も痛いし、腿も痛いし、ふくらはぎも痛いし、頭も痛い!
とにかく全身が痛くて、まるで熱を持っておる様なのだ!
………だから我は気付かなんだ!
自分の足の裏の皮が、剥がれつつあるという恐ろしい事実に!
「うぐっ!うぅううう………!」
いつも通り走っておった時、足の裏から指す様な痛みが走ったのだ!
思わず座り込んで確認すれば………足の裏から皮が剥がれ、べろりとめくれておった!
貴族である我が何故にこの様な痛みを!
思わず恨み言を言いそうになったが、良かった事もあったのだ!
「グララ、大丈夫か!」
異変に気付いたヤマトー殿が、血相を変えて走ってきたのだ!
我が血を流しておるのに気付いたヤマトー殿は、即座に魔法を使い傷を癒やした!
「うぅ!すまぬな、ヤマトー殿………大分楽になったのだ」
ヤマトー殿はやはり卓越した魔法使いなのだ!
見た事もない光の魔法も然ることながら、傷を癒やす魔法まで使いこなすとは!
全身にあった熱も、気怠い疲れも、一気に引きおった!
ここまで爽快な気分になったのは初めてかも知れぬ!
「痛くはないか?おかしなところはないか?………ゆっくりだ!急に体を動かすと、肉を痛める事がある………ゆっくり体を引っ張る様に動かして、痛みを感じるところはないか?」
我の顔をまじまじと見つめ、真剣な表情で具合を確かめておる!
余程我が怪我をしたのを心配したらしい!
魔法によって痛みは直ぐに引いた上、いつも飄々としておるヤマトー殿が、こんなにも我を心配しておる!
全く女冥利に尽きるのだ!
これならこれしきの怪我ぐらい、たまにはよいかもしれぬな!
ふふふ!
「済まない、グララ………無理をさせた。サンダルももう擦り切れてしまったようだし、本当に済まなかった」
ヤマトー殿は沈痛な面持ちで我にしきりに謝っておった!
そして我はゆっくりとヤマトー殿に抱え上げられたのだ!
「うお?おぉ?」
「おぉ、やるなぁお兄さん!女の子の憧れ、お姫様抱っこだ!初めて見たよ!」
何やらいつの間にか増えておった、獣人の子が興奮した様子で騒いでおった!
誰なのだこやつ?
「………おひめさまだっこ?」
シャーシャ殿が獣人の子に聞き返しおった!
珍しい事もあったものだ!
シャーシャ殿はヤマトー殿以外と話す事等滅多にないというのに!
「そう、お姫様抱っこだよ!男の人が女の人をまるで、お姫様を扱うかの様に抱き抱える事さ!」
ほう、姫様の様にか!
止事無き身分の方をこの様に抱き抱える等、その場で斬首されてもおかしくないと思うが?
「………んー?」
妹殿もよくわからぬ様で、首を傾げておるのだ!
「ナーナちゃん?我々の文化でのお姫様の扱いとこちらでは、お姫様の意味合いが違い過ぎると思うぞ?」
ヤマトー殿が獣人の子に説明を足しおった!
「あー、そっか。まぁ例え話なんだよ。お姫様の様に大事にするっていう事さ」
「ふむ、お姫様とな!」
ヤマトー殿にとって、我は姫君の様に大事であると!
それは心地よい思いがして、大変結構なのだ!
「ヤマトー殿にとって、我はそれ程に大事か!ぬふふふふ!」
得意になってヤマトー殿に尋ねてみた!
………まぁ、何を考えておるのかさっぱりわからぬヤマトー殿の事だ!
どうせはぐらかされるのであろうがな!
「そうだな、グララ。大事だ」
しかし、ヤマトー殿は深刻な顔をして我を真っ直ぐ見つめておった!
「改めてすまなかった、グララ。お前の怪我は、俺の注意不足が原因だ」
見た事のない思い詰めた表情をしておった!
我は何やら自分の体がふわふわしておる事に気付いたのだ!
まるで自分の体が、自分のものでない様な!
まるで自分の体に、重さがない様な!
一瞬、腰が抜けてしまったのであろうか!
このままでは自分がそのまま、天まで舞い上がってしまうのではないかと考えた!
それ程までに全く現実感のない感覚なのだ!
我は恐ろしくなって、拠り所を求める様に、ヤマトー殿の首に手を回した!
「あーっと!ここでグララ選手が両手をお兄さんの首に回したー!文句なしのお姫様抱っこスタイルがここに実現ー!」
何やら騒ぎ立てる獣人の子!
「………」
「………むー!」
何やら不満そうな妹殿達!
「お姫様抱っこそのものに文句があるみたいだね!いやぁ、お兄さんも隅に置けないね~?」
獣人の子はニヤニヤと笑っておった!
「煽ってんじゃねぇよ、んな事言われたの初めてだわ」
ヤマトー殿がうんざりした様な目で、獣人の子を睨んでおったのだ!
ところで隅に置けないとはなんであろうか?
「しかしまぁ、息が上がるまで走らされて、息が整えばまた走らされてで………不調を訴える間もなかったんだな」
獣人の子から目を反らし、一つ一つ確かめるかの様に、こうなった理由を振り返っておったのだ!
「その結果、血が出る様な怪我をしてしまって………俺の力不足だ、堪忍だ。………これもいい機会か。今更だが、俺の思っている事を話そうと思う。グララにもないか?俺に聞けずにいた事、言えずにいた事が?この際に、そういった事は全て解消しておきたい」
どこか不安げに、気遣わしげに、我に尋ねてきおった!
ならば我には尋ねたい事があった!
まったく良い機会に違いないのだ!
「その、ヤマトー殿や?」
「ん、なんだ?」
「何故我にだけ、魔法を教えてくれぬのだ?」
他の2人には教えておいて、我はただ走り回されるのみ!
それが何故なのか確かめておきたかったのだ!
「まぁ、グララの関心事としては当然、そこは確かめたいだろうな。道理だ」
我を抱き抱えたまま、ヤマトー殿はいつもの表情の読み取りにくい顔で語り出したのだ!
ところで平然としておるが、重くはないのだろうか?
人1人を運びながら、息を切らす事もないとは、見かけによらず力持ちなのだ!
「そうだな………グララ。君は人と話すのが得意か?」
「ぬ?」
「一見関係ない話に思えるかもしれないが、最終的には関係の出て来る話だ。忌憚なく自らの思うところを話して欲しいと思う」
「そうなのか?ふむ」
よくわからぬが、これも我に魔法を教えぬ事と関係してくるらしいのだ!
「我は………人と話すのが苦手なのだ」
「ふむ」
我が答えるとヤマトー殿は、否定するでも肯定するでもなく、只頷いたのだった!
「よくわからぬが、人は我の言う事を聞けば、突然黙り込んだり、機嫌が悪くなったりするのだ!」
「ふむ」
「後………人から言われた事が、実際と違っておったりして困ったりするのだ!」
「そうか、そうだな」
ヤマトー殿はうんうん頷いておった。
「グララ」
「何なのだ?」
ヤマトー殿は真っ直ぐ我を見ておったのだ!
「君はな、天才なんだ」
「我が天才とな?」
そのような事は、幼少のみぎりに言われておった限りなのだ!
しかし今何故にそんな話を?
「天才には種類があるが、この場合は特に、特定の事柄に対して、驚異的な集中力を発揮する人間の事を指す」
「特定の事柄に、驚異的な集中力?」
「あぁ。君は興味ある事にのめり込みがちで、興味のない事にはかなり無頓着なんじゃないか?」
「む!………そういうところはあるかもしれぬな!」
ヤマトー殿は我の事をピタリと言い当ておったのだ!
余程我の事をよく見ておると見える!
「つまり君は他人というものに、禄に興味を持ってない。だから人との折衝で問題が出るんだ」
「ぬ!我は人とうまく行かぬ事を気にしておるのだ!興味がない訳ではない!」
少し違うと我は訂正した!
我は何故か他人を苛立たせてしまうが、それを気をかけておるのは確かなのだ!
「それは周囲との軋轢が煩わしくて、必然性に駆られての事だろう。自身が心底興味を持っているという意味ではない」
「ぬ!それは………確かにそうなのだ!」
しかしヤマトー殿は更に我の事を言い当ておった!
全く驚く限りなのだ!
「まぁそれは、望ましい結果が得られた対応を覚える様にして、その時の状況を分析するんだな。それで改善できるだろう」
ヤマトー殿は我の悩みに、事も無げに解決策を提示しおった!
「それより、天才である事の弊害は、関心を寄せているであろう魔法にも現れる」
「なんだと!」
そしてまた事も無げにとんでもない事を言いおった!
「何故天才であれば魔法に弊害が出るのだ!」
全く聞き捨てならぬのだ!
「精霊の存在を認めなかったから魔法が使えなかった。デーデダーコを使う事で代わりに魔法を使える様になった。そうだな?」
「うむ!そうなのだ!」
そう!せっかく魔法が使える様になったのに!
ヤマトー殿が使える驚きの魔法の数々は、教えてもらっておらぬのだ!
「実はな、グララ」
少し言い辛そうにヤマトー殿が言ったのだ!
「な、何なのだ?」
「元々グララは魔法が使えなかった訳じゃない。というか他にできる者がいるのかすら疑わしい程の、とんでもない魔法を発現させていたんだ」
「ぬ!そんな筈はないのだ!我はうまく魔法が使えなんだ!」
「それだ」
「それ?どういう事なのだ?」
「本来発現していた魔法を阻害する魔法を発現させていたんだ」
「魔法を阻害する魔法だと?」
初めて耳にする魔法なのだ!
「その様なものが存在するとは聞いた事がないのだ!」
「それは当然だろうな。魔法に必要となる精霊を散らして、この世界から駆逐する………恐らく世界中探しても、グララだけの独自魔法だ」
「我だけの独自魔法、とな?」
それはかなりの魅力的な響きを含んでおった!
独自魔法!
ありきたりな火の魔法ではない、その者だけが唯一使える魔法!
珍しい魔法が使える魔法使いを手元に置く事は、貴族としてのステータスでもある!
それ故に独自魔法は、使えるだけで一定の価値を持つ魔法使いの夢!
ヤマトーが使う数々の魔法もこの独自魔法だ!
特にヤマトー殿の独自魔法は破格の価値を持つ!
既存の魔法全てを凌駕する、決定的な威力を持った魔法だ!
それも1つや2つどころでなく、使う魔法全てがそうなのだ!
もしヤマトー殿を迎える事のできた家は、それだけで隆盛を誇るに違いない!
そんな独自魔法を、この我が使えると?
しかし………!
「魔法を阻害する魔法だと?そんなもの、何の役にも立たんではないか!」
折角の独自魔法も、只足を引っ張るだけでは何の意味もないのだ!
「役に立たないだと?そんな訳がないだろう?」
しかしヤマトー殿は不思議そうな顔をして我を見返しておった!
「ぬ?何故なのだ!只魔法が使えなくなるだけの魔法なのだ!」
「只魔法が使えなくなるんだぞ?そんな恐ろしい事があるか」
恐ろしい事だと?
「グララは自覚がなかったからか、対象を自分として魔法が発動していたが………その独自魔法を使いこなし、対象を自由に選択できる様になれば意味は変わるぞ」
「ぬ!」
自分の事であったから気付かなかったのだ!
確かにそうなのだ!
もし他の魔法使いを自由に、かつての我の様な魔法しか使えぬ様にできるなら?
それは最早無敵だ!
全ての魔法使いは、我が思うがままに力を奪われる事になる!
生殺与奪権を握ったにも等しいと言える!
たしかに恐ろしい事なのだ!
「つまり、グララは殺される事になる」
「………ぬ?」
しかし我の興奮はそこで止まった?
我が殺される?
「だってそうだろう?グララは全ての魔法使いにとっての天敵となる。魔法使いであれば、誰もがグララを殺したくなるに違いないぞ。世界中の魔法使いはグララの敵だ」
「な、なんと恐ろしい事を言うのだ!………いや、我は魔法を阻害する事ができるのだ!いくらかかってきても我は無敵なのだ!」
「襲撃者が魔法使い本人とも限るまい。実力のある魔法使いなら、その地位で気付いた財産と人脈があるだろ。暗殺者を雇ってもいいし、冒険者に依頼してもいい。というか、やっぱり魔法使い本人が来てもいい。殺す方法なんて別に魔法に限らないんだから。言ってはなんだがグララの実力だと、大抵の奴なら禄に抵抗もできずに殺される事になるな。2人以上なら尚良し」
我は一気に青ざめたのだ!
「俺がグララに魔法を教えなかった理由は、独自魔法にある。グララの独自魔法は強力かつ決定的だ。だからこそ人に知れ渡れば、間違いなく命が狙われる事になる。しかし捨てさせるには、余りに惜しくもある。正直なところ、どうしていいか持て余したんだ」
ヤマトー殿は淡々と話しておった!
何故ヤマトー殿は、我に魔法を教えてくれぬのかと思ったが、その様な理由があったのか!
「だからこそ、とりあえず」
「だからこそ、とりあえず?」
「走らせてたんだ。基本的に俺が守るつもりだが、自分で状況を打破できるに越した事はないからな」
「ぬ!そうだったのか!」
だから我はひいこら言って、走り回されておったのか!
………ん?
「なぁ、ヤマトー殿よ?」
「なんだ、グララ殿よ?」
「ヤマトー殿の使う独自魔法をとまで贅沢は言わぬが、せめて普通の魔法を教わっておれば、それは自衛手段足り得るのではないか?」
結局、なんで魔法を教わっておらんかったのだ?
「実はな………グララの魔法は独自性が余りに強すぎて、普通の魔法を使える様になる事が、どういう影響を与えるのかわからん」
「影響だと?」
「もしかしたら普通の魔法を使える様になった事で、強力な独自魔法が使えなくなるかもしれんのだ」
「何だと!その様な事があるのか!」
「魔法はイメージの産物だ。特にグララの独自魔法は、自分が魔法を使えなかったという経験から”精霊なんている筈がない”という認識をした事で、実際に魔法に必要となる精霊を、この世界から放逐し、遥かな世界に吹き飛ばす魔法だ」
よくわからぬ言葉が飛び出したのだ!
「遥かな世界?」
「異世界でも言い方はなんでもいいんだが、とにかくこの世界のどこでもない場所の事だ」
「その様な場所があるのか?全く聞いた事がないのだ!」
「そりゃそうだろう。この世界のどこでもない場所なんだから、この世界からは基本的に観測・接触する事ができない、不可侵の領域だからな」
遥かな世界?
不可侵の領域?
世界がいくつも有る等と………聞いた事もない話なのだ!
大体、接触できぬというなら、何故ヤマトー殿はその事を知っておる?
「グララの認識上、居ない事になっている精霊を、そこに追放する事でこの世界をイメージ通りにする。しかしだ………」
ヤマトー殿は気にした様子もなく話を続けておった!
「しかし?」
我はヤマトー殿の言葉がどう続くのか興味津々であった!
「もしもグララが当たり前に魔法を使える様になったら、精霊が居ないとは思わなくなるかもしれない。魔法が使えるのは、精霊が存在するからだからな。もしそうなれば、せっかくの強力な独自魔法が永遠に失われるかもしれない訳だ」
「なんと!」
だから我に魔法を教えずに、只走らせておったのか!
最早世界がどうだのという話は、我の頭からは消し飛んでおった!
「しかしそれを打破する為に、俺はデーデダーコを授けたんだ」
いつも我が手にしておる、赤いデーデダーコを目にしたのだ!
「そのデーデダーコは精霊の力なしで魔法を発現する」
「ぬ?あの時は魔法を使えた喜びから気にしておらんかったが………精霊の力なしに魔法を発現できる?」
「そうだ。デーデダーコは音を鳴らす事で、精霊以外の何らかの力を呼び寄せ、それを魔法の力として利用するんだ」
「何らかの力?」
「そうだ。何らかの力」
「それはなんなのだ?」
「知らん」
「知らぬだと?」
「グララが魔法を行使できた以上、精霊ではない事だけがわかっているが、それがなんなのかまではわからん。神々の力かもしれんし、悪魔の力かもしれんし、もしかしたら術者の命を削っているのかもしれんな」
「い、命だと!?」
「かもしれんというだけだ。俺にもわからん。只、俺の知ってる限り、何もないところから何かが生まれたりはしない。目に見えなくても、そこには何かがある筈だ」
我は黙って自らの手に有るデーデダーコを見つめておった!
我に魔法を授けてくれた素晴らしい道具!
そう思っておったが、うまい話はないらしい!
強力な力には、何らかの代償が必要であると!
もしかしたらそれは、我の命かもしれぬ!
それを知ってこのデーデダーコを如何にするかを考えるのだった!
17/5/13 投稿・文章の修正