日本男子、苦悩する
俺は今、支配していた。
無言でお手上げしてるナーナちゃん。
若干不安気に垂れた尻尾がぷらぷらする以外に動きはない。
見境なく突っ込むライバルであっても、彼我の戦力比を見極める事はできるらしい。
シャーシャちゃんは強い。それも圧倒的に。
自分では傷一つ負わす事は叶わず、逆に攻撃されれば一撃で致命傷になる事を把握できた様だ。
「で、シャーシャちゃんに挑むのが無謀なのはわかったみたいだが、この後はどうするつもりなんだ?」
鳴り物入りで登場して、速攻で意気消沈したナーナちゃんに問う。
「あー、それなんだけどさ」
何か提案があるらしく早速反応してきた。
「もし良ければ、ボクもお兄さんについていっていいかな?」
「ほう?」
なんか知らないが俺の旅についてきたいという。
「どういう魂胆なのか聞かせてもらっていいか?」
その真意がどこにあるか聞いてみる。
「いやぁ、今までは独力で、パワーアップしようとしてたんだ。でも、ちょっと会わない間に、ここまで差を開け放されたら、追いつける気がしなくてさ。これからは行動を共にして、情報を収集しないと、どんどん差が開いていっちゃうからね」
ナーナちゃんは悪びれる事もなく、その胸の内を明かす。
ナーナちゃんは堂々とスパイしたいと言っている。
そして間近でシャーシャちゃんを見て、自分も張り合いたいと。
思わず膝を叩きそうになった。
別に座ってる訳でもないので、実際には叩きようもなかったが、それはまぁ言葉の綾だ。
正に渡りに船だ。
シャーシャちゃんは強くなりすぎた。
正直、最早俺では手を持て余す程。
もしも本気で手合わせしようと思えば、秘めた切り札を全て使い切るつもりで戦わなければならないレベルだ。
俺の切り札は決定的過ぎる。使えば只では済まない威力だ。
別に俺はシャーシャちゃんを殺したい訳ではない。
シャーシャちゃんは手加減するには強すぎ、本気を出す訳には行かない相手だ。
そんなシャーシャちゃんと競い合い、自ら張り合おうとするライバルの存在。
俺がシャーシャちゃんに欲していた何よりの存在。
それが目の前に居る。
「あぁ、構わないだろう。よく競い合い、お互いを高めあって欲しい」
俺が二つ返事で了承したのも当然だろう。
魔法少女育成計画。
シャーシャちゃんの才能を、自分に還元させるという目的の為。
この話を断る選択肢なんて存在しない。
大いに利用しようじゃないか。
都合のいい未来を思い描いて、俺は1人ほくそ笑んでいた。
さて。
魔法は想像の産物だ。
具体的にイメージできないものは、絶対にできない。
どうやって見た事もないものをイメージしよう?
見た事も聞いた事もないものを、鮮明に思い描けるものか?
よくわからないけど、なんか凄いもの。
そう言われて頭に何か像が結ばれるだろうか?
恐らくそれでは何も頭に思い浮かばない。
そんな絵空事を鮮明に想像できる訳がない。
魔法のイメージで重要なのは、視覚的なイメージだ。
逆に言えば、そのビジョンさえ見えていれば、魔法は発現する。
それが例え、どれ程凄まじい効果の魔法であろうと、だ。
精霊という相手と、そのビジョンを共有できれば魔法として発現する。
そうだな………例えば、家電を買うとしよう。
神誉さんは大型家電量販店に行きました。
そして店員さんにこう尋ねました。
「なんか便利なものを下さい」
きっと店員さんは人目を憚らずに済むのならこう言うでしょう。
「は?」
店員さんもそんなざっくりふわふわしたイメージでは、顧客の要望に答えられないに違いありません。
「掃除機を探してるんですけど、予算5000円ぐらいで何かありませんか?」
今度はこう尋ねてみたとしましょう。
「あぁ、それならこちらのコーナーの辺りの商品になります」
これなら店員さんもきちんと案内してくれる筈で、円滑に買い物は進むでしょう。
要するに、店員とは精霊の事で、買い物とは魔法の事だ。
円滑に進んだ買い物が、魔法の発現を表している。
俺が精霊に具体性を示す事ができれば魔法になる。
そんなイメージだ。
では精霊に具体性を示すには何が必要だろう。
やはり自分の中の具体的なイメージだ。
こういうもの、という確固たるイメージを持って伝える事が魔法では重要となる。
人間の一番強いメージとはなんだろう?
それは一度実際に目にした実物だろう。
百聞は一見にしかず、という。
どれほど詳しく説明されるより、自らの目で見るに越した事はない。
例えばテレビのリモコンが、どうやって動いているかご存知だろうか?
それをご存知なくて、何か困った事があるだろうか?
照明器具でも、電子レンジでも、パソコンの構成でも。
知らなくても動かせるし、役に立つ。
とにかく目の前にあって、実際に効果を発揮する事が肝要で、全てだろう。
そこで利用するのがシャーシャちゃんの存在だ。
奇跡の魔法少女。
全天候型死神魔法少女。
この異世界最強に違いない、稀代の才能を持った者。
その類稀な魔法の才能を、意図的に開花させる。
そしてその奇跡を目の当たりにする事で、自らの力として取り込む。
理屈が伴わなくとも、実践はできるのだ。
魔法少女覚醒計画。
俺の思惑によって練られた計画。
その第一義はひたすら俺の為だけにある。
………。
では、そこに。
少女の都合は介在しないのだろうか?
懸命で、賢明な、俺を慕う少女。
シャーシャちゃんの都合は介在しないのだろうか?
俺は一方的に、シャーシャちゃんを自分の都合で動かすだけなのだろうか?
俺はそこまで冷たく、あの素直で引っ込み思案の少女を振り回せるのだろうか?
答えは否、だ。
俺がシャーシャちゃんを利用しているのは本当だ。
だがそれは、そこまで一方的な搾取ではないつもりだ。
不幸な身の上だったシャーシャちゃんを助けた。
ご飯を食べさせ、悪い夢を見なくて済む様に励まし、健康を取り戻させた。
衣服を与え、武器を与え、魔法を与え、生きる力を与えた。
俺はシャーシャちゃんが幸せになる事を願ったのだ。
そこに偽りはない。
痩せ細って、濁った目をした、ボロボロの体。
その姿を見た時にショックを受けた。
心の底から幸せになって欲しいと思ったのは本当だ。
シャーシャちゃんは力を身につける。
俺はその力を利用する。
魔法少女覚醒計画。
少女を大人の都合で利用する冷たい計画。
それはシャーシャちゃんが「嫌だ」と言えば、それだけで消えてなくなる様な、か細いものだったりする。
ごく自然な感情から言う。
俺はシャーシャちゃんに幸せになって欲しい。
屈託なく笑って欲しい。
少し引っ込み思案で、努力家な、不幸だった少女。
報われてほしいと、心底思う。
………だがそう単純なものでもない。
俺がいくらそう思おうと、そうならない。
何故ならシャーシャちゃんは洗脳状態にあるからだ。
………洗脳状態と聞いて、何かオカルトめいた事を想像しただろうか?
実は洗脳という言葉は、れっきとした心理学の用語だ。
更に言えば、一般的に使われる洗脳という単語は、本来の用語からは離れた言葉だったりする。
一般に言われがちな洗脳というのは、精神支配の方だ。
洗脳と精神支配、何が違うのか。
両者とも相手を思い通りにしようとする試みだ。
その違いは手法にある。
ぶっちゃけて言うと、暴力を用いるのが洗脳で、用いないのが精神支配。
俺がシャーシャちゃんを殴ったのかって?
ふざけんなよ?言っていい事と悪い事がある。
シャーシャちゃんは可愛いし大事だ。宝物だ。
誓って不当な暴力は疎か、変な脅しをかけて言う事を聞かせる様な真似はしてない。
ではなんでシャーシャちゃんが洗脳状態にあるのか。
それはシャーシャちゃんの不幸な身の上に、原因があるとしか言えない。
周囲の大人の顔色を伺い、表情が乏しい。
俺が手を上に振り上げると、それだけで見を縮こまらせて、怯えた反応をする。
シャーシャちゃんは明らかに、暴力を振るわれて育った反応をしていた。
虐待は洗脳の一種だ。
言う通りにしないと、痛い目に遭う。
痛い目に遭うのが嫌だから、言う事を聞く。
言う事を聞いてないと、暴力を振るわれる気がして不安になる。
その結果として、周囲の顔色を卑屈に伺う様になる。
そういう訳で、どうもシャーシャちゃんは、庇護者である俺の様子に敏感なところがある。
幸いにして価値観を破壊する様な経験が、短い間に目白押しだった。
お陰で、暴力を振るわれるとは考えなくなったみたいだが、今度は俺の存在に依存し過ぎている。
まぁ依存症というのは、どう考えても良くない。
自立していくべきだ、というのは尤もだ。
とはいえ………シャーシャちゃんは僅か12歳だ。
真っ当な環境なら、親の庇護を受けて育っている年齢ではないだろうか?
特に日本なら小学生の年齢だ。
庇護者である俺に依存するというのは当然の帰結ではなかろうか?
悪環境から連れ出してやったから、後は勝手にしろ、というのも無責任だろう。
というわけで、俺はシャーシャちゃんの今の状況に甘んじている。
それ程には悲観もしてない。
只、旅をする中で自立心が芽生えていって、ゆくゆく幸せになってくれればなぁ、と思っている。
シャーシャちゃんの人生に、優しいモラトリアムがあってもいい筈だ。
………。
なんで急にこんな事を思ったか?
「ヤマトーさん、どうしたんですか?」
少し考え込んだ俺にミミカカが尋ねてくる。
今はナーナちゃんを加えて旅を再開したところだ。
「いや、特にはないんだが」
「そうですか?何かあったら、アタシに言ってください!ぜったい役に立ちますから!」
ミミカカがふんすと気合を入れて宣言する。
………。
こんな事を考えたのは、ミミカカを見ての事だ。
ミミカカは今、俺の役に立とうと必至だ。
まぁさっき説教かましたばっかだからな。
取り繕おうとするのは、まぁ自然だと思う。
………。
先程の話を覚えているだろうか?
もうお察しかもしれないが、少し話に付き合ってもらおう。
虐待は洗脳の一種だ、と先程は説明した。
虐待には種類がある。
児童虐待もそうだし、他にももっとある。
DV。
聞いた事ぐらいないだろうか?
一時期社会問題として取り沙汰されたし。
家庭内暴力の中でも、特に配偶者による暴力の事をそういう。
当然俺は結婚してない。
ミミカカも結婚してない。
俺達の間に夫婦関係はない。
何故、今DVの話をしているのか。
DVする夫は優しい、というのをご存知だろうか?
暴力を振るう屑が優しいとはどういう事か、と思うのも当然かもしれないが、そこには理屈がある。
一般にDVを振るう男の人物像というのは、どの様なものか?
さぞ粗野で気性の荒い男なのか、といえばそうでもない。
なんと、社交的で人当たりのいい人間に多かったりする。
どういうことか?
多くの人に接していながら、八方美人的に人当たりがよい。
ではそこにストレスを感じないのか?
そんな筈はない。
人間関係の軋轢は必ずストレスを生む。
じゃあそのストレスはどうやって発散されるのか?
もうおわかりだろう。
配偶者に暴力を振るうのだ。
そしてその暴力が傷害でなく、DVとなるのもこの人間性に影響がある。
DVする夫は優しいのだ。
社交的という事は、フォロー力にも優れている。
殴りたくなんかなかったんだよ。
でもこれは君を思っての事なんだ。
優しい言葉をかけつつ、責任を転嫁して相手のものとする。
暴力で相手の思考能力を奪って、言う事を聞かせる。
DVとはつまり、悪質な洗脳なのだ。
もしかしたら、そこまで管理しようという意図はないのかもしれない。
ついカッとなってしまっただけで、本心から反省してフォローしているのかもしれない。
でも殴ってしまった罪悪感から目を反らしたくて、つい相手を責めてしまう。
しかし気概はどうあれ、結果は暴力に拠る支配そのものだ。
………。
俺は先程何をした?
大事なシャーシャちゃんを軽んじられ、激高した。
思うがままに殺意をぶつけた。
そして冷静になった後、ミミカカを必死に慰めた。
バツが悪くなって、自分の失態を隠す様に、ミミカカの失態を取り沙汰した。
そんなんじゃ、命がいくつあっても足りないぞ。
怒りたくて怒ってるんじゃないんだ。
君が心配で大事だから、言いたくなくても言ってるんだ。
俺が何を言い淀んでいるのかもうおわかりだろう。
図らずも、ミミカカを洗脳した恐れがある。
ミミカカはもしかしたら今、ろくでなしの俺の事を「許してくれた優しい人」とでも思ってるのかもしれない。
特にこの異世界には未だ、系統だった心理学も、それを知る情報網も存在すまい。
彼女は心理的に無防備だ。
只の村娘に過ぎないミミカカ。
その自分本位で考えなしな意見にイライラさせられたが、それも当然のことかもしれない。
僅か16歳の娘っ子だ。
日本で言えば高校1年になったばかりか。
ちょうど初めて村を出る様になったところだという。
初めて村という閉鎖コミュニティから出てきたんだ。
最初からうまくやれる訳がないに決まっている。
そもそも4歳年下の相手に、責任を押し付け一方的に糾弾しようというのがおかしいのだ。
スタンフォード監獄実験というものがある。
かなり有名な心理学の実験である。
役割・地位・立場・権力といった肩書が、人にどういう心理的な変化を与えるかを確かめる実験だ。
被験者達を囚人と看守という2つのグループに分けて、実際の刑務所に近い特殊な環境に置く。
すると僅か数日で看守のグループが、囚人達に暴力を振るう様になったという。
その結果、人というのは個性に依らず、その環境によって行動を変えてしまう事がわかった。
特に強い権力を持った人間というのは、際限なく増長していく。
こうなるのも当然だと思える。
思い通りになる力があれば、それを咎める人間が居なければ、どうして躊躇していられようか。
………。
光輝溢れる日本の工業製品で身を包んでいる。
叡智溢れる日本の知識で魔法を行使している。
一系の大君の誉れ有る臣民である。
誰よりも強く。
誰よりも賢く。
誰よりも尊く。
つまり、俺はこの異世界最高の特権階級だ。
どこの誰であろうと、俺を咎める事も止める事もできない。
………俺が譲歩すべきなんだろう。
これは筋の問題だ。
大人として、寛大な心で、一歩引いて、接していかなければなるまい。
許し、許容し、妥協する。
俺は我慢を強いられる。
それが日本男子なのだから。
あぁ、こうなりたくなかったのにな。
「………どうかしたの、お兄ちゃん?」
シャーシャちゃんからも心配される。
「なんでもありませんよ、シャーシャちゃん」
子供の前で笑いを作るぐらいの余裕はまだある。
シャーシャちゃんの信頼を失うわけにはいかないのだ。
それは俺が力を得る機会を喪失する事を意味し。
何よりもシャーシャちゃんから失われた、人間関係を奪う事を意味する。
「グララも大丈夫か?長旅が堪えたと思うが、町が見えてきたぞ」
あぁ長かった。
ちなみにグララからの返事はない。
引きこもりで体力がない、グララにそんな余力はない。
大人の足で歩いて3日程度。
つまり直線距離でおおよそ120キロ程度の行程。
再び戻ってきたイテシツォの町だ。
前回も弱ったシャーシャちゃんと共に旅をしていたので数日かかった。
今回はそれ以上の日数がかかっている。
無論グララが居たからだ。
しかし、それでグララを責めるのは少しかわいそうだ。
麻紐をこよって作ったサンダル。
ごく標準的な普及品だが、コレはどう見ても長旅に向かない。
クッション性がなく、足への負担が大きい等の理由もそうだが、もっと大きな理由がある。
根本的にサンダル自体が保たないからだ。
概ね15キロかそこら歩いたら、サンダルは擦り切れてしまう。
例えばミミカカは俺に追い付く為、かなりの強行軍をしてきたが、これは備えあっての事だ。
町で売る為に日頃、村で作っていたサンダルを、全て持ち出す事で初めて可能となる。
履き潰してはその場で履き替え、結果3日と掛からずに踏破した。
加えてミミカカは狩人であり、獲物を追い深い森の中を長い時間歩く事に慣れている。
しかしグララにそういった用意はない。
着たきり雀であり、サンダルは疎か着替えもない。
旅慣れていないどころか、半ば引きこもり状態だったらしい。
そんな中で鍛錬だと言って、走らせ続けてきたのだ。
別に足に豆ができたぐらいなら、俺も動揺はしなかったんだが………。
その変な走り方で気付けなかったが、いつの間にか足を庇って歩く様になっていたらしい。
そしてある時………足の裏の皮がずる剥けた。
「うぐっ!うぅううう………!」
普段は五月蝿いグララもその時は、横座りになり涙を流して歯を食いしばっていた。
革がべろんとめくれて血が滲んでいて、相当に痛ましい姿だった。
「グララ、大丈夫か!」
直ぐ様グララに走り寄り、回復の魔法をかける。
「うぅ!すまぬな、ヤマトー殿………大分楽になったのだ」
傷は治したが、グララに相当な無理をさせていた事を悟る。
ボロボロに擦り切れたサンダルと、ぐちゃぐちゃになった足の裏。
途端にグララに申し訳ない気持ちになった。
グララも大概考えなしな奴に思えるが、別に彼女は悪人でも何でもないのだ。
なのに涙を堪えて俺に付いて来てくれている。
俺の事を責めもしないグララの懸命な姿に、罪悪感が募る。
………色んな点で自分の至らなさを思い知った。
よくあるラノベだったら、戦闘で仲間が傷ついた事で「力が足りなかった」と反省するんだろう。
だが俺は違う。
俺の都合で周囲の人間を傷つけて、流された血を見て漸く、鈍感な自分の過ちに気付くのだ。
この異世界最強の男は、どこの誰より無様だった。
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